第2章(中立地帯編)6話 受け継がれる”種子”ⅡーⅡ

 エクスとウィルが向かった1時間後、リバーセルの率いる部隊は、”2階層”目に足を踏み入れた。

 追従してきた部隊員が、小型通信機から情報を受け取る。


「――リバーセル隊長。”極秘物資”の所在が判明しました。報告します」

「時間がかかったな。原因は?」

「”シア”の地形に含まれる鉱物の影響かと。電波の遮断率が高く、発信源の特定に時間がかかりました」

「続けろ」

「場所は、”3階層”の奥地です。すでに先行隊を数名送っています」

「では、我々も続く」

「もう1つ報告が」

「なんだ?」

「市街に潜伏する部隊から『”リベルダンジェ”共が多数この町に集結している』との情報です」

「なに…」


 危険な自由人”リベルダンジェ”―――俗に言う金目的で大半が品のない荒くれ共。”中立地帯”において、経済の回転を担う一部でありつつも、秩序を乱すこともある表裏一体の存在だ。

 彼らが集まる、ということはそこに金目のものがあるという情報が流れている証拠だ。

 それは”極秘物資”以外にあり得ない。

 さしずめ『”西国”の落としたお宝』とでもいうところだろうか。


「確かか?」


 しかし、これは不可解だった。

 ”極秘物資”については”西国”内でも国家レベルの機密。今回の作戦に配属された部隊は3大戦力の一角を担う人物の直属である自分を含めた指折りの精鋭達のみ。

 作戦自体も迅速で、隠密行動も誰一人として落ち度はない。


 …どこからか情報が漏れている。


「”リベルダンジェ”共の動きは?」

「少々お待ちください…報告します。すでに”2階層”に向かっている集団あり。数名はすでに”3階層”に入っている可能性もあるとのことです」

「ち、先行部隊に現状報告は?」

「すでに行っています」

「追加で知らせろ。”極秘物資”に近づく者は”敵”だ。排除しろ」

「hearッ!」


 部隊員が全体への通信伝達を始める。

 リバーセルは、今度はリファルドに向き直り、指示を出す。


「リファルド殿。申し訳ないが、ここであなたのお力をお借りしたい」

「構いません。なんなりと受けましょう」


 では、とリバーセルが言い、


「この”2階層”に留まり”リベルダンジェ”の連中の排除を担当してください。生死は問いません」

「なら、生かす方をとらせていただきます」

「お任せします。我々は迅速に”極秘物資”を確保します。その後、撤退命令を出し、作戦を終了します」

「hear」



 ”3階層”は、現在の陥没都市の最下層に位置する。

 主にあるのは、この都市の経済そのものともいえる”鉱物資源”の採掘場所。

 採掘された鉱物を運ぶトロッコがところどころにある。

 焦げ臭さもある。火薬というものだろうか。


「深くなるにつれて、時代をさかのぼっている気がするッスね」


 ”1階層”目とは打って変わり、なんとも人力作業用品の多いことだ。

 通路を照らす照明も、最新のものではあるようだが、デザインはシンプルでまさに作業現場のそれだ。

 無数の坑道が迷路のように張り巡らされており、初めて来る人間なら、間違いなく迷うんだろうが、


「いや、この地図、正確で助かるッスね」


 ウィルが広げているのは、ユズカから渡された坑道の配置図面だ。

 ”イルネア”の種を撒く場所までの道筋が事細かに記載されており、目的地は丸で囲んである。そして、それはもうすぐだ。


「エクスずっと不機嫌ッスね」

「ああ、そうだな。さっさと終わらせたいところだ。早く行くぞ」

「気になってたんスけど」

「なんだ」

「”ライネ”さんってどんな人っスか」


 その言葉を聞いたエクスは、


「…お前には関係ない。忘れろ」


 目線を逸らして、話を広げないようにした。


「でも、あそこまで怒るエクスを見たのは初めてっス。なんというか、らしくなかったというか、意外な一面を見たというか…」


 エクスは、その言葉を聞いて、内心で少し驚いた。

 自分自身にだ。


 …俺は、自然に怒れるようになったのか。


 と自身の変化を感じた。


 …あいつに会ったころは、本当に機械のような人間だったというのにな。


 いつの間にか、人間くさくなった。

 エクスがふと呟いた言葉。それは、ライネにも昔言われた言葉。


 ――なんだ怒れるんじゃない。じゃあそこから君を人間くさくしていこうかな。ホレホレ。


 …最初の怒りは”うっとおしい”だったか。


「なんか言ったんスか?」

「…なんでもない。今は聞くな」


 しかし、結果的だが、ウィルの言葉で苛立ちがとれた気がした。


