第1章 2話 ”社長”ⅡーⅡ

 ”ミステル”にやってきた3人はその中に入り、目的の場所を目指す。

 ”ミステル”とは、町の中心にある高層の建造物のことで、天に向かって伸びるこの巨大建造物は、規模の違いはあれど、主要流通拠点には必ず存在する。


 ……この時代から浮遊機関の技術は確立されていたか…


 そこに停泊している船全ては、『海』ではなく『空』を浮遊する航空艦。それも小型から大型まで、サイズからデザインもさまざま。展覧会とでも言うべき様相を呈している。

 この時代から、人々の移動は空が主流だった。安定した浮遊機関の開発により多種多様な航空艦が開発され、その安定性と安全性が確立されたことからこの大規模な流通方法がほぼ常識となっている。

 停泊の仕方も印象的だ。

 巨大樹と似るその姿。遠目から見れば、建物は巨大な幹、停泊する艦はサイズの小さなものなら『葉』、大きいものなら『実』と、その存在は一体となって見える。


 ……”宿り木”――”ミステル”か。


 エクスのいた時代では、これほどの航空艦が密集する機会などめったにお目にかかれるものではなかった。それだけ、世界を機械が占め、人間が追い詰められていた、ということを改めて感じる。

 人が栄華を極めた時代では、こういった光景はありふれたものだったのか、とエクスが逆カルチャーショック気味になっていると、


「…ん、いざこざかな」


 エンティの視線の先に、大柄な男数人と乗務員が揉めているのが見えた。

 なんだなんだ、とギャラリーがわく。


 大柄の男の1人が、見てんじゃねぇ!散れ野次馬!、などと怒鳴っているがたいして効果はなさそうだ。

 しかし、問題なのは詰め寄られた乗務員のほうだ。

 いかにも気が弱そうな小柄の男で、大柄の男達に完全に気押されている。

 周囲の人間も、大柄の男達の迫力に立ち向かえる者はおらず、遠巻きに状況を眺めるだけだ。

 遠くから話を聞いていると、どうも船内から密輸品が押収されたとのことで、乗組員の乗船が拒否されているようだ。そのことを指摘され、乗組員が逆上したらしい。

 本人達は、さっさと船に乗り込みこの場を乗り切ろうと躍起になっている。こんな騒ぎを起こしている時点で、犯罪の証拠を明るみに出しているようなものだが。

 小物か…、と思いつつも、関わっていては時間がいくらあっても足りない。今の自分には優先することが山ほどある。

 エンティも、言葉はなかったが、関わりあいになろうとはしていない。

 すると、男の1人が業を煮やしたのか、搭乗口を必死に塞ぐ乗務員の横っ面を殴り飛ばした。

 どよめきだつ野次馬。しかし、とばっちりを恐れ、だれも助けには入ろうとはしない。

 だが、1人だけ違っていた。


「―――おいッ!やめろッ!」


 野次馬を押しのけ、乗務員と男達の間に割り込んだのは、ウィルだった。


「あのバカ、いつの間に」


 はあ…、とため息をつくエンティ。


「たいした正義感だな」

「あれ、アイツのいいところなんだけどね…時と場合を考えてほしいな」


 男の1人が、なんだてめぇ!邪魔すんな!、と拳を振るう。

 うわッ、とウィルはギリギリでしゃがんで避けた。

 理想的な回避ではない。反撃を一切考慮していない、素人がよくやってしまう避け方だ。


「…おい、アイツ戦闘経験は?」


 エクスがふと思ったことを口にする。


「子供の頃は割と荒んだところにいたからそれなり。でも、厄介ごとに勝手に首突っ込んで、たいていはボコボコ」


 言ってる間に、ウィルが相手から強力な一撃をもらい、床にたたきつけられる。次に襟元をつかまれ、締め上げられる。


「たく、弱いくせに首突っ込んでくんな、くそガキ!」


 力の弱いものを見下すその目つき。自分がこの場でもっとも力がある者として、何をしても許されるという傲慢さが映っている。


「―――よ―い、から、って…」

「あ?」

「弱いからって…見捨てられるかッ!」


 叫ぶと同時に、ウィルが男の金的を蹴り上げた。

 ぐお!?、とくぐもった声と同時に、男の手が緩む。その隙に、振りほどき、床に脚を着く。


「このガキぃ!」


 相手の怒りに任せた拳が、ウィルの顔面に突き刺さる。

 ぐ、と一瞬のけぞったウィルだったが、持ち堪えた。


「さっきのに比べれば・・・軽いッ!」


 ニヤリ、とい笑い返し、おかえしとばかりに全体重を乗せた拳を相手の頬に叩き込んだ。

 だが、わずかに狙いから逸れ、命中したのは顎の部分。しかし、結果的には、


「お・・・―――?」


 相手がふらついて、白目をむいて昏倒した。

 顎を急激に揺らされたことで、軽い脳震盪が発生したのだ。


「あれ?」


 やけにあっさり相手が崩れ落ちたのを見て、ウィルはキョトンとなる。


「やろう! よくも!」


 1人の相手で十分、と踏んでいたほかの仲間が一斉に仕掛けてくる。

 げ!、とウィルが焦るが、


「―――おい、こっちだ」


 別の声。

 男達がそっちを振り向く・・・が、


「え? 誰も―――ぐおッ!?」


 といっている間に、1人が気を失って崩れ落ちる。

 何が起こったのかはわからなかったが、誰の仕業かは理解できた。


「エクス! 助っ人ッスね! 助かるッス!」


 不本意だがな…、と呟くと同時にエクスが駆ける。

 残り3人。

 1人目。相手からの拳の一撃。単調だ。軽く首を傾け、紙一重ながらも余裕で避ける。そのまま、カウンターで鼻っ柱を殴り飛ばす。

 相手の勢いと、こちらからの加速を相乗させた威力は強力だった。男の身体は、軽く吹き飛ばされ、数メートルの距離を滑っていった。

 一瞬の出来事にうろたえた2人目。混乱して抵抗する思考力を欠いたソイツの顎に横からまわし蹴りを入れる。ウィルとは違い、的確に脳を揺さぶる正確な足技で、相手を沈める。

 最後の1人は、目の前で起こった出来事にいまだ理解が追いついていない。


「どうした? 殴ることはあっても、殴られたことはないのか」


 2人をまるで当たり前のようにたたき伏せたエクスから発せられる類を見ない強烈な殺気。それを前に、最後の男は完全にすくみあがっていた。どう抵抗すればいいのか、頭の思考が麻痺している。

