第2章(中立地帯編)8話 ”魔女”と”両翼”ⅡーⅠ

 種を植える、という仕事を終えたエクスとウィルの2人。そして地下で出会った迷子のアウニールが1人。

 あわせて3人で、”2階層”を目指していた。

 しかし、そこで1つ問題が、


「まさか裸足とはな」


 アウニールは、靴を持っていなかった。

 ”棺”から出たときから、素足であり、岩だらけのこの場所を歩くにはかなり厳しい状況だった。

 そこで、


「おんぶッスか」


 ウィルがアウニールを背負って運んでいたのだった。


「靴を貸していただければ、私がウィルさんを肩に担いでいきますが?米俵のように」

「い、いや、オレも男ッスから、女の子にそうされるのは遠慮したいッス。だから、ここはドンと任せてほしいッス」

「ではお願いします」


 アウニールは見た目よりかなり軽かった。

 ウィルにとっても、背負い続けて負担と言うほどでもない。

 それに、これは男冥利に尽きるというもの。なぜなら、彼女の体温と、


 …背中に、やわらかいふくらみが当たって、よっしゃって感じッスよ! やっほい!


「……なにやら邪念を感じますが?」

「え?き、気のせいッスよ!アハハ」


 ウィルにとっては、同年代の女の子と触れ合う機会というのはかなり新鮮であった。

 なにせ、”シュテルン・ヒルト”の乗組員は、7割が年配だ。

 それはそれでいい。みんな強引だけど、いい人達で、家族みたいなものだ。

 若い女性もいるにはいる。しかし、エンティは見た目こそ幼いが、中身が計り知れない。


 ……ていうかあの人、何歳なんだ?


 それにもう1人、


 ……あれ、誰だったっけ。


 いたような気がするが、記憶が曖昧で思い出せない。


「アウニールさん、オレ達”1階層”目に戻るんスけど、そっちはどうします?」

「……私には正直、分かりません。この場所にはおそらく私の知っている人はいないでしょうから」

「なら、一度”シュテルン・ヒルト”に乗るのはどうッスか?」

「”シュテルン・ヒルト”とは、なんですか?」

「オレの家ッス!」

「……いたいけな女子を、見知らぬ髪フェチ野郎が家に呼ぶ…邪念がヒシヒシと」

「じゃ、邪念なんか、これっぽちもないッス!」


 髪フェチなのは否定しないのか、とエクスは思ったが黙っておいた。


「オレも昔、アウニールさんと同じような状況だったッス。でも、”シュテルン・ヒルト”の人たちなら受け入れてくれるッスよ」

「…迷惑になりませんか?」

「大丈夫!オレも迷惑かけまくってるけど、なんとかなるッス!いや、なんとかさせてみせるッス!」

「…なんか不安ですね」

「なんで?」

「…あなたが、いい人すぎるので…」

「そうッスか?」

「…人間は、本質的にはどこかで打算している生き物です。自身にとって、面倒であったり、損であったり…そういった条件下では他者に手を貸すというのは考えづらい―――」


 でも、とアウニールが続ける。


「―――それは、人間として正しい姿です。そうして、人は文化を創り、時として争い、これまで歩んできているのだとそう思います。だから、あなたの姿勢は、どこか不自然で、間違っている気がしてならないのです…」

