第1章 全4話
第1章 1話 ”新世界”へ
暖かい…。
やわらかい布に包まれているようだ。
人肌のぬくもりのようで…重い…。
どこだ…ここは…?
●
「―――あ、起きた」
エクス=シグザールが目を覚ますと、自分の身体の上に小柄な女の子が乗っていた。
女の子は、黄色い瞳でじっと見下ろしている。
「…降りろ…重い」
「わ、女の子にそんな事いうとか…君、デリカシーないって言われない?」
「それは、寝てる人間の上に乗る奴が言っていいセリフか…?」
エクスが起き上がろうとする。
「あ、ダメダメ寝てないと。重症でしょ、君」
そういうと少女は、そーれ、とエクスの身体の上でジャンプ。そして落下。
「ぐ、お―――っ!?」
身体の上で飛び跳ねられたダメージとは別に、全身が削り取られるような痛みが駆け抜けた。そのまま、再びベッドに倒される。
身体がまるでいうことを聞かない。
なぜ、と思考するも、声に出せない。呼吸するにも肺が痛む。
「か、は…何を―――」
「いや、重症なら寝てないと死ぬって」
「…今ので死ぬとは、考えなかったのか…?」
「大丈夫だって、君、簡単には死なないよ。見た感じ」
このガキ…、と言いたかったが、今は動けない。あきらめる。
周囲を見ると、木目が見える部屋のようだった。周囲も装飾が栄える造り。ベッドも真っ白な染み1つないシーツ。なかなかの高級品に思える。
……自分はどうなった…?
疑問に答えられる存在は、今のところ1人だけだ。その少女にたずねようとする。しかし、もう自分の上に乗っていない。いつの間にか降りて出口の扉に向かっていた。
身体の感覚も麻痺しているのか…
そう思いながら、できる限りの声で少女を、待て、と呼び止めた。
「ん?」
「ここは―――」
どこだ、と質問しようとしたエクスの言葉を、少女は手を振ってダメダメする。
「すぐ戻ってくるから、とりあえず今は質問なしね。そんじゃ」
といってスタコラさっさと言ってしまった。
扉を閉められた後は、妙な静寂が訪れる。
鍵をかけられた様子はない。監禁されているわけではなさそうだ。
もしくは、閉じ込めなくてもたいして抵抗できない、と思われているかだ。
そのとおりではあるが・・・
日が差し込む窓から空を見上げた。
…快晴か―――
…あの後どうなった?
…俺は死んだのではないのか?
…だいたいここはどこだ?
考える間もなく、扉が開けられさっきの少女がまたきた。
「はいっ!戻ってきました。宣言どおり!約束を守るって大事だからね!」
しかし、今度はもう1人いる。
「あの、エンティさん、オレとの約束、何度破ってるか覚えてます?」
「君はいいのいいの。特別だから。嬉しいでしょ?特別って」
「ぜんぜん嬉しくねぇ」
若い。翡翠色の目が印象的な少年だ。とはいえ、少女よりもだいぶ背が高い。顔つきに幼さを残した青年と少年の中間、というほうがしっくり来る。
「おい―――」
「あ、起きましたか。オレ、ウィル=シュタルクっていうっス。趣味は―「エロ本鑑賞」―です―――ってオレの声にかぶせてなに言ってるんすか!?」
「あれ?違った?ベッド下のワンダーランドのこと、私が知らないとでも思ってるのかな?」
「な、なぜ知ってるんスか!?」
「あら、カマ賭けたのに自分から墓穴掘ったね」
「しまった!?誘導された!?」
「まったく…メッシュ髪の女の子が好みなんて、マニアックな・・・」
「いや、バッチリ見つかってるでしょ、今の発言は!」
「おいッ…つッ…!」
妙な方向に話が逸れはじめたのを感じたエクスは、脱線を正そうと声をできる限り張り上げる。
もちろん、そうとうな無茶をしてしまったせいで、また肺が痛み、荒く呼吸する。
「また、無茶して…死にたいのかな君は」
「重傷者の上で、跳ねる、人間に言われる、とはな…」
「だ、大丈夫ッスか」
ウィル、と呼ばれた青年が心配して足早に駆け寄ってくる。
見る限り、敵意は感じない。
「ウィル=シュタルク・・・と言ったか?状況を説明しろ・・・」
「状況って言っても・・・何から聞きたいんです?」
「…ここはどこだ」
「えっと、ナレ…なんとかっていう町の宿で…」
「お前たち以外の人間は?」
「へ?」
「この町に人間はどれくらいいる?」
ウィルは質問の意味がわからないようだった。
「どれくらいって言われても…いっぱいいるッス」
「何人だ?」
「えっと…ちょっと数えてくるッス!」
「待ちなさい、バカ」
扉のほうにダッシュしようとしたウィルを、エンティが止める。
「バカは言いすぎじゃないッスか?」
「じゃあ、愚か者。私が代わるから、君はこの重傷者に食事を持ってきて」
「オッケー。了解ッス」
愚か者で納得したのか…、とエクスは思ったが、黙っておいた。
「いっとくけど、米粒1つでも減ってたら、給料減棒だからね」
「そんないやしいマネしないッスよ。つまみ食いするんなら、全部食べます」
「それつまみ食いじゃないよね」
「んじゃ行ってくるッス!」
サッときびすを返し、扉の外に駆けていった。
「どうせおかずの1つや2つは減ってるだろうけど我慢してね。あいつしか暇な奴がいないから」
信用がなくて暇なのかあの男は…、とエクスは思ったが、黙っておいた。
