第1章 3話 その”男”の価値

 ウィルは自室に戻ってくるなり、完膚なきまでに清掃されつくされた光景(特にベッド下)を見て、膝をついて落胆していた。


「マジでなくなってるッス…」


 生活必需品の類は一切手をつけられていない。あくまで排除されたのはウィルの”ワンダーランド”のみであるようだ。

 後から入ってきたエンティはその部屋をみて、ほー、と感心する。


「きれいに片付いたね。今なら横になって寝れるね。掃除婆さんの手際は相変わらずお見事」


 ウィルは、聞いていない。その両拳を天に掲げ、


「これは不当清掃ッス! プライバシー侵害ッス! 雇い主に今からもの申すッスよ!」

「やめといた方がいいと思うよ? ”清掃費用”請求されるね、絶対」


 その言葉を聞いて、急にウィルの勢いが削がれた。エンティが続けて、


「それに、ここ借家でしょ?だったら”オーナー”が乗り込んでも文句は言えないと思うけど」


 はあ…、とため息をつくウィル。


「そうッスよね…言ってみただけッス。あの人に会うといつも借金の話になるんで、苦手ッス」

「それ自業自得じゃない?」

「…今度から給料は素直に飯代にするッス」

「そうそう、お金は大切にね」

「…エンティさん―――」

「お金は貸さないよ」

「読まれてる! そこをなんとかお願いッス!」


 両手をあわせ、頭を深く下げ、ウィル懇親のお願いスタイル。


「そこまで言うなら仕方ないか。いいよ」

「おお! さすがエンティさん! ここぞという時は一番頼れるッス!」

「10倍返しで」

「前言撤回」

「120倍にしようかなー」

「うそ! うそです! 10倍で頼みます! マジ!」


 慌てふためくウィルを、ヒヒヒ、と苛めるエンティは非常に楽しげ。

 彼らは、”我が家”に帰ってきたのだった。



 ヴァールハイトの所有する航空武装艦”シュテルン・リヒト”の存在感は、他の航空艦とは一線を画していた。

 まずはその巨大さである。標準の航空艦のサイズに対し、”シュテルン・リヒト”のはその5~6倍はある。おかげで”ミステル”へは側面からの着艦が不可能であるため、その船体は建物の頂に、あたかも”王”のごとく鎮座していた。

 デザインも相当異なる。黒塗りの船体装甲に金色の装飾が随所に施されているが、他の航空艦と比較しても色あせておらず、輝きを放っていた。”派手で煌びやか”というよりは”堅実な優雅さ”を感じさせ、芸術的ながらも、全体的に力強さを見せつけている。

 まるで”格の違い”というものを艦自身が主張しているかのような錯覚さえ覚えるようだ。

 内部には、客人から乗組員まで泊まれる居住区画が配備されているようだ。居室の内装自体は、普通であるが、所有する人間が好みで変えてもいいことになっているらしい。

 ”社員”はここに住み、仕事に向かうのが通常のようだが、届け先が流通拠点から離れている場合などは、別の移動手段を用いるため、長期的に艦から降りて仕事を行う場合もあるようだ。

 見た限りではその程度だが、まだ全てではないのは確かだ。

 …どこかで、誰かが大声をあげいるような気がしたが、おそらく空耳だろう。



「ここで話そう。入りたまえ」


 ヴァールハイトに続き、エクスが通されたのは”社長室”とプレートが掲げられた部屋だ。

 広めだが、内装はシンプル。焦げ茶色の上等な大きめ木製デスクとクッションチェア。客人との応接間でもあるのか、デスクの前には、ガラス製の長い机と、横長のソファが配置されている。

