第2章(中立地帯編)7話 目覚めた”金銀メッシュ”ⅡーⅡ

「さて、この種撒いとかないと…」


 ウィルは、懐のポケットから、ユズカに渡されていた”イルネア”の種を取り出した。

 周囲を見渡し、


「えっと、土は…って土が見当たらないッスね」


 この天然の空洞の内部は、ほぼ岩だけで構成されている。見渡す限り、種を撒けるような場所など見当たらない。


「まさか、岩の上に撒けってわけでもないッスよね」

「俺に聞くな」


 と、いいつつエクスも周囲を見渡しているが、やはりそれらしき場所は見つけられない。


「まいったな…」


 すると、アウニールが口を開いた。


「…この下にならあるかもしれません」


 そう言って示したのは、”棺”の下。よく見ると、土壌が少し見えている。


「確かにな…だが、これを動かせるとは思えん」


 エクスが、”棺”をさわり、重量を確認する。

 黒光りするその物体は、見た目にたがわない重さがあるようだ。

 動かすなら重機がいる。


「押せば、何とかなるんじゃないッスか?」


 数センチ動かせれば、それだけでいいのだ。

 さっそくウィルは、”棺”の側面に身体を押し付け、 


「ふんぬおおおおおおッ!!!」


 気合と渾身の力をこめた。

 肩で押したり、背中で押したり、体重をかけて両腕で押したりした。

 結果は、


「だはぁっ…!ダメだ、ちっとも動かないー」


 そう言って、ウィルが崩れ落ちた。

 普段、荷物の運搬で(こき使われ)それなりに力もあろうというウィルでも、ビクともしない。

 無論、自分も同様だ。

 動かすことはできないだろう、とエクスは結論づけるが、


「私がやります」


 この場で最も適任でないと思われていたアウニールが口を開いた。


「無理をするな」


 エクスの声を無視して、少女は”棺”の前に立つ。

 アウニールは、一般的な女性と比較しても非常に細身で、折れてしまいそうな程に華奢だ。そんな彼女にこの重量物を動かせるとはとても……、


「おー!」 「なんだと…」


 1人はすげぇ、と感嘆し、1人は目の前で起こったことに目を疑う。

 アウニールが、”棺”を動かして見せたのだ。しかも、両手でいともたやすく持ち上げたのである。

 そして、彼女は先ほどまで自分の寝床だったそれを、高々と放り投げ捨てた。

 ”棺”が放物線を描いて落下する。巨大な土煙があがり、地面から伝わった振動を全員が感じた。


「これで大丈夫です」


 アウニールには、体の震えどころか、息の乱れすらない。さもできて当然、とでも言うかのように。


「おお!ありがとうッス。さあ、種植えますか」


 とりあえずウィルは、ラッキー、程度にしか考えてなかった


「ウィル、現実を見ろ。あの体のどこからあれほどの怪力が出てくるのか考えろ」


 人間では到底考えられない怪力。

 それは華奢な少女には、似つかわしくないどころではない。人として不自然ともいえる力だ。


「と、言われましても、私としては、たぶんできる、という程度のことしか考えてませんでした…」


 アウニールは首をかしげていた。

 自分にできて当たり前のことを、人は不思議に思うことはない。逆に他者にとって疑問であることが、疑問であるように。

 しかし、エクスがそれで納得できるはずはなかった。

 それほどに目の前の少女は、異質な存在だった。


「とにかく、種撒くッスよ」


 そういいながら、ウィルは、姿を現した土の前にしゃがんだ。

 袋から、種を取り出す。


「種は割と普通ッスね」


 1センチ程度の黒い、楕円の種。これが、あの光る花”イルネア”を咲かせるとは想像がつかないが。

 とりあえず、豆まきの要領で適当に撒こうとしたが、


「……待ってください」


 アウニールがそれを制した。


「私にも、やらせてください」


 そう言って、ウィルの隣にやってくると、その場にスッとしゃがんだ。

 金色の髪の毛の先が、地面につき、土に汚れる。しかし、少女はそれをかまわなかった。


「はい、これ」


 ウィルの手から、アウニールの白い手の中に数粒の種がわたる。

 アウニールは片手で、地面を軽く掘り返した。

 地上とは違う。この場所の土は、細かな鉱石を含んでいる。

 非常に細かい、人の目には映らない微々たるほどであるが、それはすくいあげた土を淡くきらめかせた。

 そこに一粒の種を落とす。

 そして、土を戻してかぶせた。

 その過程を繰り返し行うことで、等間隔に植えられていく種。

 たいしてウィルの手は、完全に止まっていた。その視線は、アウニールの横顔を見つめていた。

 彼女が種を植える様子が、非常に印象的で、見とれていたのかもしれない。

 小さな、とても小さな種。

 どれほど小さくても、それは命を芽吹かせる。

 土とは”花”にとって、生まれいづる場所。そして生き続けていく場所。

 咲き乱れ、枯れ果てるまで。

 アウニールという少女は、”想い”をこめているのだろうか。

 表情は変わらない。相変わらずの無表情だった。

 しかし、降りそそぐ青い、清らかな光に照らされ、その姿は光の粒子に包まれていて……


 ……すごい、きれいだ…。


 ウィルは、自分の顔が熱を帯びていることに気づかずにいた。

 ”棺”の少女の、金銀の長髪が、風もなく揺れ、光の反射をまとい輝いていた。

 人、というにはあまりに、美しすぎた。

 しかし、そう遠くない場所に、手の届く場所に、その存在は確かにあった。



 このとき、2人は気づいていなかった。

 暗かった、というのもあるが。

 空洞の奥に、まだ先があったことを。

 そこにはもう1つ、空から落ちてきた巨大な鉄の”棺”があった。

 内包するのは、新たな可能性たる巨大な人型。

 眠り続けるそれは、静かに目覚めの時を待つ。

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