ソラとクモとアメと

8月の夏の日。陽の降り注ぐ快晴の街。

行き交う人々はそれぞれの職場へと足を向かわせる。


その中で一人、佇む俺はある手紙を前に固まっていた。

手には手紙を、傍らには厳つい黒服の男。


逃げられない。

俺はこの男に声をかけられたときから悟っていた。

逃すまいと眼光を鋭く尖らせる。

(はいはい、逃げませんよ流石に。)

黒服を横目に手紙の送り主に憤る。

面倒なものを残しやがって。


猫宮翡翠ねこみやひすい。来年で高校生になる。

手に握っている手紙は俺の両親からだ。

といってももうこの世には居ないが。

今日ぶらぶらと街で歩き回っていたらこの黒服の男に声をかけられた。

手紙を渡され、親が死んだことを伝えられた。


そうか。死んだのか。


聞いても俺は何も感じなかった。

普通の人は取り乱すのだろうか。

俺は普通の人と感覚が少しずれている。

俺は生まれてすぐ親に捨てられ施設に入った。

周りの奴らも親がいない奴が多かった。

でも大抵のやつが親との記憶があるやつで、親の顔も知らない俺は話が合わず、おまけに口下手で段々孤立していった。

そんな俺に大人たちは気を使いつつも軽蔑の目を向けた。

俺はそのうち意見を言うのも言葉を発するのも臆するようになった。


そんな俺も十五歳。色々あって施設を出ることになった。

ある程度の金を貰って施設の補償制度のようなもので契約されたマンションに住んでいた。

そこそこ高級そうな高層マンション。

別に金があるわけじゃないがそれなりに良い生活ができていた。

俺も裕福な暮らしを求めているわけじゃない。今の生活が守れればそれで良かった。




そこに飛び込んできた不報の手紙。

生きていく上で確実に足かせになるであろう一枚の紙。

俺の人生の社会的に終わった瞬間だった。







親の他界の手紙と一緒に入っていた一枚の紙。

そこに書かれた数字の羅列は俺の意識を遠のかせた。

「今年度中にそこに書かれている額を支払ってもらわないとこちらとしては困ります。」

借用書に書かれた数字、その額約百五十万。

バイトもできない中学生が到底払える額じゃない。

「あの....これ今年中に払わなきゃいけない量なんですか?」

改めて聞き返すとゴツい黒服は頷く。

はぁ...。

図らずともため息が溢れる。

「面倒なもの残しやがったな....。」

ふと思わずこぼした言葉に反応するものがあった。

「....大変っすね、親に借金残されるって。」

まさかの隣から聞こえた声にびっくりして振り向く。

声の主はゴツい黒服だった。

「え.....。」

戸惑いの声を上げると黒服の男は控えめに微笑んだ。

「俺も同じような経験があるので気持ち少しわかります。これからどうしようとか、あなたの年齢だとどう返そうとか....。」

思わぬところからの同情に面食らう。

「でも学生だからってうちの若頭は待ってくれないと思います。一応規則なので。でももし借金の返済に困ったらここに連絡して下さい。若に繋がります。若も流石に間違った返済をさせるわには..ってぶつぶついいながら助ける方法探してました。だから期間の延長は無くてもアドバイスやちょっとした手伝いならしてくれると思います。」

そう言われて渡された名詞には上条聖斗かみじょうせいとという名前と電話番号が書かれていた。

ヤクザの中にもいい人も居るのかもしれない。

そう思ってしまう程急な救いの手だった。


黒服の人に一通りの返済方法を教えてもらってその場を離れる。

快晴の空を見上げながら今後の生活に思いを馳せた。

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