 そして周囲を埋め尽くす書籍の山。整理されており、天井まである本棚の壁に種類ごとにきっちり収まっている。


 …まだ紙の文献も豊富な時代か。


 エクスの時代では、紙の文献はほぼ失われていた。これほどの書籍を見るとどこか壮観でもある。


「…本が珍しいかね?」




 さすがに珍しがりすぎか、と不振になりがちだった挙動を正す。


「飲み物はなにか?」

「いや、必要ない」


 自分は客人ではないだろう、とエクスは付けくわえた。

 ヴァールハイトは、ふむ、と言い自分用の椅子に腰掛けた。


「そう構えなくていい。いまこの時、まだ君の立場は”客人”だ。話の後にどうなるかまた別の話だろうがね」


 自由にかけたまえ、と客人用のソファの使用を薦められたが、このままでいい、とエクスは立ったままであった。


「こちらの立場は、まだ君と同等。なら、その選択もよしとしよう」


 ヴァールハイトには、特に気分を害した様子はない。エクスは自分という人間が観察されているような感覚を再び感じていた。

 無意識か、それとも故意なのか。どちらなのかはわからないが、少なくともこの男ヴァールハイトは人を試そうとするところがあるようだ。

 組織の長には必要不可欠な能力でもあるんだろうがな・・・、とも思う。

 自身でコーヒーを注ぎながら、ヴァールハイトは話を切り出す。


「私からの話は非常にシンプルだ。私の元で働くつもりはないか?」

「運送組織”カナリス”は『どんなもの』でも運送することが仕事、とエンティ=ケットシーは言っていた」

「そのとおりだ」


 机に着き、一口飲み物をすすると、ヴァールハイトは手元の空間端末を操作した。

 すると、別の巨大な空間ウインドウが両者を隔てるように展開する。部屋が少し薄暗くなり、より鮮明な図が見て取れた。


 ……これは、勢力図か…?


 この世界の構図は非常に単純だ、とヴァールハイトが話し始めた。


「今、世界は大きく2分されている。”西国”と”東国”・・・この2つの大国の争いが主だ。正式名称は両国とも呆れるほど長いので省略する。どこに行ってもこの呼び名で通用するからさしたる問題もない」

「この2つの国の特徴は・・・?」



”西国”は”王”により統治される王制国家。

”東国”は”五つの皇族”による議会制国家だ。

 対立の発端は諸説あるが、今では曖昧となっている。

 昔は中・小規模な国もあったが、戦時中に滅ぼされたか合併したかで、いずれにせよ大国のシステムに組み込まれているようだ。

 つまり、今この世界には表面上”西国”と”東国”の2つの国しか存在しない。言われたとおり、非常にシンプルな構図だ。

 国とはいっても、あくまで名目上の部分もある。それに国の境も曖昧だ。統治が地方に丸投げされている場所も多数存在している。肥大化すればするほど統一が図りづらくなるのは当然と言えば当然の結果でもある、ということだ。

 では、”中立地帯”とはなにか?

 ヴァールハイトが端末を操作。今しがた表示されていた内容に新たな勢力が加えられる。


「―――今、君がいるこの場所こそがその中心だ」


 2つの大国による争いの最中、当然被害にあった難民や法からあぶれた者が存在する。年月はその数を増大させ、独自の秩序をつくり、いつしか1つの国を形成できてもおかしくないまでに膨れ上がった。

 戦争の闇に紛れ、救済のめどもたたず放置されるしかなかったその者達が在る場所として、必然にその居場所は生まれた。

 だが、所詮は秩序の外に放り出された者達だ。統一した秩序などしけるはずもない。ただの弱肉強食の修羅の巷だったと聞く。しかし、そんな中からこそ優れた統治者は生まれるものだ。

 現れたその統治者は非常に優れていた。後に”救世主”とも呼ばれたその者の活躍は目ざましく、わずか10年足らずで無法地帯は、1つの秩序の元に統制され、コミュニティとして構築、確立されていった。

 ”中立地帯”と呼称されだしたのもいつかはわからない。技術レベルも場所によって様々で乱雑だが、この場所でしか発展していないものもいくつか存在する。しかし、小さな組織のままでは、大国に屈するのが現実だ。

 そうなれば徒党を組んだのは、必然の流れであった。

 優れた技術力は当然、”西国”と”東国”のどちらも欲するところだろう。その強大な力で来られれば小規模な組織では、成すすべなく吸収されてしまう。

 ゆえに彼らは、”企業連合”と称して、巨大なチームを築いた。結果的にそれは、国と呼べるほど高尚なものには至らなかったが、『たたきつぶすには骨が折れる存在』としての一定の”力”を獲得することには成功した。