 それでも、追い詰められた人間は、とっさにとんでもない手段を思いつくもの。


「く、くそ・・・!」


 懐からナイフを取り出し、それで切りつけてくるかと思いきや、反対側に走り出した。

 次の瞬間には、大きな悲鳴が建物内にこだまする。


「あッ!アイツ!」「ちッ」


 ウィルとエクスは同時に、苦い表情になる。

 男は近くにいた幼い少女を人質にしたのだ。

 よるんじゃねぇ!、と周辺の人々もナイフを振りかざして遠ざける。


「そこをどけ!搭乗口を空けろ!」


 どうやら、倒れた仲間は置いて逃げるつもりらしい。周囲が緊張の空気に包まれている。

 相手も興奮している。下手に手が出せない。

 どうする、とエクスは思考を巡らす。

 相手がこの場でもっとも警戒しているのはエクスの力量。ならあえて注目させておき、その間にウィルが背後に回り込めば―――


「おいッ!卑怯者!その子を離せ!」


 …と思ったが、完全に目立ってしまっている。おかげで相手の警戒の目が向いてしまった。このバカは使えそうにない。


「うるせぇ!いいからそこをどけってんだよ!この小娘がどうなってもいいのか!?」


 まさに一触即発。誰もが流血騒ぎを覚悟する。

 ち、厄介な…、とエクスが悪態をついた時、


「―――道の真ん中で何を騒いでいる。通行の邪魔だ」


 男の背後から、新たな声。同時に、男の身体が宙を舞っていた。

 またも何が起こったかわからぬまま、地面にひっくり返される男。野次馬も何が起こったのか理解できていない。

 だが、エクスはその新たな声の主が何をしたのか、自然と目で追っていた。


 …流れを崩さず、投げた。手練れている。


 凶器の手から解放された少女は、いつの間にかその現状を作り出した者の腕の中にチョコンと収まっていた。 

 声の主は若い男だった。黒い礼服は、金色の文様があしらわれた装飾が特徴的だ。髪は知的さを感じさせる銀髪オールバックで、左耳にだけ、丸い形のピアスを下げている。

 このとき、売店でアイスを買って現場に戻ってきたエンティはその人物を遠くから見て、あ、と呟いたが、誰も気がつく者はいなかった。

 ひっくり返された状態から男が復活する。背中の痛みをこらえながら、若い男に敵意を向ける。


「てめぇも邪魔する気か!あぁッ!?」


 そう言って手に持ったナイフを振りかぶる。

 腕の中に抱えられた少女が、恐怖に怯え、目をつぶってしがみついている。

 襲いかかる男の脅威を前に、何もできない小動物のように。

 若い男は、少女をしっかりと抱え、自然な動作で後退。ナイフの間合いから離れる。


「―――そこの大飯食らい、私に金にならない労力を使わせるな」


 若い男のその言葉が出る前に、反応したのはウィル。そして続くエクス。


「了解ッス!」


 ハッとなって男が振り返った時には、ウィルが懐に入り、エクスが跳んでいる。

 タイミングピッタリで、別々の拳と蹴りが男の腹と顔面に同時に突き刺さった。 

 ごあッ!?、っと小さく呻いて巨体が吹き飛ぶ。その先にあったカフェのテーブルとイスの列に突っ込み、なぎ倒し―――昏倒した。

 一瞬の静寂。そして、うおおおおおッ!、と周囲から歓声があがり、拍手喝采がわき上がる。


「いやー、危なかったッスね!」

「…さっさと鼻血を拭け」


 ウィルは、危なかったー、とため息をつきながらも、微笑んでいた。

 あれだけ殴られた割に元気なやつだ、とエクスは少し感心しながらも呆れ気味。

 すると、奥の方から今になってようやく4人の警備が駆けてきた。


