第1章 終話 戦友と言う名の”箱舟”ⅡーⅠ
人工知能”サーヴェイション”
人類の可能性を閉ざしたその起源について、記録はない。
同時に存在についても、実のところよくわかっていない。
どのような形をしているのかすら俺は知らない。
ただ目の前の機械を潰していくことが、唯一俺にできることだった。
お前はどこか掴みかけているような素振りも見せていたが、結局は仮説の域から出せないと言って詳しくは話さなかったな。
俺もそのとき深くは尋ねなかったが、今となっては、少しは戦うこと以外にも目を向けるべきだったと後悔している。
ライネ、お前はこの世界のどこにいる。
あの”可能性を閉ざれた未来”を変えるために、俺は何をすればいい。
それとも、何もしない方がいいのか。
いや、違う。俺は、お前とまた会えるなら――なんであろうと。
●
巨大航空艦”シュテルン・ヒルト”の格納庫は艦の巨大さに違わず、その内部も相応に巨大であった。
運送組織は、実のところ”中立地帯”には数多くあり、”運送料金が安い”や”目的地まですばやくお届け”など謳い文句も様々である。
そんな中、ヴァールハイト率いる運送組織”カナリス”は、このライバルの多い業界でシェアを6~7割近く得ていた。
先にも言ったとおり、”中立地帯”は、最低限の秩序こそあるが、全体を統制し、取り締まる組織はない。治安維持の組織は各町の中にしか存在せず外の犯罪は、管轄外ですのでご勘弁、というのが常識なのである。
そのため、盗賊の被害にあったり、自然災害に見舞われたりなど、確実な物資の運送を行うことができない場合も見られていた。
そこでヴァールハイトは、”確実で安全な物資の運搬を保障する”という名目を前面に押し立て起業した。
”シュテルン・ヒルト”の多数ある格納庫は、どれも依頼された積荷が満載。加えて、中立地帯でも類を見ない”武装航空艦”であるため、好き好んで襲う空賊もいない。
決して運送料は安くなく、極端な速達もできないが『安全』と『確実』であることが保障されているため、利用する顧客が非常に多いのである。しかも、大国からの輸送依頼も頻繁にやってくる。
小さな町など生活必需品を外部から調達することが不可欠な場所では特に重宝されている。
こうして”カナリス”は”中立地帯”、”西国”、”東国”の世界を相手取るほどの、有力な組織として名が広く知られていた。
●
その”シュテルン・ヒルト”の内部で唯一、改装されておらず”戦艦”として当時の設備を残した場所、それが”第『0』格納庫”。
稀に機体の運送を依頼されることがあり、そのために残してあるのだという。
エクスは連れられるまま、外部と内部を隔てる巨大な扉の前に立っていた。
ヴァールハイトにより指紋認証、網膜スキャン、暗証番号が次々と入力されていく。そして、全ての行程を経て、パズルのようなギミックを見せながら、扉が開放されていく。
機体の運搬ともなると、かなり高額の依頼であると同時に、機密も守らなければならないことも多々ある。ゆえにこの場所のセキリュティは艦内でも最高クラスだ。
「ついてこい」
先に入ったヴァールハイトに、エクスが続いた。
中は薄暗かった。めったに使われないため、普段は主電源ブレーカーも落とされているようだ。
ヴァールハイトが壁際でぼんやりと光る端末を、指でたたく。
それに壁に走る電力供給のラインが、光を走らせた。次に床、天井に放射状に規則正しく広がる。
そして、壁から主となるバックライトの明かりが灯り、全体を照らした。
●
「いや~、帰ってくるの久しぶりッスけど、やっぱり空の上から下を眺めるって絶景ッスね」
「ホントだね~。いい眺めだよ」
「お!じゃあ、エンティさんは具体的にどのへんがいいんスか?」
「地上で必死にちょろちょろ働く連中を、優越感に浸って見下ろすところ」
「さらに下見てた!?ていうか風景見てたんじゃないんスか!?」
「は?そんなもの見て心癒せるわけないでしょ?この仕事の楽しみはまさにこれ!わかるかな?この比類なき癒しタイム」
「怖いッ!その『虫けらを見下す表情』はいつもながら怖すぎるッスよ!」
「君も見下してあげようか?」
「お断りするッス!」
「…メッシュ髪の女の子なら?」
「…………いや!お断りッス!」
「君ってホント正直者だね。軽く引いたよ」
●
照らし出された”箱舟”は、そこに直立した状態で、ハンガーに固定されていた。