 両大国の力が拮抗している以上、この”中立地帯”に無理に手を出すことは、国力を疲弊を招き、敵国に付け込む隙を与えることになる。

 加えて、もし”中立地帯”の勢力を下手に敵にすれば、相手国にその力が傾く可能性もある。

 つまり、現状で世界のバランスは、”中立地帯”の連合勢力が保っていると言っても過言ではない。その均衡の中心に立つのが、ヴァールハイトというわけだ。

 当然、まったく両大国と交流していないわけではない。

 大国が技術を欲するように、”中立地帯”もまた大国から欲する物がある。互いの利害関係が一致すれば、そこには取引や契約の場が発生する。

 ゆえに”中立地帯”として機能している。閉ざすのではなく、関わることで自分達が『厄介だが必要な勢力』と知らしめる。

 だが、組織としては一枚岩とはいかない。まあ、それはどこでも似たようなものだ。ゆえに優れた統率者を配置するというのは、この連合においては伝統であったのだ。



「―――私は君をスカウトしたい、と考えていた」

「…素性の知れない人間をか?」


 ヴァールハイトが椅子から腰を上げた。


「それはさほど重要ではない。君の戦いの実力は”ミステル”で見せてもらった。そして思考の回転の早さもな。社員として私が求めるもがそろっている。優れた人材だ」

「ずいぶん俺を高く買っているようだが、いささか軽率な判断でもないのか?」

「私は人を見る目がある、と自負している」

「……」

「実際、社員自体は少ない。多くの仕事を受けるには、相応の人材が必要だ。だいたい――」


 ヴァールハイトが横目でエクスに視線をやり、


「――今、実働できるのがあの”大飯食らい”だけ。そう言えば人材不足が理解できるだろう」


 大飯食らい…、呟くエクス。どう考えても、病人の食事を容赦なく平らげるあのバカのことだろう。



「ヘックチョンっ!!」

「ちょっと、頭の悪そうなくしゃみしないでくれるかな?」



「…私が純粋に求めているのは労働力。それにこの”中立地帯”は大国ほど強い秩序がしかれているわけでもない。犯罪率も高い以上、実力があるに越したことはない。君は私に利益を生む人間だと見ている。当然、相応の報酬も用意しよう。それが金銭であろうと、情報であろうともかまわない」

「・・・断る、という選択は?」

「君しだいだ。しかし、これは私からの最大限の譲歩でもある、とは言っておこう。この”中立地帯”では特に大きい譲歩だ。断ることの利点は少ないと思うが?」


 労働力か、とエクスは思案する。なんにせよ先立つものは必要だ。運送組織とういう名目上、各地を回り情報を得る機会も多くすることができる。

 しかも、目の前の男は、この”中立地帯”のトップとも言える存在。顔も広い人間の情報は非常に有益だ。

 今後の動きやすさや現状を考慮すると、まさにうってつけの”好条件”が転がりこんできたと言える。

 しかし、エクスは別の疑念を抱いていた。すなわち、


 ……こうも話がうまく進むものか…。


 OKを出すのは簡単だ。

 素性の知れない人間でも雇用する…、それはこの男の理論である以上疑うべくもないだろう。それでも、なにかが足りない。

 今しがた提示された”好条件”と”譲歩”と言う言葉、不自然ではないか。

 ”中立地帯”のトップが、素性の知れない人間になぜ”譲歩”する必要があるのか?もっと、強制力を働かせる手段はいくらでもあるはずだ。

 どう見ても、ヴァールハイトは”無条件に優しい人間”ではない。

 人は得することを望む。だが、それに魅せられすぎると、重要なことを見逃す。

 目の前の言葉だけで、情報が不足している…考えろ。


 ―――この男が俺の価値を見出したのはいつだ?


 空港での騒ぎの解決?そんなものではない。


 ―――目の前の男は、なにか重要なものを隠している。


 ”好条件”というエサをちらつかせ、こちらが食いつくのを待っているかのようだ。


 ―――コイツの狙いはなんだ?


 この無表情な男が、自分エクスに価値を見出したのは…そう、


 






 ”エクスーシグザールを発見した時”、からだ。








 つまりは”ミステル”内であったことはただの理由付け。あの出来事がなくとも、他の理由はいくらでもでっち上げられる。

 相手の狙いはまず、エクスを管理下に置くことから始まっている。


「…その”好条件”は貴様の戦術、ということか」


 エクスの言葉の意味を、ヴァールハイトは理解していたようだ。しかし、それでも表情を変えることはなく、ただ傾聴を続ける。


「『他人を見る目』に自信を持っている、と言ったな。だが、俺は『自分を見る目』に自信がある。腕がたつ?頭の回転が早い?そんな人間はいくらでもいる。俺でなくとも事足りるほどにな…」

「……」


 いくら他人から『優れた人間』と評価されようと、エクスは自分が『ちっぽけな1人の人間』に過ぎないことをわかっていた。

 他者より優れた人間というのは、他者の価値観からもたらされるもの。

 自分は優れてなどいない。

 初めは赤ん坊で歩くことら知らなかった。ケガをすれば血が出る。仲間を失えば無力さと無能さに打ちしがれる。

 そして、今はそれを教えた1人の女との再開を望む、ただの無愛想な人間だ。

 見くびるな、とエクスは言い、。


「貴様が、”譲歩”を提示したのは俺に見出した”価値の正体”を隠すためだろう。そして、この艦の中に、その”価値の正体”がある」


 エクスがこの”過去”の世界に来るための”箱舟”となった愛機。それは、共にこの世界にやってきたはずだ。

 言葉に数秒の間をあけ、確信を放つ。


「…俺の機体―――”ソウル・ロウガ”はどこだ」


 わずかな沈黙の後、礼服の男の表情が初めて動いた。

 それは口元にわずかに微笑を浮かべる程度だったが、紛れもなくエクスに対する声なき賞賛の証であった。


「…場所を変えよう」


 端末を操作。入り口が再び開く。


「ここからが本格的な交渉だ」

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