「―――全員動くな!そこのお前たちもだ!」


 警備が指差したのは、ウィルとエクス。

 ウィルは、え、俺も!?、と叫んだ。


 ……大した遅さだな…


 とエクスは内心思う。これだから関わるべきではない、と思っていたが、どうも考えた通りに現実は運ばないものだ。

 ここはおとなしく従う方が妙な嫌疑をかけられずにすむだろう。多少、時間がかかるかもしれないが…。

 だが、そんな予測とは裏腹に事態は転がる。

 騒ぎの発端となった男達を拘束し、警備員の1人が次に礼服を着た若い男のほうに向かう。

 当然若い男のほうは、特に何を抗議するわけでもなく鉄面皮ポーカーフェース。さっきまで腕の中で小さくなっていた子供は落ち着いたのを見計らって、親の元に返されたようだ。


「失礼ですが、この1件に関わった者として、一時的に身柄を―――」


 拘束、といいかけたところで、


「―――おいッ!ちょっと待て…!」


 別の警備が止めに入る。そして何かを耳打ち。すると、何を聞いたのか、


「し、失礼しました!この度は騒ぎの収拾へのご協力感謝いたします!」


 いきなり焦って敬礼した。

 若い男はその敬礼にただ、ご苦労、とやはり無表情のまま一言返した。


「おーい、お待たせー」


 エンティが、大声で若い男に手を振った。ウィルは、アハハ…、と苦笑いで視線をそらす。

 そしてエクスは、黙って相手を見つめていた。


「関係者の方々ですか・・・?」


 警備が恐る恐るたずねると、


「…どうやらそのようだ。私はもう失礼しても?」

「は、はい!お時間をとらせて申し訳ありませんでした!」


 若い男は、そう言って、その場を後にし、エクス達の方へ向かい始める。


「エンティ、あの男か」

「そ、あれがウチの社長ね。ついでに中立地帯の企業連合の総裁、ついでに完全無欠にして金の亡者であらせられる―――」


 エンティがそこまで言いかけて、


「―――こんな騒ぎに関わって時間を浪費していたとはな・・・金にならんことは極力避けろ、エンティ」


 はーい、と続きは、若い男に任せるように引いた。


「ヴァールハイトだ。お初にお目にかかる。君か、エクス=シグザールという男は」


 尋ねられたエクスは、そうだ、頷くことで肯定する。


「私が君に話したいことがあるように、君も私に話したいことがあるだろう。ここには平等な取引が成立する、と踏んでいるがどうだ?」


 社長と呼ばれた男―――ヴァールハイトのどこか試すようなその眼光が印象的だった。

エクスは臆することなく対話の申し出を受けた。自身の行く末を決める上で重要な話になる、そう感じながら。


「おい、そこの大飯食らい。私に背を向けてコソコソとどこに行く気だ?」

「い、いやッスね~どこにも行かないッスよ~」

「そうか。この男との話がすんだら次は貴様の番だ。内容はわかるな?」

「え、いや、久しぶりに自分の部屋の掃除したいんで後日というのは・・・ダメッスか?」

「心配するな。すでに給仕が片付けた」

「げッ!?」

「エンティからの報告にあったベッド下の”ワンダーランド”とやらは、すべて本屋に売り払って金に換えておいた。安心するがいい」

「お!よかったね!借金少し減ったんじゃない?」

「のおおおおおぉッ!?」


 …この男ウィルはどんな扱いをされてるんだ?、とエクスは思ったが、黙っておいた。

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