「…アウニールさん、オレ」

「はい」

「今の話、7割ぐらい分からなかったッス」

「……はぁ」

「あれ、”話にならないですね、このバカ”的なため息が聞こえる」

「簡単に言えば、あなたのやさしさは”変”だと言っています」

「変スか?」

「ええ、変です」


 他者がきけば、失礼な言葉ではある。しかし、


「でも、それがオレだから」


 ウィルは、なんてことない、と笑ってそういった。

 自分が優しい人間であるなんて、思っていないのだ。


「確かに、そういう人もいるかもしれないッスけど」


 それは人間を、全体に見すぎている結論だ。

 人は皆、”個人”だ。


「オレは、オレ。迷子の女の子を助けたいって思ってる、ただのウィルていう人間ッスよ」


 ウィルという”個人”はアウニールという少女を助けたい。

 それは、間違いなく彼自身の本質からの結論。

 損得勘定のない、打算のない、自分に不利益になろうとも関係ない。

 お人よしなだけの、単純明快な結論だった。


「……わかりました。あなたを信用します」

「ありがとうッス。アウニールさん」


 ふとウィルは、自分の背中にかかる体温の面積が広がったのを感じた。

 彼女が、身を預けてきているのだ。

 さっきより、より身を寄せてきている。

 彼女は不安だったのだ。

 起きたとき、1人ぼっちで。

 初めて出会った人間が信用できるのかわからなくて。

 少女は、ウィルの背中ごしに告げる


「……私の名を呼ぶときは、”アウニール”でいいです。以後、それでよろしくお願いします」

「じゃあ、オレも”ウィル”でいいッス」


 どうやらアウニールの信用を得られたようだ、とウィルは内心嬉しくなる。それに加え、


 …背中にふくらみが当たる感覚が!


「…邪念」


 ……鋭い!?


「き、気のせいッス。よろしくッス!」


 またも、アハハ、とごまかすウィル。

 彼女の直感を内心”邪念センサー”と命名することにした。

 そんなやり取りをしていると、”2階層”目にたどり着いた。

 照明の光に照らされた居住地に再び戻ってきた。


「さて、ユズカさんのところに報告にいくッスよ」


 ウィルが、先をいこうとした時だった。


「―――待て」


 これまで口を開かなかったエクスが、不意に呼び止めの声を発した。


「どうしたんスか?」


 ウィルは問うも、エクスは応じず、周囲をうかがう。

 違和感に気づく。

 自分達の様子を伺う者達が潜んでいることに。



 リファルドは、”2階層”と”1階層”の連絡通路付近を巡回していた。

 すでに10人近くを撃退してる。それでも彼の周辺には、死体はひとつもない。

 全て生かして返したからだ。

 彼の実力をもってすれば、命を奪い、この場に畏怖の血をまくこともできただろう。

 しかし、彼はそれをしない。

 ここは戦場にすべきではない。

 幾年月、鉱石や独特の植物達が織り成した、自然の芸術。

 それを汚したくなかった。


 …いずれあの人を連れてきてあげたいものですね。


 ”西国”にいるであろう相手のことを思い浮かべる。

 そのとき、新たな気配がした。すぐさま警告する。


「―――ここは、一時的に”西国”の管理下に入っています。知らずに来たのなら、すぐに立ち去ることをお勧めします」


 しかし、今度の相手は予想外であった。


「―――立ち去るべきはあなた達だと思うけど?」


 意外な人物であった。


「まさか、あなたにお会いするとは。なぜここに?」

「私はそういう人間。だから、それに見合った称号がついてるんでしょ?」

「そうですね…あなたなら、不自然ではない―――」


 その人物は、持っていた日傘をおろす。日傘は、おろされる動作と持ち主の意志にあわせ、花弁のように閉じた。


「―――3大戦力の1人であり、通称”魔女”と呼ばれるあなたなら―――ユズカ殿」


 ユズカは、閉じた日傘でリファルドを指し示す。


「私は、この先に用があるのだけれど、通してもらえるかしら」

「私には任務があります。現場指揮官から”ここを誰も通すな”と言われています…」

「”西国”の”最速騎士”なら王の掟”レーグル・ロワ”は理解できてるわね?」

「―――”西国の3大戦力は、王の下にひとつであり、争ってはならない。互いを信じ、互いを助けあえ。生涯の友であれ”―――」

「私もそのつもり。あなたが排除すべきは”西国に不利益をもたらす者”でしょう?なら、私はそれに当てはまらない。なにか問題があるかしら?」


 その問いにリファルドは、武器を下ろして応じた。


「いえ、ありません。あなたは、私と同じく”王”に選ばれた者。共に”王”のためにある存在だ。私達が敵対することがあれば、それは”王”への反逆も同義。お通りください」

「なに言ってるの。あなたも来るのよ」

「…しかし、ここを離れるわけには」


 リファルドは、戸惑いを見せるが、


「任務は終わり。私ともに来なさい」

「い、いや、ですから任務が―――」


 ユズカは、リファルドの横をとおり、背中越しに続ける。


「あなたも見ておくべきよ。”西国”のためにね」


 ”魔女”が微笑を浮かべた。

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