第2章(中立地帯編)3話 ”手紙”の届人

 夕刻。

 次の流通拠点に向け、夕焼けの空を航行する”シュテルン・ヒルト”はその船体を朱に染めていた。

 運送物資の整理で丸1日過ごしたが、ようやく終わりが訪れた。

 とはいえ、主に重労働だったのは自分エクスとウィルだけであったようだが。

 ちなみにウィルは今、


「…も、うダメッス…腹へって、死ぬ…」


 と言いながら床に倒れて全身から煙を噴き上げていた。

 エクスがウィルの仕事の成果である方向をチラリと見る。そこにはエンティがいて、運送物資の位置や総数、固定状況をチェックしていた。


「―――コーヒー原料5キロが100個、よし。各種機材パーツ100キロが20、と。農業用肥料が20キロ分60束、OK。溶接用の貴金属類80キロ分、崩れないよう固定もよしよし」


 まだチェックは始まったばかりである。

 山のようにつまれた物資。その量たるや、エクスの数十倍近い。これを1人でここまでこなすのだから、少し感心した。

 エクスがボロ雑巾と化しているウィルに問いかけた。


「…大丈夫か」


 ボロ雑巾ウィルは、油が切れた機械のように、きしみながら右手だけあげ、


「だ、だい、じょうぶ…ッス、よ」


 それだけ言うとその手がすぐ落ち、また無反応になった。

 すると、他の部署での仕事を終えた老人たちがまとまって倉庫内にやってきた。しかも手ぶらではない。

 さっきのガタイのいい初老の男が手に持っているのは、湯気をたてる大きな鍋。大人数の食事を一度に調理できる業務用の大鍋だ。

 初老の男は、先にエクスにめをやり、


「おお、ご苦労だったな、エック!」

「…エクスだ」

「細かいことは気にするな! どうだ、ここの雰囲気にも慣れたか?」

「多少は」


 エクスは、ここの従業員たちとなんだかんだで早く打ち解けていた。最小限の人間と関わりをもてばいい、と思っていたが、この老人たちのしつこいまでのスキンシップには圧倒された。

 具体的には、


・とにかく酒を飲まそうとする。(しかも仕事中)

・昔話を聞かされる。(だいたい恋話)

・武勇伝を語りだす者が現れる。(嘘か本当か不明)

・肩たたきを要求される。(無視すると何故か罪悪感が)


 など、数知れない。

 一応、原則としては年上を無下にしないエクスは、しぶしぶそれらの希望にこたえてたわけである。そんな彼を見て、老人たちは心を許し、さらにスキンシップが増した。

 しかし、老人たちもダテに歳は取っていないようで、調子がまだ完全ではないことを見抜かれたり、体にいい知識を伝授されたりといろいろあり、、改めて”年の功”というものを感じた。


「ほら、あんた。邪魔だよ。そこをおのきよ」


 初老の男の後ろから、そういいながら出てきたのは恰幅のよい女性。年齢的には、初老の男と同じくらいだろうが、白髪は混じってない。

 ”シュテルン・ヒルト”の給仕長である。


「ほーら、ウィル。頑張った御褒美に、温かい料理を持ってきたから起きなさい」


 給仕長は、ウィルの背中を優しくたたく。母性に満ちた笑顔で。

 すると、


「マジ!?腹減った!!」


 ボロ雑巾がウィルに戻った。


「元気だな貴様は」

「当然ッス!飯があれば元気になれる!」


 先ほどのダウンが嘘のようにとび跳ねたウィルを見て、給仕長を始め、その場の老人たちが大声で笑った。


「さて! ここで晩飯だ!」

「シートを持ってきたぞい」

「お茶もありますよ」


 わきあいあいと食事の準備を始める一同。倉庫内で宴会を開かんばかりの勢いに、


「…食堂増設したのになんでいつも仕事場ここで食べるのかね・・・」


 チェックを続けるエンティはボソリとそう呟いていた。



 食後の片づけが終わり、人影もほぼなくなった倉庫内。

 エクスは、給仕長から持って行ってほしいと頼まれた夕食を渡すため、エンティを捜していた。

 そしてすぐに見つかった。まだチェックが終わらないのか、倉庫の隅でボード片手にしゃがんでいた。


「…おい、夕食だ」

「お、サンキューね」

「…これを1人でチェックしてるのか?」

「そ。もうちょっとで終わるからまだご飯持っててちょーだいな」


 ウィルの運んだ量が相当であったのなら、当然エンティのチェック量も膨大だ。


「…手伝いはいるか?」

「あらま、エクス君っていつもムスっとしてて目つきが悪いけど優しいんだね。大丈夫だよ。もう終わるから」

「優しくない」

「あれ、プラス面を否定?…よし、終わり。ご飯ちょーだい」


 ボードを放り出し、その場にペタンと座り、食事の盆を受け取るエンティ。

 エクスは、食事を渡した後は、壁に寄りかかった。


「実を言うとね、求人は全部社長が直接担当してるんだよ。だけど、ほとんどどっか行ってるし、お目にかなった人材しか採用されないし。だから、エクスみたいな新入りはホントに5年ぶり」


 現在、ヴァールハイトは”シュテルン・ヒルト”に不在だ。

 どこに行っているのかは知らないが、この点については、従業員が、


『音のない竜巻みたいな人間』

『遭遇する確率が隕石直撃の確率より低い』

『エンティ嬢の飯がうまくなるくらい奇跡』

『帰ってくると何か起こる』

『できた若者だよ~』


 といろいろ言っていた。一部を除き、まるで天変地異のような扱いである。


「―――まあ、運営自体は私がほとんどしてるからOK。ようは社長代理です。言葉に気をつけるよーに」

「心には留めておく」

「とは言うけど、正直、ここって、基本的にのほほんとした雰囲気の職場だからさ。そういうのとは無縁だし、気にしなくていいよ」


 ”中立地帯”の代表としての役割がある、ということを知っているのは、実のところエンティ、エクス、ウィルの3人だけのようだ。

 広めるな、とも言われてないが、特に聞かれたことがないので周囲に話してないだけらしい。


「あ、そうだ、これ受け取って」


 エンティが、ポケットから取り出したそれは、”手紙”だった。


「なんだ?」

「次の流通拠点――”シア”に届け先があってね。配達頼まれてくれる?」


 エクスは、受け取った手紙の宛名を見て、


「これではどこに届けるのかわからん」


 そうぼやいた。


「現地の人に聞けばわかるらしいよ?かなり前に配達依頼が来てたんだけど、そこ通らなかったから届けられなくてね。まあ、今度は5日間ぐらい停泊するから、休暇がてら行ってきてくださいな」

「運送物資の積み下ろしはいいのか?」

「それは現地の人員使うから大丈夫。平気平気。あとウィルも連れてって」

「なぜだ」

「配達にウィルが指定されてたの。何でかはしらないけど。まあ、お客のご希望にはできる限り答えないといけないしね」


 俺はついでか、と思いつつもエクスには特に断る理由もなかった。ライネに関する情報収集は当然、自分の足でも行う必要がある。それに、実際、自分の目で見たほうが外のことは知りやすい。

 もう一度、手紙を見た。

 少し色あせた白い便箋を簡単にのりづけしただけの質素な手紙。

 小型の通信機器もあるこの時代に、わざわざ紙の文書を使うのは非効率なような気もするが、そこは差出人の意思だろう。

 強いて文句を言うなら、宛名はその人物の名前を書くべきだろう、ということ。


 ”日傘をさした女性へ”


 それが宛名だった。 

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