第1章 終話 戦友と言う名の”箱舟”ⅡーⅡ

 俺は、あの”未来”で、死んだはずだった。

 ”希望”を送り出すために、何よりあいつのために、命を捨てる覚悟をした。

 だが、生き残った。

 そして、今また会える可能性を掴んだ。

 ”奇跡”だろうがなんでもいい。

 俺には、また生きる意味ができた。



「―――人を探している」


 長い沈黙の後、エクスは口を開いた。


「……」


 ヴァールハイトはただ聞いている。


「俺はそのためにここに来た…それだけだ」


 自分にとって、今はそれが全てだ。短い言葉の中に、エクスの本音があった。


「目的を果たすためなら、世界でも敵に回す。その覚悟がある…」


 無意識に自身の拳の力強まったのを、エクスは感じた。


「意外と頭に血が上りやすいようだな、君は。自分では冷静なつもりだろうが、図星をつかれると、ボロがでる。利口に立ち回ろうとしてるが、結局は最後に力押しになりがちなタイプだ」


 ふん、と言葉を切ったが、むしろその態度こそ図星の証明であった。

 エクスは、あまり強く己を出す人間ではない。その内心は意外と忍耐弱く、熱くなりやすいタイプだ。


「だからどうした。得意げに人間観察か」

「ある程度掘り下げてみたが、君の素性をこれ以上詮索する気はない。本来、私にとって大事なことはそんな些細なことではない」

「なら狙いは”未知の技術”か?」 

「逆だ」


 といい、ヴァールハイトの口から続いた言葉は、


「私はこの”やっかいなもの”を外に出すべきではない、と考えている」


 なに?、とエクスは呟き、眉を動かした。


「お前は、”未知の技術”を欲しているわけではないのか?」

「たしかに”未知の技術”とは、ビジネスチャンスを招き寄せる大波。実に魅力的だ。…しかし、それは世界のバランスの崩壊させる要因ともなりうる。いうなれば”諸刃の刃”だ」


 ヴァールハイトは、得意げではない。ただ当たり前のように淡々と自身の考えることを述べていく。


「今、この世界に劇的な変革は必要ない。”未知の技術”など持ち込まれてはバランスを崩しかねん。ただ迷惑なだけだ」


 ヴァールハイトは、企業連合の長。すなわち、”中立地帯”において、もっとも影響力を持つ人物。

 ”西”と”東”の2つの大国。そのどちらにも組せず、中立の立場を守り続ける天秤の柱だ。

 未知の技術という”劇薬”によるバランスの崩壊をよしとさせるわけにはいかない。


「君の持つ情報はこの世界にとって良くない。野放しにするよりは、私のような人間の手元においておく方がいい」


 そしてなにより、


「一時のビッグビジネスより、半永久的に需要のあるビジネスの方が安定して稼げるに決まっている」

「そっちが本音か…」


 無論、どっちも本音だろうが…


「…大国同士の戦いはこれからも続くだろう。いつまで続くかなど、私の知るところではない。しかし、今、現に”世界”はここに存在し、時間は進み続けている。”悲しみ”もあれば、”喜び”も続いていく―――」


 ヴァールハイトは、自らがどういう存在なのか、強く自覚している。

 彼は世界を”動かす”者ではなく、―――”紡ぐ”役割を担う者。


「私が君と交渉するべき内容…それは持ち込んだその”技術”を私の管轄下で保管し機密とすることだ。決して、明るみに出さず、必要不可欠とされるその時がくるまで、この場にこの機体ごと封印する。交換条件は君の欲する情報を私の不利益にならないという条件つきで開示すること、というのはどうか?理想的な条件だろう」

「ならこちらの条件はこうだ。『この機体を俺が死ぬまでこの場で管理すること』そして、『俺が求める情報を要請したとき、すぐに開示すること』、この2つだ」

「ほう。では、その条件の見返りとはなんだ?」

「『俺が持ちえる”技術”の情報は死ぬまで外に漏らさないこと』、『”カナリス”の労働力になること』の2つだ。破格だろう?」


 ふむ…、と顎に手を当て、ヴァールハイトは逡巡した。


「…利害は一致した。なら、我々が結ぶべきは―――」

「―――”盟約だ…」


 ”盟約。

 それは対等である証明。

 エクスには自分の果たすべき目的がある。なら、この男の立場は大いに利用できる。 

 世界のバランスを守る”責務”・・・それを全うしようとするヴァールハイトの姿勢に、どこか感銘も受けたのも事実。


 ……私欲も混じっているようだが、この際、気にしないことにしよう。


 少なくとも、この男は信用に値する・・・、そう直感できた。


「いいだろう」


 そういうと、ヴァールハイトは右手を差し出してきた。


「今このときを持って我々は”同盟”を結ぶ。この手をとった時から、私と君は利害を共有し、互いを利用できる権利を得る。依存はあるまい」


 その表情は相変わらず無表情だが、これまでとはどこか違うように思えた。


「君が私と出会えたのは、奇跡に近い。他の勢力なら、敵対もありえただろう。すなわち、幸運であった、というところか」

「同感だ」


 ―――その手を握り返し、”盟約”は成立した。



 死闘を戦い抜き、鎮座するソウル・ロウガは、明かりに照らされていた。

 エクスを過去世界へと導く”箱舟”となった愛機は、戦っている最中の勇猛な姿とはうって変わり、今は、ただ静かに物言わぬ姿でそこにある。

 まるで、それは戦いの果てに、安息を得た戦士が深い眠りについているようだった。


 …ソウル・ロウガ。今は、ここで眠れ。俺をこの世界に導いてくれたことに感謝する。



 女性は、遠い場所にある花園の中で、晴天の青空を見上げていた。

 空には、優雅に飛ぶ白い鳥の群れ。

 癖のあるウェーブの入ったショートボブヘアが、風を受け、サラサラと揺れる。

 女性は、持っていた日傘をさして、片手で目元に小さな即席の影をつくり、フッ、と笑った。

 鋭い目つきをさらに細め、呟く。


「…”誰も知らない奇跡”…果たして起こせるかしらね」

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