第2章(中立地帯編)1話 月下の”先駆者”達ⅡーⅡ

 敵機は、S3を戦闘不能にすると同時に、身を翻し、回避機動で一度大きく離れた。


『S3をひろえ!』


 S1が、散弾に切り替え、牽制射撃をかける。敵を近づかせないよう、進行方向を予測しつつ射撃。

 落下するS3の機体を、S2機がつかまえた。すぐに生体反応を確認する。機体は損傷でスパークをちらつかせているが、誘爆の心配はないようだ。


『―――返答はないが、生命反応はある!』

『お前はS3そいつを連れて、近くの巡回艦と連絡をとりながら撤退しろ!』


 射撃を続けながら、S1が声を張り上げる。

 敵機は大きく旋回しながら、こちらに接近しようと機会を狙っている。散弾の段数は元々少ない。無駄撃ちさせられている。


『これも持っていけ!』


 言うと同時に、S2が投げ渡したライフルをS1が受け取る。

 両者の判断と行動は阿吽の呼吸に近かった。長年連れ添った親友同士。互いに求める最大のことを瞬時に把握することはそう難しくない。


『墜とされるなよ』

『ヤツを先に落とせばいいだけの話だ』


 S2は後退しながら、通信を始める。そして。S1は敵機に向けて加速する。


『―――こちら”S”コード小隊所属、S2。近隣の巡回艦、応答せよ! こちら―――』



 S2の救難シグナルをいち早く受信した艦があった。


「これは…。リファルド様。”S”コード小隊”S2”からの救難信号です」

「どこですか? 内容も含めて」

「場所は陥没都市”シア”付近。内容は『極秘任務中、敵機と遭遇。隊員が1名負傷。任務遂行困難との判断により収容を求む』とのことです。この艦の速度では、駆けつけるのに夜が明けてしまいます」

「私が”リノセロス”で先行します。S2に打電。『リファルド=エアフラムが向かう』と」

「hear!」



 S1と敵機が、めまぐるしい交錯を展開する。

 戦法はS3と同じだが、主とするのは散弾とライフルの同時使用。散弾で逃げ道を塞ぎつつ、ライフルで本命を叩き込もうとする。

 ライフルが2つになったことで、弾幕形成は容易になったが、やはり試作武器。心もとない。

 残弾数に気を配りながら、的確に射撃する。

 ミサイルでもあればいいが、現状の装備に文句も言えない。言う気もない。


『―――こちらS2。S1、援軍が向かっている』

『どこからだ!』

『ここから南西のXX地点からだ!』


 ……遠すぎる。どんなに急いでも夜が明ける…!


『それだけ聞ければ充分だ。後は、こっちに集中する!』


 S1は通信を一方的に切った。一瞬でも気が抜けない。敵はこちらの呼吸でも呼んでいるかのように、隙を狙っている。

 決まっている結果は1つ。援軍到着時には自分か敵のどちらかが残骸として墜とされている事実だけだ。

 敵機は弾幕をかいくぐりつつ、再びスラスターを光らせ、


 …来るか…!


 こちらに向けて加速してきた。

 長大なブレードによる一閃。しかし、S1は回避すると同時に、


『もらった!』


 刀身の横腹にライフルの銃身を無理やりたたきつけた。銃身がひしゃげ、破断した刀身が夜の森の中に落下して、消える。

 ブレードのような刃物は、横からの力には意外ともろい。特に”東”の『刀』とは幾度も対峙してきたゆえ、弱点も重々把握している。

 得物を片方失った敵機は、脚のブレードを展開し、蹴り上げる動作で振りぬく。


『無駄だ!』


 S1は機体を側転させ、空を切った小型ブレードの側面に”スレイヴニル”の脚で直接蹴りを入れ、それも2つに叩き割った。

 片足の浮遊機関が破損する。しかし、敵は大きくバランスを崩し、きりもみ状態だ。

 絶好の射撃位置。片足に残った浮遊機関の出力を最大にし、無理やり姿勢を安定させる。並みの兵士にはできない感覚による瞬間的な補正だ。


 …今しかない! ここで!


 残ったライフルで照準。狙いをつけるのは一瞬だった。


『―――射抜けッ!』


 轟音が大気を引き裂いた。




 無風の木々が不意に強風にさらされる。

 月明かりの元、巨大な影が、音速とも見まがう速度で戦闘区域に急行する。



 S1の”スレイヴニル”の放った銃弾の狙いは的確。弾丸はそのまま敵機を貫くはずだった。しかし、


『―――な、に?』


 相手は弾道めがけて、得物の長刀を投げつけた

 当然、銃弾に威力で勝ることはない。たやすく弾き飛ばし、弾丸は敵機の肩・に突き刺さった。

 パーツが砕けるのを確認し、


 ……軌道を逸らしたのか…!


 損傷を軽減されたと痛感する。


『まだだ!』


 次弾発射のため、機体の安定を保ち、再度照準する。

 しかし、発射は許されなかった。

 闇に包まれた森林の中から、赤い閃光が奔り、一直線にS1を襲った。


『プラズマ兵器だと!?』


 予期せぬ攻撃に反応が遅れた。回避しきれず”スレイヴニル”の左腕に直撃、武装ごと蒸発した。

 強力な熱量にさらされながらも、S1はその閃光の延長線上にあったものにハッとなる。


『しまった、輸送機を!?』


 閃光は、S1を撃ち抜くと同時に、後方に停滞していた無人輸送機を狙っていた。

 直撃こそなかったが、浮遊機関を余波で損傷させられた輸送機は、飛行能力を失い、黒煙を吹き上げ、滑空しながら落下していく。


 ……くそ!


 やられた、とS1は思う。敵は、もう1機、森の中に隠れていた。

 あえてS3を完全に撃墜せず、S2に救援に回らせることで、こちらの戦力を減少させたのだ。

 ”スレイブニル”は完全に戦闘力を失った。今は、何とか浮いている状態だ。

 敵機は破損しながらも余力を残していた。腰部の武装ラックから、ナイフ型のブレードを引き抜く。


 ……避けながら後退できるか…?


 否、不可能だ。さっきの決定打を受け、左側の姿勢制御スラスターも破壊されている。

 敵機は滞空しながら、静かにこちらの様子を伺っているように見えた。まだ何かあるのでは、と警戒してくれているのか?

 ありがたい話だったが、ただの時間稼ぎにしかならない。

 そうしている間にも、輸送機は黒煙を吹き上げ、地表に近づいていき、徐々にその機影が闇の中にかすんでいく。

 すると、敵機はナイフ型のブレードを武装ラックに収めた。


 ……止めをささない…?


 そして戦闘不能になった”スレイヴニル”に背を向け、黒煙を吹き上げる輸送機のあとを追う体勢をとる。


『させるかっ!』


 たとえ、体当たりしてでも止めるつもりで、S1が機体の出力を上げようとした時、眼下の森林から新たな機影が飛び出してきた。

 さっきの敵機と同じく、機体全体を覆うほどのローブをまとっている。その肩から伸びているのは、無骨な長い黒い砲身。それを、まっすぐS1に向けてくる。邪魔するな、と。

 間違いなくあのプラズマ砲撃を放った主砲だ。今の状態ではとてもではないが避けられそうにない。悪あがきも封じられた。しかし、やはりすぐに撃墜する気はないようだ。


 ……一体、こいつらは何者だ?


 そんな思考を巡らす時間さえあったが、このままでは敵に”極秘物資”の奪取を指をくわえてみているしかない。

 そのとき、オープン回線で声が飛んできた。


『―――S1、降下を!』



 S1は声を聞くと同時に、機体を傾け、急速降下。その後方から、緋色の閃光が大気を震わせ、飛んできた。

 閃光は、回避が遅れた砲撃タイプの敵機の脚部を撃ち抜いた。虚を突かれたのか、その距離を大きく離した。

 そして、攻撃の数秒後に、すさまじい速度で戦場に飛来したのは全長100メートル近い巨大な機影だった。


『この機体は・・・!』


 S1は真紅と白亜に塗り上げられた機体にある隼の紋章を見た。

 攻撃は続く。巨大な機影が旋回しながら各部を展開し、おびただしい数のマイクロミサイルをばら撒いた。

 砲撃タイプの敵機は、後退しながら、左腕のマシンガンとバルカンを使い、それらを打ち落としていく。しかし、攻撃密度が高く、落しきれずに何発か被弾する。

 巨大な機影は、接近タイプの敵機にも襲い掛かった。

 巨体に見合わぬ速度で追い抜くと、今度はバルカンで進路を封鎖しながら、大口径の弾丸の雨を撃ちかける。機体サイズが巨大なだけあって、もはやバルカンとはいえないほどの威力であり、流れ弾で森林の木々がずたずたに引き裂かれる。

 敵2機の判断は早かった。不利と判断したのかすばやく合流するとすぐに撤退を始めた。

 巨大な機影は、追わなかった。敵の撤退が完全であることを確認すると、急制動をかけ、翼を広げるように装甲を展開。

排気の陽炎を纏い、その場に浮遊した。


『――負傷はありませんか、S1?』


 ゆっくり降下しながら、そう話しかけてきた。まだ若い男の声だ。

 その声を聞いたS1は、


『負傷はありません…。お久しぶりです。リファルド殿、またお会いできて光栄です』


 感嘆の言葉を告げた。

 S2の救援要請でこの人物が駆けつけてくれるとは思わなかった。自分は運が良かったのかもしれない。


『援軍は夜明けになると思っていましたが、”西国の最速騎士”が来たというなら、納得です。感謝いたします』

『弟子のピンチに駆けつけるのは、当然のこと。礼などいりませんよ』


 リファルド=エアフラム。

 ”西国”において、最高戦力とされる王の直属の3戦力。”最速騎士”を称する男。

 操る機体の名は”リノセロス”。リファルド専用の航空戦闘機エア・ライド・アーマーであり、小型の航空戦艦並の武装を備えている。しかし、この機体の最大の特徴はその巡航速度だ。

 その最高速度は音速に達するとも言われ、まさに”最速”を体現する象徴的な存在だった。



 ”リノセロス”は、機体上に半壊したS1の”スレイヴニル”を乗せ、巡回艦へ帰還する進路をとった。


『―――S2とS3は収容されたようです。安否も確認できました。心配はありませんよ』

『申し訳ありません。このような結果に終わるとは』

『いえ、初めて乗った機体で戦い、生き延びただけでも称賛に値します』

『”極秘物資”を紛失・・・我々は中身が何なのかは聞かされていませんでしたが・・・本当に申し訳ない』

『落下ポイントはおおよそ見当がついているのでしょう?なら、回収班をまわせばいいだけのことです。S1、かつての私の教えを復唱しなさい』

『…騎士は”王”の命を遂行し、民の命を守る者。そして、それらを果たすには、自らの命も守らなければならない、でしたか?』

『そのとおり。今は、この生還を喜びなさい。それでいいんです』


 西に日が昇り、ゆっくりと夜が明けていく。

 朝日に照らされだした森林は、青々と日光を反射し、命の営みをつむぎだす。

 鳥達が羽ばたく中を、巨大な鋼鉄の隼が飛んでいく。

 ”極秘物資”が落下したポイントは―――寝静まった陥没都市”シア”。



『―――リファルド殿』

『なんでしょうか?』

『急いで援軍にきていただいて助かりましたが、移動時の重力負荷Gは相当なものだったのでは?』

『ですね』

『専用スーツは着用されてないようですが・・・身体は平気なのですか?』

『…………ぐふっ』

『吐血!? リファルド殿!?』

『いやぁ、駆けつけるのに必死だったもので。そういえば内臓が痛くなってきたような…』


 リファルド=エアフラム。

 ”西国”の最速騎士。

 その中身は、意外と天然ボケである。

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