第2章(中立地帯編)6話 受け継がれる”種子”ⅡーⅠ

「――”手紙”は確かに受け取ったわ。ありがとう」


 花園の女性―――ユズカは、配達のお礼をエクスとウィルの2人に述べた。


「お安い御用っス」


 ウィルは、その大人びた女性の視線をうけ、照れくさそうに頭をかいた。


「しかし、この”イルネア”って花、不思議ッスね」

「フフ、普通の草花は、太陽の光で光合成して成長していくけど、”イルネア”は、自分達で必要な分だけ光をつくり、それで光合成する。自給自足な頑張り屋さんなのよ」


 ユスカは笑顔で話しつづける。


「でも”イルネア”は日光に弱いから、陽の光は過酷どころか毒。だから、こういうあまり日の届かない場所にしか咲けない花になった。進化の仕方を間違えたのかしらね。今は、ここで私が管理しているこれだけしか存在しないわ」

「残念ッス。この花、きれいなんスけどね…」

「”美人薄命”って聞いたことあるでしょう。この花もそう。美しいものほど、命は儚い。そんなところ」


 でも、とユズカは続ける。


「私もこの花が増えればいい、と思ってるわ。そのためにいろいろ研究・・・というより勉強ね。前から、品種改良とかしてなんとか他の場所にも咲かせたいの」

「”ヒンシュカイリョー”って、なんスか?」

「花のもつ良い性質同士を混合して、優良な種とすること。具体的には、改良しながら突然変異に期待したりもするけど、結果的にはその植物の進化を促すことにつなげることが大事だから、過度の改良は毒になったり、種そのものを変えちゃったりするし、この技術は作物にはよく使われるんだけど、花にはあまりないからいろいろ難しい。私がやってるのは――」


 …ぜ、ぜんぜん分からないッス!


 ウィルは、なんとか理解しようとがんばった末、


「すごいッスね!マジすごい!」


 自分の頭がパンクする前に話を切り上げることにした。


 …危なかったッス。


 そうおもいながら、笑顔で額の汗をぬぐう。危うく知恵熱が出るところだった。


「フフ、わかってもらえたならいいわ」


 ユズカはご満悦だった。



 エクスは、


「……」


 黙って、ユズカを見つめていた。

 確かに、ユズカは美しかった。

 花に囲まれているからだけではない。

 端正な顔立ち、優雅な立ち振る舞い、落ち着きある姿勢、透き通る声音。異性はおろか同姓までひきつけそうなその美貌は一種の芸術ともとれる。

 だが、エクスにはそんなことはどうでもよかった。ただ考えていたのは、


 …似ている。


 ユズカとライネの像が重なる錯覚があった。

 特に髪の色。

 ライネの髪色は、エクスのいた時代では珍しいものだった。

 ゆえに印象に強く残っているが、ユズカの場合、髪質が異なる。

 顔立ちもライネに比べれば、より大人びている。

 似ている、といえばそこまでだが、


「…おい」


 エクスが声をかけると、


「なにかしら? 怖い顔して」


 一言加えてユズカが応じた。


「…お前は、”ライネ=ウィネーフィクス”という名前を知っているか?」


 ユズカは一瞬沈黙し、そして、


「あなたの恋人さんかしら」

「知ってるのか」

「あなたの表情から、なんとなくそんな感じがしたからよ。大切な人?」

「…俺は、知っているか、と訊いているんだが」


 エクスは、ユズカの向ける訝しみの視線が自分を探っているように思えた。

 そのせいか、少し語気が鋭くなる。


「あなた、冷静そうな見た目とは違って、意外と直情的なのね。そんなことじゃこの先思いやられるわよ」


 エクスが無意識に出していた迫るような威圧にも、ユズカは物怖じせず正面から返した。

 話をはぐらかすような余裕のある言葉に、エクスは自分が見透かされているような気分になる。

 正直、軽く不愉快だった。


「…お前に言われるようなことじゃない。どうなんだ?」

「……知らないわ。聞いたこともない」


 肝心な部分への返答はあっさりしていた。


「これで満足かしら。エクス=シグザールさん」

「俺の名前を知ってるのか?」

「”火傷顔の男がカナリスに入った”って、その筋では噂になっているのよ。”中立地帯”における最大の企業なんだから、商業を営む人たちには特にね」


 エクスは、自分の左目付近を触った。

 治癒はしているが、皮膚の損傷痕はかなり残っている。健康な皮膚より、黒く硬くなった部分は、エクスに”生”を自覚させていた。


「…そうか」


 ここは夢の世界ではない。自分の行く道にはまだ先がある。そう思わせてくれる。

 そういう”証”だった。



「――あなた達にお願いしたいことがあるのだけれど、いいかしら」


 話が終わると、ユズカがそう切り出した。

 腰に下げていた小さな手のひら大の袋を、外し、それをウィルに渡した。


「なんスか、これ」


 中身は、小さな粒のようなものが入っている。


「それは、”イルネア”の種よ。それを、”3階層”の奥にここと同じような環境があるから、適当に撒いてきてほしいの」

「”適当”でいいんスか?」

「”イルネア”の品種改良がうまくいってるか確かめたいの。それで根付けば、『成功』ということになるわ」

「了解ッス」

「フフ、素直ね。もちろん、お仕事の依頼だから――」


 ユズカは、もう1つの大きめの包みをウィルに渡した。


「――少ないけど差し上げるわ。開けてみて」


 中身は、金銭だった。少ないといっているが、ウィルからみれば相当な額だった。これだけあれば、少し贅沢ができるというほどの。


「おお!ありがとうッス!エクス、さっそくGOっスよ!」


 ウィルはやる気になっているが、


「待て」


 エクスは、納得いかない。


「どうして俺まで行く必要がある。お前1人で行けばいいだろう」


 ”手紙”は依頼どおり届けた。ならもう別々に行動しても問題ないはずだ。

 自分としては、さっさと上に戻って、情報収集をしたい。付き合ってたら、その時間がなくなる。


「まあ、そう言わず。お金までもらっちゃったし、仕事と思って」

「断る」


 エクスは、断固として拒否した。

 すると、ユズカは、


「――器量のない男。あなたの探すその”ライネ”さん、だったかしら。その人もたいした人間じゃなさそうね」

「なに…?」


 エクスは、その言葉に苛立ちを感じた。静かに怒気が宿る。

 自分に対しては良くても、ライネは違う。


「何も知らない奴が…」

「ちょっと下までいって種を撒いてくるだけ。簡単なお使いもできない。そんな奴の探し人なんて、たかが知れてるわね」


 ユズカは横目で、


「独り言よ。気にしなくていいわ」


 そう言って微笑んだ。



 ウィルは、急に始まったそんななやりとりを見て、


 …あれ、なんスか。この険悪な雰囲気。


 エクスの口調もあるのかもしれないが、ユズカもなぜか最初から挑発的だ。2人の目線間に電流の衝突があるような感じがするのは気のせいではない、かもしれない。


 …この2人、もしかして相性悪いんスかね。


 そう感じつつも、ウィルは2人を見比べて、


 …目つきが鋭いところとかは似てるッスね。この2人。


 すると、しばらく黙っていたエクスが、


「行くぞ…。さっさと終わらせる」


 そう言って、”3階層”に続く道を進み始めた。


「あ、え、結局行くんスか?」


 ウィルが遅れて続いた。


 …意外と熱くなりやすいんスね、エクスって。


 ライネって人のことを馬鹿にされるのが嫌だからだろうか。

 きっと、大切な人なんだろう、とウィルは察した。

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