「やっぱりエクスの”恋人”?」

「今は聞くな、といったはずだ」


 といいつつも、エクスはいつもの淡々とした調子に戻っている。口調も、それほど強くはなく、追求の拒否もゆるかった。


「気になるッスね。あ、もしかして”ライネ”さんって・・・”男”っスか!?そっちの趣味っスか!?」

「…れっきとした”女”だ」

「じゃあ、”お姉さん”か”妹さん”?エクスはシスコンだったんスね」

「違う」

「じゃあ、おかあ―――」

「俺の”恋人”だ。…これで満足か?」


 エクスは自身の顔が少し熱を帯びていることを自覚した。幸い、坑道内はそれほど明るくないため、ウィルには気づかれていない。


 …初めてだな、”恋人”なんて言葉を使ったのは。


「エクス、彼女持ちだったんスね。と言うことは、恋話聞けるんスね」

「そこまでにしろ。いいかげんうっとおしい」

「まあまあ。エクスって、謎が多かったッスけど、けっこう親近感わいてきたっス」


 我ながら失態だったかもしれない。できるだけ隠してきたというのに、短時間でこのバカに釣られすぎた。


「…周りには言うなよ」


 エンティには当然だが、”シュテルン・ヒルト”の年寄り共が知ったときには、


『なに!? 女を探していただと!?』

『いいねぇ、若いって。で、どこまでいったんだい?』

『ワシの若いころはな―――』

『男たるもの、女の全てを受け入れてやる覚悟でいけ。へたれる奴は、尻にしかれるぞい』

『気持ちが大事だ。互いに熱を帯びた身体を絡めて―――』

『今頃、ばあさんが生きてたら、恋の秘訣とやらを聞かせてやれたのにな』

『宴の準備だ! 今宵は、恋の話を肴に飲みあかすぞ!』


 ということになる。間違いなく、なる。


「大丈夫ッス!俺、約束は守る方ッスから!」


 …今はコイツを信じるしかないか。ばらした時は相応の礼をするがな。


「…そろそろか」

「ああ、見えたッスけど、…変なのが見えるような」


 ウィルの視線の先。

 そこは照明が設置されていない、天然の発光鉱石が照らし出す場所だった。



 


 2人は足を踏み入れた。

 その空間は非常に広い。巨大な人型機動兵器が、数十は収まるであろうというほどに。

 地表からの光は一切届かない。しかし、天井から突き出た巨大な発光鉱石が、まるで明るい月夜のようにその場所に、光の息吹を降らせてる。

 指定された場所ポイントはここだ。

 そして、不可解な物体がそこにあった。


「―――黒い棺?」


 角に丸みを帯びた、人一人入れるサイズの、”黒い棺”だ。

 中央に、楕円の金色の宝石。そこから棺全体に、規則正しいラインが刻まれ、そこ金の光が循環しするように流れている。

 発光鉱石のちょうど真下に存在するそれは、この場には異質ながらも、安置されていることが当たり前のようにそこにあった。


 …なんだ、メディカル用の休息ポッドに似てるが。


 とエクスは、警戒していたのだが、


「なんスかね、これ」


 バカが先に中央の宝石のようなパーツにさわっていた。


「おい、不用意に―――」


 そこまで言いかけて、エクスは言葉を止めた。


「え」


 ウィルも、目の前のものに、目が丸くなった。

 宝石のようなパーツにさわった瞬間―――”棺”を循環していた光が消え、ギミックが展開し始めた。

 四方に、花弁が開くように、開放されたそれの中には、


「メッシュ髪の女の子、の人形…?」


 肌が透き通るように白い、ウィルと同じくらいの年齢であろうという人型の少女。そして、銀色で、先端にいくにつれ、金色になる長髪が印象的だった。

 神々しいともいえる存在感を出すそれは―――ゆっくりと目を開けた。


「え、人間っスか!?」


 うっすらと開いた、少女の金色の瞳。その視線が、自分を見下ろす少年の視線と重なる。


「えっと…大丈夫っスか?」


 少女は、答えない。

 上半身をだけ起こし、背筋を伸ばし、自分の手を寝ぼけるような眼で眺め、


「……」


 改めて、ウィルに向き直ると―――腹に鉄拳をぶち込んだ。


「のおぉっ!?」


 奇襲を受けたウィルは、腹を抱えこんで、倒れてピクピクした。結構なダメージだったらしい。

 エクスも反応が遅れた。まるで殺気がなかったからだ。


 …なんだ、こいつは?


 すると、少女は無表情で、ウィルを見下ろし


「すみません。痴漢かと思いましたのでつい殴りました」


 しゃべった。

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