第2話

 勢いよく飛び出して来たものの、何をすべきか、 皆目かいもく、見当も付いていない。


 探そうにも心当たりがあるわけでもないし、簡単に見つかる所に隠しているはずもない。


 金は、工面できない金額でない。


 とは言え、両親に知人の身代を立て替えてくれと頼んで通るかどうか、微妙だ。


 風介親子とは、奉公人を紹介してもらった程度の関係だ。


 そこまでしてやる義理はないと突き放される危険が高い。


 惣一郎がどうしてそこまで深入りするのかと勘ぐるだろう。


 他に手立てがなければ仕方がないが、親に泣きつくしか方法がないなんて……


 少し不甲斐ない気持ちになって、頭を振る。


(待て待て、念のため怪しい奴を見た人がいねえか……)


 聞くだけ聞いてみようと、大通りに再び頭を巡らせた時だった。


「うち、知っとるよ。お悠耶はんのおる所」


 囁くような微かな声と同時に着物の袖を引かれて、惣一郎は咄嗟に振り返った。


 ――が、背後には誰もいない。


 慌てて辺りを見回す惣一郎を、道行く煮売りが不思議そうに眺めながら通り過ぎる。


「誰か、今?」


「うち、 蕨乃わらびのよ」


「おかしいな? お悠耶がどうとか聞こえたが、どっから」


「ここよ、ここ」


 引かれる感触が裾に移って、今度はそちらに目をやる。が、やはり誰もいない。


 眼を左足元から右足元へと動かす途中で、一瞬、地面が見えなくなった。


 惣一郎は目を擦った。もう一度、同じ所を目で辿る。


 再度、同じ箇所だけ土色が霞むのを、念を入れて調べた。


 いや、霞んでいるのではない。そこに、白いものがいる。


「うちは、ここや」


 ん?


 白い四角の下に茶色の着物、ちっちゃな手足の子供? らしき物が、そこにある。


手足もあり小さいのに、以前に見た記憶がない。


そのため、どうしても声の主だと認められない。


解せずに虎視していると、白い四角の中に黒っぽい粒が見えた。


どう納得していいか分からず、じっと見つめる。


すると、四角の中心から先ほどと同じ声が聞こえて来た。


「あんたはん、えらい男前やね。名前はなんて言うん?」


(……なんだ、こりゃあ)


  三尺ほどの背丈に見合った手足、人体で言えば顔の部分に、白くて四角い豆腐のようなものが載っている。


「そないに、びっくりせんといて。うちは蕨乃。あんたはんの名前を教えてや」


 蕨乃と名乗った不思議な生き物は、再度、惣一郎に要求する。


「俺は……三河惣一郎だ。お前は、人間じゃねえ……よな?」


「あらぁ、素敵なお名前やね。三河惣一郎はん」


半信半疑でぎこちなく応えた惣一郎に笑った? のか白い四角に、くにゃりとシワが寄る。


「うちは蕨餅の妖怪よ。お悠耶はんのいる所へ連れて行ってあげましょか」

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