第2章(中立地帯編)7話 目覚めた”金銀メッシュ”ⅡーⅠ

 なんの因果だったか、運命だったか、偶然だったか。

 それを今を生きる人間に知覚する術はない。

 時の先、その物事を後に語る人々によってのみ、それは綴つづられていくからだ。

 棺より現れた少女と、どこにでもいる少年。

 2人の出会いが、世界の命運を動かしていくということを。

 そしてウィルは、最初に少女と目があったとき、こう思った。


 …儚げでかわいい…しかも、メッシュ髪…すっごい好み……


 次の瞬間、腹をぶん殴られていた。



 エクスは、少女に対し警戒を示した。


「…なんだ、お前は」


 その問いは、少女個人に向けられたものと、その存在自体に向けられたものと、2つの意味をこめていた。

 すると少女は、


「―――私の名前は”アウニール”です」


 一言返すと、


「あなたは、誰ですか?」


 逆に質問してきた。

 メッシュ髪の少女―――アウニールは、そういいながら周りに視線をめぐらせる。


「……」


 エクスは、注意深く観察を続ける。

 少女はがまとっているのは薄い布1枚だけだった。袖は長めだが、裾すその丈が短い。


 …丸腰か。武器を隠せるような服装ではなさそうだが。


 エクスが懐ふところの投げナイフに手をかける、が、


「―――あなたは、私に敵意をもっているのですか。あなたにとって私は敵なのですか…?」

「なに…?」


 少女の発したその言葉に、エクスは不可解な表情になる。


「私は、誰ですか」


 少女の表情は、無表情だった。感情の起伏のない、まるで人形のような顔だ。


 …演技、か?


 これまで、感情を表に出さないよう訓練を受けている人間には何度か会ったことがある。かくいうエクス自身も、かつては感情を表出する術を知らない側の人間だった。

 しかし、目の前の少女は、明らかにそれとは違っている。

 表情を動かさず、声音だけがわずかに動く程度。

 感情を隠しているのではなく、感情の出し方が分かっていないのか。それとも感情がないのか。


「…知ってるなら、教えてはもらえませんか?」


 …こいつは、いったい。


 緊迫にも似た空気がしばらく続いていたが、


「ちょ、エクス!待ってほしいっス!」


 ダメージから立ち直ったウィルが、少女をかばうように前に立った。


● 


「もう大丈夫なのか」

「まあ、なんとか。とりあえずこの子は、敵じゃないッス!だから、武器を放して!」

「どこにそういう保証がある。腹に拳を喰らったばかりだろう」

「さっきはきっと驚いただけっス!ね?」


 ウィルはアウニールに目配せした。

 敵意はない。

 少なくともアウニールには。

 それを証明したいというウィルの思いを察したのか、アウニールは軽くうなずいた。

 

「お人好しな奴だ…」


 エクスが懐から手を抜いたのを確認する。ホッと一息つくと、ウィルは、アウニールに向き直り、


「大丈夫ッスよ。この人、エクス=シグザールっていう人で、目つきは怖いけど、悪い人じゃないッスから」


 ウィルは、少女を不用意に怖がらせないように、と笑顔で話しかける。

 出会いがしらに1発殴られたのは、とりあえず忘れる。


「俺はウィル。ウィル=シュタルクって言うんスけど、アウニール、さん?」

「はい」

「えっと、迷子ッスか?」

「迷子、とはなんですか?」

「迷ってる人のことッス」

「そのまんまですね。確かに、私は迷ってます。認めます」


 淡々と受け答えするアウニール。


「なんで、箱の中なんかに?」

「よくわかりません。気がついたら、あなたの顔が目の前にあったのですが」


 アウニールが、自分の右手で拳をつくり、


「…どうも邪念を感じたので、とりあえず殴っておいたほうがいいかと」

「い、いやだな、邪念なんて…」

「なら、なぜさっきから、私の髪を嘗め回すように見てるのかについて説明してください」

「え?」


 …いつの間にか反射的に行動してしまったッス!


 ウィルは考えた。なんと答えるべきか。

 正直に言えば”君がメッシュ髪で好みど真ん中ストライクなので、顔とかうずめると最高に嬉しいかなと思ってます”というところだが、


 …完全に髪フェチの変態ッスよ。


 しかし、嘘をつくのは得意ではないので、やんわりと、


「えっと、その……毛並みが、すごくきれいで、さわってみたいな~なんて…ってあんまり変わってないッス!」


 ぬおお、と頭を抱えて考えこむウィル。

 一方、アウニールは、


「…そんなに、きれい…ですか?」


 腰下までの長さがある、自分の髪の先端―――金色の毛先をつまみあげ、ジッと見つめていた。

 戸惑い、だろうか。

 どこか感情が動いているようにも見えた。


「と、とりあえず今の話はなしで!」

「では、”きれい”というのもなしですか?」

「あ、いや、それはありでいいッス!」

「……いつまでやってる気だ」


 業を煮やしたエクスが、2人の元までやってきた。

 警戒の色は、幾分か薄らいでいる。


「この”棺”はいったいなんだ?かなりの技術力で作られてるようだが」

「私には分かりません。し

かし、寝心地が良いです」

「で、その寝心地のいい箱に入っていた本人が何も知らないというのか?」

「そう言われても知らないものは知りません。起きたら、ここにいましたので」

「信じろと?」

「信じてもらえれば幸いです」


 嘘を言ってるようには見えないが、いかんせん表情が動かないのでどうも内心を読み取りづらい。

 ”棺”の中を確認する、

 主にクッションではあるが、ところどころ黒い金属や配線が見え隠れしている。

 明らかにアウニールのための設計のようだ。

 彼女が何かを隠している可能性も充分にありえるが、今は解明する方法はない。


「…ウィル。コイツをどうする。まさか、連れて行く気か?」

「そりゃ当然、連れて行くつもりッスよ?こんなところに1人で残していくなんてできないッスから」


 これはウィルの、お人好し、から来る行動だった。


「アウニール、と言ったな。お前はどうするつもりだ?」

「私にも現状が分かりません。よかったら、ご一緒させてくださいますと幸いです」


 ついてくる気満々だった。


「じゃあ決まり!そういうことでよろしくッス」


 少々、浮かれ気分のウィルであったが、


「……」


 エクスは、この得体の知れない少女に対して、警戒を解ききれずにいた。

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