第2章(中立地帯編)2話 ”人気者”のウィル
ヴァールハイトとの”交渉”から2週間が経っていた。
”技術の秘匿”というのを第一条件に、2つめの”労働力となる”という点において、エクスは”シュテルン・ヒルト”にその身を置いていた。
一応、客人扱いであるようだが、その点においては特別扱いされている気配はない。エクス自身もそれでかまわない、と思っていた。
まどろっこしいから、普通でいいのだ。ようは”仕事”をして、金を稼ぐことが大事。何事も先立つものがないと始まらない。
それに、ヴァールハイトが”労働力”を欲していたのはあながちでたらめでもなかったようだった。
その理由が、
…どうしてこうも高齢者が多いんだ。
働いている人間の年齢層だ。
運ばれてきた貨物を持ち上げ、整理用リフト車まで運びながら、周囲を見回していたが、どうにも若手の姿が見えない。というより、自分とウィルしかいない。
それに老人のほとんどが初老と言うわけでもなく、かなり年老いた老人達だ。
リフト車の運転などは行っているようだが、運送される貨物をそこまで運ぶのは、ほとんどエクスとウィルの役目になっている。
中には、影に座ってお茶を飲みながら和やかに話をしているのもいた。
「…おい」
貨物運びがひと段落ついたエクスは、近くで物資の数をチェックしていたエンティに話しかけた。
「ん、どしたのエクス君?相変わらず背が高いね、首が痛くなるから、見上げるほうの身にもなってよ」
「…貴様が低すぎるだけだ。それよりも…なぜこんなに―――」
「どうして老人が多いのか?、でしょ」
エンティは会話を先読みした。どうも珍しい類の質問ではないらしい。
ちなみに、彼女の服装は前とは違い、”カナリス”の社員に支給される黒を基調とした制服を着用していた。
「そうだ。こうも若手が少ないと業務に支障は出ないのか?」
荷物の運搬は、基本的に人力だ。リフト車はあくまで人の力では運べないものに限定されて使用されている。結果的には、かなりの重労働である。
エクスには体力を取り戻すことにも一役買っているため、うってつけなのだが。
「あんまりでてないよ。ウィルをこき使ってたから。ちなみに倒れてもかまわず働かせます。私、年上には敬意を払うけど、年下には一切容赦しません」
エンティの目線の先で、せわしなく動き回っているウィルが、荷物を持ってあちこちに走り回っている。エクスも時々見かけてたが、さっきから完全にノンストップの全力疾走である。
「…あいつ、よくこれまでもったな」
体力バカにもほどがある。
すると、ようやく一息ついたのか、ウィルの走りが止まった。
●
ふいー、と額の汗をぬぐい、ウィルは近くのベンチに座ろうとした。すると、
「―――あ~ウィルや、これをみてくれんかの?」
杖をついた老婆がゆっくりとした足取りで歩み寄ってきた。その手には予備の杖を持っていて、
「どうにも、掴む部分がぐらついての~。歩けんのじゃ」
とのことだった。
わずかで貴重な休憩時間だったはずだが、ウィルは表情に一切の疲れも見せなかった。むしろ、まかせろ、といわんばかりに張り切り、
「あちゃー、ネジが緩んでる。でも大丈夫!これぐらいならちょちょっと直せるッス」
笑顔でそう返して、工具のある場所までに走っていった。
老婆はウィルがいたベンチに、よいしょ、と腰を下ろした。すると、今度は別の老人が来て、
「おや、ウィル坊が今ここに座っていたと思ったのじゃが、おらんの」
「すまんね。あたしの頼みごとを先に聞いてもらったせいだね」
「そうじゃったか。ちょいと、この機械の使い方がわからんで教えてもらおうと思ったのじゃがな。仕方ない、一緒に待つかい」
「そうじゃね」
新しく来た老人は、老婆の隣に腰を下ろす。2人が何気なく談笑していると、
「―――お前さん方、どうしたんじゃい?」
新しい老人が来た。先の2人より若干若いのか、足腰はしっかりしており、ガタイもいい。
「どうしたんじゃ?」
「がんばってるウィルのやつにこいつを飲ませてやろうと思ってな。疲れも吹っ飛ぶぞ」
「そりゃ酒じゃ。真昼間からのむわけなかろう」
「だいたいウィルは未成年ですよ」
「何を言う!ワシはあれぐらいの年にはもう酒豪として周囲から恐れられておった。あやつにもコツを伝授してやろうと思ってな!」
「この間はそう言って、疲れと一緒に意識も吹っ飛ばしたじゃろうが」
「あの子はお酒には弱そうですからね」
「なに、慣れればそこからは天国が待っておる。飲み続ければ肝臓が慣れてくるわい。何事も継続が力となる」
そんなことを言ってると、
「なんじゃい、おめーたち。ここでなにか楽しいことでもあるのかい?」
また新たな老人がやってきて、
「ウィルがここを通らんかったかの?」
またまた老人が追加され、そんなこんなを繰り返すうちに、
「―――お待たせしたッス、ってわぁ! どうしたんすか、こんなに集まって!?」
この倉庫内の従業員たる老人のほとんどがここに集結していた。ウィルが帰ってくると、さっそく絡みだす。
とりあえず、先に直った杖を返したウィルは、次から次へと押し寄せる老人ウェーブに、わー、ともみくちゃにされていた。
だが、その表情は相変わらず笑顔。それも作り笑いではなく、心の底から出てきているものだった。
●
そうやって頼られているウィルの人徳っぷりをエクスは遠巻きに眺めていた。
どこか、かつての戦友が重なって見えて…懐かしい。
…俺の場合、最初は言い争ってばかりだったがな。
そんな思いは露知らず、エンティはウィル達を見て、大声をあげた。
「おーいこらー!そんなとこでサボってないで、仕事ー!」
そういわれると、老人達はいそいそと自分の持ち場に帰っていく。一部ブーたれていたが。
「まったく、ウィルはあんな風にモテモテ過ぎて、立ち止まるとすぐに周りが寄ってきちゃうんだよね。もっとノンストップで仕事させようかな…」
「鬼か」
「あれがあいつの良いところなんだけどね。おかげで現場のモチベーションが高まるし、社長代理としては嬉しいね。あとはバカじゃなければいいんだけど…」
「ずいぶんウィル=シュタルクのことが心配なようだな」
「ん? だって、あいつ拾ってきたの私だし」
「拾ってきた?」
「そう、ウィルは5年前くらいに街中で倒れてたのを私が見つけたの。帰る場所から家族もいないから、結局”カナリス”で保護したの」
”中立地帯”には、孤児を保護する施設などはない。ゆえに、一人ぼっちの子供は、だいたいが盗みを働いて生き延びてるか、野たれ死ぬことが多いのが現状らしい。
「当時から結構な体力バカだったから、私の管轄ですぐに仕事をさせたんだけどね。いやぁ、いい拾い物したわ。ホント」
「……」
「あれ、エクス君、なんで”外道”を見るような目をしてるの?冗談に決まってるでしょ」
……半分本気だったな。
するとエンティは、再び作業に戻った。
ノンストップでヒィヒィ言ってるウィルを見つめて、
「…でもまあ、心配もしてるよ。あそこまで人が良すぎると、ね」
ふと小さな声でそう呟いた。どこかこれまでとは違う、やさしげな声音。
そのときは、エクスの視点からは、自分よりずっと背の低いエンティの表情をうかがい知ることはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます