第2章(中立地帯編)4話 ”陥没都市”シアⅡーⅠ

「え、休暇? マジでいいんスか!?」

「そ、いつもがんばってるウィル君にご褒美。ただ1つだけ届けてほしいものがあるから忘れないように。あと少しだけお小遣いもあげましょう。エクスも一緒にね」

「エンティさんがこんなにやさしいなんてうう………………雨が降るんじゃ…」

「え、なに? ここで血の雨でも降らせてほしい?」

「い、いや! なんでもないッス!」



 森林が囲んだ大地のど真ん中には巨大な穴が穿たれてた。

 直径数10キロというクレーターは、いつそこにできたのかは誰も知ったことではないが、一説には隕石の衝突が起こったのではないか、との見方もある。だが、だれも興味がないので解明されていない。

 しかし、その場所に興味を持った人間達が、調査をしたところそこはまさに宝が眠る場所であった。

 数多の特殊な鉱物が次々と採掘されるようになり、莫大な利益が生まれた。

 初めは小さな採掘現場から、時が経つごとにその規模は広がっていく。

 集まりから村へ。村から街へ。そして、今では流通拠点のひとつとして発展を遂げた姿でそこにあった。

 採掘された鉱石は、軍事関連から生活用品まで様々な分野で必要とされており、そのため”西国”と”東国”の双方とも取引を行っている一大都市。

 ”中立地帯”でも一際、交易が盛んなこの都市に創設者と同様の名をつけ、こう呼び始める。


 陥没都市”シア”―――と。



 ”ミステル”のエントランスから、市街に降り立ったエクスは、周囲を見回した。

 時刻は昼より少し早い時間帯だったが、すでに街中には色とりどりのネオンや照明が光り輝き、活気があふれていた。。

 地表よりさらに深い場所にあるため、もっとも浅いこの場所でも、薄暗いのは当然だ。そのため、昼間からでも明かりを灯す。

 行きかう人々は作業員もいれば、礼服やドレススーツなどで着飾った人間までそれこそ多種多様にいる。

 そんな光景を眺めながら最初にぼやいたのは、


「落ち着かんな」


 そんな言葉だった。

 正直、あまり人ごみは得意ではない。他者を避けるため無駄に動かされるうえ、無駄に気を張ってしまう。 


「――やっと追いついた。エクスは歩くの速いッスよ」


 後から走って追いついてきたのはウィルだ。


「いつまでも人助けばかりしていたから置いていっただけだ」

「いやぁ、なんか見過ごせないじゃないッスか」

「だからと言って靴磨きの営業まで手伝うな」

「売り上げが伸びて喜んでもらえたッス」

「おかげでこの入り口にたどり着くまでの時間まで延びた」


 まったくこの男は、と内心呆れる。一度こうすると決めたらガンとして動かない性分のようだ。


 ……コイツは喜んで貧乏くじを引いて、それに気づかないタイプだ。


 エンティからは、


『ウィルだけじゃなんか不安だから別れず一緒によろしく』


 と言われているので、放っておいて、自分だけ歩を進めるわけにもいかない。


「…お人好しは嫌いだったはずなんだがな」

「え、なんスか?」


 エクスの小声の小言とは裏腹に、ウィルは陽気であった。

 ”シュテルン・ヒルト”が陥没都市”シア”の”ミステル”に着艦したのは、朝方だった。

 エンティの言う”休暇”とやらで、街に繰り出すことになったのだが、先のとおりこのバカみたいなお人よしのおかげで建物から出れたのは、この時間だ。


「……手紙は持っているな」


 唯一頼まれていた運送物。ウィルが配達人に指定されていたので手渡しておいたのだが、


「もちろんここに、……ないッス」

「……これだ。バカ」


 ものの見事に部屋に忘れていたので、エクスが持ってきていた。


「いやぁ、エクスが来てから忘れ物が減って助かるッスね」

「自分で気づく回数を増やせ」


 エクスは、またため息をついた。



 ”ミステル”の周辺はそれこそ繁華街。

 流通拠点は観光業を開かれて当たり前であるが、”シア”のそれは他とは比べ物にならないらしい。

 理由は交易の盛んさからきているのだろう。

 ”中立地帯”の治安は良くないが、それは都市の外である場合だ。

 多くの街には独自の治安維持組織があり、それが機能している。

 観光と治安維持が両立しなければここまで栄えはしない。それこそ、ただの採掘場所として扱われる可能性もあっただろう。

 この都市を建造した人間はたいそう頭のきれる人物であったのだろう。


「――待て」

「どうしたんスか?」


 繁華街を歩くエクスの足が止まった。その視線の先にあるのは、


「刃物屋?」

「…少しここに寄らせてもらう」


 前からなんとなく落ちつかなかったのを感じていたエクスだったが、その理由がようやくピンと来た。


 …丸腰はどうも落ち着かん。


 軍人というか、彼自身の気質が原因だった。

 物心ついたころから身につけていたため、エクスにとって武器とは”衣服”と同じくらい持っていて当たり前の代物なのである。

 別に持っていないからどうにかなるというほどでもないが、やはりあった方がなにかといい。

 エクスが少し古い木で作られた年季のある押し戸をあけ、店内に入った。

 さっそく店内を見回す。家庭用の包丁から、レイピアやサーベルといった軍用のものまで取り揃えてあるようだ。ちょうどいい。


「あんまりこういうところ入らないけど、結構壮観ッスね」


 ものめずらしげに壁にかかった刃物類をまじまじと見つめるウィル。

 一方、エクスは、特に目移りもせず、一直線に目当てのものを探し、店の奥に進んでいく。

 そして、お目当て品が並んだ棚を見つける。品の1つを手に取り、交代しては次に、と自分に合うものかどうかを選別していく。


「…これぐらいでちょうどいいか」


 手に取ったのは、刃渡り30センチ程度のコンバットナイフと10センチの小型ダガーを3本。コンバットナイフは少々お高いが、必要経費と割り切ることにした。

 この街では、治安維持の観点から、銃器を持ち歩けるのは治安維持の組織のみだ。”ミステル”のロビーでも相当なセキリュティチェックを受けている。


 反面、刃物類の所持は規制がないらしく、自由。こういった事情はどの流通拠点にもだいたい共通で当てはまるらしい。

 正直言うと、ナイフのほうがしっくり来る。銃はどうも向いていない。苦手分野というやつだ。弾薬にも金がかかる。それにこれはなかなかいい品だ。しっかり手入れをすれば長く使えるだろう。

 購入予定のナイフを眺めていると、奥のほうから店主が現れた。少し、腰の曲がった老人だ。


「――お、いらっしゃい。なんでもそろってるからゆっくり見ていってくれ」

「いや、もう決めてある」

「ほお、ナイフにダガー。お客さんは軍人かなにかかい?」


 店主は、笑顔で気さくに話しかけてきた。かなり多様な種類のお客を相手にしてきている商売のプロとしての気配がうかがえる。


「いや、違う」

「にしては良いもの選ぶね。偶然とは思えない。相当な目利きだね」

「それなりには見分けはつくからな」


 エクスは相手からの称賛に淡白に返答するが、口の端はわずかながら笑っていた。

 人間、ほめられると少なからず気を良くする。接客のプロはそれを自然に引き出す技に長けているのだ。


「これをもらおう」


 エクスはその場で清算を済ませるため、懐から出した金銭を渡した。おつりはチップだ。


「まいど! なにかで包むかい?」

「いや必要ない――」


 そういうとエクスは、コンバットナイフと小型ダガーを懐にしまった。


 …やはり落ち着くな。


 武器で心の均衡が保たれるのは一種の職業病かもしれない。


「――そうだ、いい目利きさんにもう1個サービスしよう」


 店主は、いそいそと店の奥に戻り、10秒も経たないうちに出てきた。その手に握られていたのは、ブレスレットと小型のスライド機構が合わさったような品だった。


「買ったダガーは投擲用だろう?あんた、珍しいジャケットを着てるから、コイツをつければ、袖口に1本だけ隠しておける。意外と役に立つぞ」


「いくらだ」

「×××××、だ」


 けっこう高い、が、


「…もらっておく」


 エクスはそのブレスレット追加で購入した。すばやくそれを手首につけ、ダガーを1本そこに取り付けた。

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