第3話
「妖怪? そうか、妖怪か……」
惣一郎は一人ささめくと、ふいに合点し掌を打つ。
「蕨餅の妖怪なんて初めて聞いたぜ。というか、妖怪ってこんなに、はっきり見えるもんなんだな」
江戸の町には様々な妖怪がいると伝わっている。
草双紙や噂話では、やれ垢舐めが出ただの、百鬼夜行を見ただのと、あちこちで、しょっちゅう大騒ぎしている。
ただ、当の惣一郎は、実際の妖怪を自分の目で見た体験は、今までなかった。
「妖怪にも色々事情がありますさかい、皆が皆、姿を見せはしまへんのよ」
「じゃあ、お前さんは、見せる口の妖怪なのかい」
「いいえ、うちも、ようけ人には姿を見せしまへん。惣一郎はんは、別格や」
蕨乃は意味深な口調だった。
でも、女性からの誘い文句に慣れている惣一郎は、気に留めない。
「てことは、ここいらの人には見えていねえんだな」
他の者に見えない蕨乃に話しかける不自然さを隠すため、惣一郎は会話しながらさり気なく通りに背を向ける。
「よう気のつくお人やねんね。こないな人とええ仲やなんて、お悠耶はんも、隅に置けへんな」
「いい仲だって? 馬鹿を言うなよ!」
必要以上に大声が出てしまい、誰よりも惣一郎自身が驚いた。
蕨乃は顔部分が白い四角だからわからないが、どんな顔をしているだろう。
「いや、俺が言いたいのは、そんな仲じゃねえ、ってことだよ。お悠耶はよ、面白いだろう。いい奴だし、男みてえで楽しいし……」
憂慮するのは不自然じゃない、と言い訳しようとして、惣一郎は大事なことに気がついた。
「そうだ、あいつは女子なんだよ! こんな与太話してる場合じゃなかった。何処にいるんだ? 女子だと拐かしの犯人に知れる前に、何とかしねえと」
惣一郎がどれほど一人であたふたと動揺しても、蕨乃の見かけは一切、変化を見せない。
「いややわ、お悠耶はん、男と思われて拐われはったんか」
惣一郎のような手合いも少なくない。
だから、男子ならば安全な訳でもないが、拐かした男子が実は女子だと分かったら……ひとつ不安が増えると言うもの。
助け出すなら早いに越した事はない。
「そんなら、こっちや。案内するわ」
1
(臭い……。木が、腐ってるのかな? カビた臭いもするし……)
悠耶は暗がりで眉を
暗がり、と認識したものの、実際には何も見えないに等しい状況であった。
感覚だけで判ぜられるのは、固い板の上に転がっていること。目だけ隠されているのではなく身体中を何かにくるまれていること。
(おまけに、痛いなぁ。ついでに腹が減った)
空腹に腹が正常に応答したことで、悠耶は気を失う寸前に腹を始め、あちこち殴られていたことを思い出した。
見知らぬ男に道を訊かれ、案内したのが良くなかったのか。御用屋敷の側まで行った所で急に眼界を奪われた。
そのまま担ぎ上げられ、暴れた。
だが、自由になるどころか、どつかれ絞め上げられるので、諦めた。
そのうち眠ってしまったらしい。
腹の中で虫が鳴いている。湿気た土の匂い、溜まった水の腐った臭い。体を包むごわごわした心地。
腹をさすりたくても、手が動かない。
「あーー、もう! なんだこれ! くっそー、どうなってんだ!?」
徐々に苛立ってろくに身動きできないまま悠耶は、その場で、のたうちまわった。
すると頭上から野太い声が落ちてくる。
「目ェ覚めたんか。何で喋ってんだ、口を縛ったんじゃねえのか」
動くのを止め、成り行きを見守った。頭上の闇に穴が開き、光が差し込んだ。
頭上の穴は巾着状に広がりを見せているので、袋詰めにされたのだとわかる。
ごわごわちくちくするから、きっとこれは麻袋だ。麻袋に詰めて更に上から縄で縛られている。
これじゃあ動けないわけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます