第2章 全11話

第2章(中立地帯編)1話 月下の”先駆者”達ⅡーⅠ

 ”中立地帯”の夜空を、3つの人型と1つの無人輸送機が飛ぶ。

 時刻は、一部を除き、大半の人間が寝静まる真夜中。

 今宵は晴天。月明かりは空高く飛ぶ者達を、より鮮明に映えさせる。


『こちらS3。本日は晴天なり、真夜中でも目がチカチカしそうだ。周辺状況も異常なーし』


 ”S”のコードネームを持つ”エース”が、冗談混じりの宙返り飛行を披露する。


『S2、hear。…S3、その無駄な回転をやめろ。浮かれすぎだ』


 言葉を受けてか、S3は回転を止め、再び同速度で僚機と併走する。


『ヘヘ、そうひがむなって。コイツがどれくらい無茶ができるか試しとくべきだろう?』

『そうではあるがな…』

『なら問題ねえな。逆に、今動かしてた方がもっと早めにロールアウトしてくるかもしれないぜ?』

『そうは言ってもごまかされんぞ』


 そこまでにしておけ、と3人目の通信が割り込んだ。


『S2が正しい、と言いたいところだが、S3の気持ちも汲んでやれ。彼女いない暦0日の気持ちは、浮ついても仕方ないだろう』

『―――こちらS3。さすが隊長さんだ。お堅いS2にも見習ってほしいところだ。どうぞ』

『―――こちらS2。堅くて結構。妻子持ちなんだ。慎重で当たり前だ』

『―――こちらS1。しかし、S3、調子にのってこっちと接触でもして機体に傷がつくのは気をつけろ。お前の彼女の顔が真っ赤になるぞ?』

『―――S3、hear。そいつはまずい。傷つけずに試すのが美学だな』

『―――こちらS1。わかりやすく言ってみれば”昨日できたばかりの、人生初彼女を大切に扱ってください”という感じだろうな』



 今回、S1、S2、S3の小隊に与えられた任務は2つある。

 1つは、”西国”で建造さえた新型の試作ライド・ギアのテスト運転。

 現在、彼らが搭乗しているのは、”スレイヴニル”というコードのついたライド・ギア(”西国”における人型機動兵器の総称)で、”西国”で現行技術の粋を集めた、世界でも初めてであろう”空を飛ぶ人型機”である。

 制空権は、現状、航空戦艦による艦砲戦が主体であり、その戦力状況については技術上”東”側に分がある。

 しかし、小回りのきく空戦人型機が開発されたとなれば、対空戦を一新させる可能性もでてくる。そのためのテストだ。

 実際、完成度はかなりのものだ、ということは3人とも感じていた。先にS3が実践したように、機動性は申し分ない。機体の運用については、合格だろう。

 技術部はいろいろ苦心したようで、一応の結論として、機体を浮かせることに重点を置いたようだ。そのため”スレイヴニル”の脚部は、浮遊出力のみを発揮するフロートバーニアになっており、接地には適さない形状になっている。背面の主スラスターも、姿勢制御のためかなり大型であり、細かい姿勢制御は小型のスラスターが連なって行っている。

 武装も、”スレイヴニル”用につくられた大型のマルチ弾頭式ライフルのみ。散弾とリニアレール機構を搭載しているが、急造の品らしく装弾数が少ない。あまり実戦向きではない。