左腕が欠損し、装甲はほとんど脱落し、頭部左側が崩れ、今となっては、ただの物言わぬ人型の残骸。しかし、それはまぎれもなく、
……ソウル・ロウガ。
エクスと共に”絶対強者”と戦いぬき、そして過去の世界へと運んだ機体。
人に対してもあまり抱いたことのなかったそれは”感傷”であることをエクスが自覚した。
この機体で戦った時間は短い。それでも、このソウル・ロウガは、今までの未来の世界で失ってきた仲間と同様、立派な戦友とも言える存在だった
「―――君はこの機体と共に発見された。正確には、コックピットで気絶していた重症の君を救出したというところか」
ヴァールハイトの言葉を聞き、エクスは機体を見上げながら振り向かずに尋ねた。
「発見地点はどこだ・・・?」
「ここから北だ。距離は特に言う必要もない。半径100メートルの大穴が開いてる。見ればすぐにわかる。おそらく君とその機体のせいだろう。夜の森の中だったから、被害者もゼロ。おかげでノーリスクで君を回収できた」
エクスは、傷だらけになった機体を見上げたまま黙っていた。
すると、ヴァールハイトがサングラスをとって懐にしまい、
「―――先に言わせてもらえれば、私は君に対して”恐れ”を抱いている」
「恐れだと?」
そうだ、とソウル・ロウガを見上げ、ヴァールハイトは続ける。
「この機体の構造を初めとした全てを一通り調べさせてもらった。結果は君が一番わかっていると思うが、”未知”だ―――」
ソウル・ロウガが事前の解析を受けていることは予想していた。
機体の出所を調べれば、エクスの素性を知ることができるという目的もあったのだろうが、残念ながらその目論見は外れている。
「―――機体を構築する物質、システム、形状までどれもこの世界には”存在していない”技術が用いられている。解析に長けた整備班長でも、強力なシステムセキリュティを抜けられなかったと聞いている」
当然だ、とエクスは思った。
エクスとソウル・ロウガは、”未来からやってきたもの”なのだ。本来、この過去世界にデータなど存在するわけがない。
そのため、ヴァールハイトは、エクスの意識が回復するのを待ち、直接話を聞くしかなかったのだ。個人的な興味もあったのかもしれないが。
「この結果を受けて、私は仮説を2つほど立てた―――」
ヴァールハイトがひとさし指をたて、
「―――1つめ。君が、いずれかの正体不明の勢力に身を置いていること」
しかし、とヴァールハイトが続ける。
「”中立地帯””西””東”の広大な情報網をかいくぐったうえで、それは果たして可能なのか?―――否。可能性はほぼゼロだ。特に私の前では」
技術を動かすには比例して、相応の物資と人と金が動く。流通の多くを担う運送組織を率いる以上、その事情に、最も詳しいのは目の前の男だ。”金”の動きには特に、と言える。
戦闘用の機体は、維持コストのすさまじさゆえ、必要最低限しか生産されない。しかもあてがわれるのは、組織に所属し、特殊な訓練を受けた”エリート”達。その中でも特殊な機体の運用をゆだねられるのは、特に優秀とされる”エース”だけだ。
そういう点は未来と過去のどちらでも常識のようだ。
どの時代でも主戦力となるのは、やはり鍛錬した人間なのである。
こんな辺境に”未知”で”特殊”な機体と”素性不明”のパイロットが転がっていること事態、おかしい。大騒ぎになる。
そういったことから、その仮説は、納得が厳しいのだ。
次に中指をたて、
「―――2つめ。これはオカルトじみていて、私の本意ではないが・・・君とこの機体ソウル・ロウガは、本来この世界に”存在していなかった”という可能性はどうか?」
ヴェールハイトの仮説は的を射ていた。
”過去への転移”、つまり時間を移動する技術。
それはこの世界では、その概念すらまだ構築されてないだろう。未来から跳ぶ時すら、未完成なうえ、たどり着く保障もなかった片道切符だ。
説明したところで、何の意味もないし、信憑性も皆無。
エクスもいまだに、自分がこうして過去の世界にいることに半信半疑の感覚なのだ。
「君は、この世界の事情に疎すぎる。世間知らず、という言葉では片付けられないほどにな。まるで突然この世界にやってきたかのように、だ」
世界を知らない男。あまりに不自然なその存在に対して、ヴァールハイトは無表情に尋ねた。
「君は何のためにここに来た?」
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