『―――こちらS1、索敵は怠るなよ。小型の航空艦でも姿は見られたくないからな』

『―――S2、hear』

『―――S3、…あ?』


 S3の乗る”スレイヴニル”が、下方に首を傾ける。

 なんだ、今、何か…。


『こちらS3。S1に報告したい』

『―――こちらS1。なんだS3?』

『なにか、索敵にかかった。11時の方角の森林内だ。微弱だったせいで詳細は不明だが確かだ』

『鳥じゃないのか?』

『いや、熱源反応がかなり強かった。動物の体温じゃねえ・・・』

『こちらS2。S1、どうする?』


 S1は、様々な思考をめぐらせる。しかし、その時間はきわめて短く、決断は瞬時に行う。


『…一度停止。隊列どおりS3が先行偵察。安全確保まで俺は輸送機を護衛する。極秘任務だ。できれば本部と通信はとるべきではないが、S2、準備はしておけ』

『―――S2、hear』 『―――S3、hear』


 ”熱源”に向けて、S3が脚部のバーニアの出力を上げ、滑空降下する。

 S1は、自分達より上空を飛ぶ無人輸送機に命令を送り、その場に停滞させた。そして、S1と背中合わせになる形で待機する。




 S3の駆るライド・ギアの高度が、森林に近づいていく。

 自分の経験からすると、あの熱量は間違いなく機械の発するものだった。高高度からの索敵に一瞬でも引っかかるほどの熱を出せる機械など限られている。すなわち、


 ……ライド・ギアなのは間違いねえ。


 偶然居合わせた近くの街の作業用ライド・ギアとも考えたが、


 ……可能性は低いと思うけどな。


 この近くにある街といえば、陥没都市”シア”。大穴の中にあるあの街は、鉱物採掘が経済の主体だ。昼に採掘が稼働し、夜は眠る都市。真夜中にライド・ギアを引っ張り出して作業をしてるとは考えにくい。

 考える間に、S3は熱源が発せられたポイントの真上に来た。

 地上からの対空攻撃に備えた高度をとったまま、周辺に強い索敵をかける。


 ……なんだありゃ。


 S3が熱源を見つけた。巨大な、布に包まれた何か・・。

 次の瞬間、振り向いた”何か”は、S3に一閃を見舞った。



『―――こちらS1。S3、こちらで衝撃反応を感知したぞ! どうした!』


 2機の”スレイヴニル”が同時に武装のセーフティを解除する。


『敵だ! 交戦中! 数1』


 通信と同時に、傘下の森林から、S3の”スレイヴニル”が急速上昇してきた。

 その後を猛追する”敵”も姿を現した。

 敵機に遭遇したこともだが、何より驚いたのは、


『あの機体、飛んでいるのか!』


 S1は目の前の現実を重視し、スラスター出力を一気に上昇させた。


『S2、援護陣形!続け!』


 hear、と返答すると同時にS2は加速する。



『っのやろおッ!』


 S3が肉薄してくる”敵”に対して大型ライフルで迎え撃つ。”敵”は重火器を装備していないのか、撃ち返してこない。機体全体を包むほどローブをひるがえし、機動力で弾丸を回避しながら接近しようと追ってくる。

 出会いがしらの奇襲で、S3の機体は片足の一部を落とされていた。おかげで機動力の低下し、振り切れない。

 敵の獲物が長大なブレード2本というのは確認していた。”東国”の『刀』のようにも見える。


 ……”東”にも飛べるヤツが―――


『――んなわけねぇだろうが!』




 敵機が背面の4本の翼のような、スラスターを展開し、加速の一閃を放つ。

 頭部を狙われたその斬撃を、


『ちッ!』


 S3は、浮力を消し、機体を仰向けにすることで回避。同時に、相手の懐にライフルの先端を押し付け、引き金をしぼった。

 だが、敵は避けた。機体の姿勢をひねり、弾丸が貫通したのは空洞のローブのみ。


 …なんつう運動性してやがる!


 明らかに相手は、機体を使い慣れている。だが、


『墜とされてやるかよ!』


 回転を利用した敵機の斬撃は、軌道を見切って回避。

 S3はあえて、敵の懐に飛び込み続けた。理由は、敵の得物だ。機体と同じくらいの長さがあるブレードは、リーチこそあれ、重量もある。

 そして、さっきの加速からの一閃から考えると、相手の得意・不得意が読めてくる。つまり、


『長すぎるその得物は振り回しにくそうだなぁ!』


 敵の戦術は、”一撃離脱”。強力な斬撃により、一太刀で相手を戦闘不能にする短期決戦の戦術。逆に、ある程度距離を離していなければ、充分な威力を発揮しづらい。

 こちらの銃器も大型で、近距離向きではないが、そこは動きでカバーする。相手の刃を受ける前に、その柄を打ち払い、切断という攻撃手段を許さない。

 すると、相手は不利を悟ったのか、距離を離そうとする。


『逃がすか!』


 勝機を見た。少し距離が離れた瞬間が絶好の間合いだ。

 瞬時にライフルを構え、照準。だが、引き金を引こうとした瞬間―――金属が割れる音がした。

 S3の撃とうとしていたライフルが、縦に断ち切られた。当然、持っていた腕部も道連れに―――


 ……な、に…?


 S3の思考が一瞬混乱した間に、4つの斬が閃めき、”スレイヴニル”を切り刻んだ。

 頭部、残った片脚、右肩ごと腕部を切り落とされ、砕けたパーツが四散する。損傷がコックピットまで達し、鉄片の一部が、パイロットを襲った。

 意識がブラックアウトする寸前、S3は自分の敗北の理由を知った。


『―――隠し、武器…か、よ…』


 敵機の両脚の先端からブレードが展開していた。

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