「―――で、さっきの質問だけど、どういう意味なの」
エンティは、近くの椅子にチョコンと腰掛け、脚をぶらつかせる。
「そのままの意味だがな…忘れろ」
今の質問に疑念を抱いたのは、こちらの常識とは異なる常識が彼らの中にあるということ。一方的に質問しても、互いに混乱するだけで話が進まないだろう。
「はあ…。で、他に質問は?」
「お前らは、誰だ?」
「いきなり”お前ら”っていうのは、失礼なようにも感じるけど。私は心が広めだから許してあげる。私の名前は、エンティ=ケットシー。運送組織”カナリス”の会計担当です」
”カナリス”…、聞いたことがない、とエクスは思うも、お構いなしにエンティは続ける。
「んでここは、宿泊兼流通拠点地の1つ”ナレウス”の町。その宿泊施設の1つ。宿の名前は忘れたわ。適当に選んだから」
またもエクスには聞き覚えのない町の名前だ。
「俺はいつからここにいる?」
「君を最初に見つけたのはウィル。私たちのところに連れてきたのもそう。治療して、ここに運び込んだのは、昨日だから…最初に発見してから3日かな?」
3日、と小さく呟いたエクスは、自分の考える仮説が現実味を帯びてきたことを実感し始める。
あの極限状態の中から一転してこの状況。
「―――もう1つ聞きたい」
「ん?」
「いまは、何年だ…?」
この問いに対して、エンティは小さな指で壁の日付表カレンダーを指差すことで返答とした。
……やはり、か…。
ここは―――最後に戦った時代からはるか過去。
あまりに遠い。史実の文献すらまばらな失われた記録の時代。
偶然か。もしくは必然か。
”次元の裂け目”に飲み込まれたエクスは―――何の因果か、はるか過去の世界にたどり着いていたのだ。
●
いつから機械が人類を”採取”し始めたのかは、エクスは知らない。
機械の軍勢は生まれたときから『敵』で、『災害』の一種とも教えられた。
ライネなど、学識に通じる者は、歴史を紐解こうと文献を解読していたようだが、兵士として戦場にいたエクスは、そういった知識にあまりに疎い。というより、ほとんど無知に近い。
今理解できたこと。
この時代では、世界の支配者はまだ『人間』だ。
『機械』の支配は、まだ影も形も見えない。
●
年数と日時を聞いてから、急に黙りこむエクス。
すると、エンティが切り出す。
「―――そろそろいいかな」
「なにがだ?」
「先にそっちの質問には答えた。ひと段落着いたんなら、今度はこっちの質問に答えてもらえる?」
両手で頬杖をしながら、笑顔でそういってくる少女に、エクスは、ああ、と返した。
「まず1つ目。名前から」
エクス=シグザール、と淡白に返答する。
仮にも治療してもらった身。だが、それだけで相手のことを信用しきるのは迂闊だ。とはいえ、話しても問題ない情報程度なら話すべきだろう。
「どこから来たの」
エクスは一度沈黙。思考に入る
ここで『未来から来た』というのは、事実ではあるが現実味がない。相手が信用するわけもない。
結果的に、
「―――思い出したくもない、場所だ…」
半分は本当のことを言った。
相手もあまり深く触れないほうがよいと察してくれている様子、かと思いきや、
「―――ふーん。そこんとこ詳しく。ぜひ」
このガキ…踏み込んできやがった、と悪態をつく。
「大丈夫だって、他の人には言わないから」
ね?、という笑顔。到底信用できない部類である。
エクスは、ふん、と顔を背け、それ以上の追及をはねつける
「つれないな~。せっかくお金かけて治療して、マンツーマンで寝ずに看病までしてあげたのに?」
「…貴様が勝手にやったことだろ」
「…まあね。でも指示したのは別の人だけど」
「別の…?」
口ぶりから察するに、エクスを生かすことに利点を見出した人間がいるようだ。
「その人が治療しとけって。私は見つけた時に、身包み剥いで海に捨てるべきだ、って言ったんだけどね」
もちろん冗談だよ、と続けるエンティ。
コイツ、半分本気だったな…、とエクスは根拠なく直感した。
この女、見た目は少女のようだが、どう考えても年相応には思えない。どこか得体の知れない。というより…腹黒い。
「すいません。遅くなりました」
そこにさっき出て行ったウィルが帰ってきた。しかしその手には頼まれてたはずの食事が見えない。
「さっきそこで食事ひっくり返しました!申し訳ないッス」
敬礼に似たポーズをとるウィル。彼なりの謝罪の表し方なのだろう。
その様子をエンティはしばらくじっと眺め、不意に告げた。
「…あ、ご飯粒ついてる」
げ!?、とウィルは自分の口元にあわてて手をやるが、
「ついて…ない…? はッ!」
この男、病人の食事をつまみ食いどころか全部食べるとは、とエクス呆れた。
「あれ~? 落としたのに、口元にご飯粒がついてるわけないよね~? それとも口の中に落としてきたのかな~?」
ゆらりと椅子から降りるエンティにウィルが戦慄し、必死に手を振る。
「ち、ちがうッス!これにはやむにまれぬ深い事情があるんス!」
「ほ~? ちなみに『俺の鳴り響くこの腹が悪いんス』っていうのはもう100回以上聞いたからなしね?」
「に、逃げ道ふさがれた!?で、でも3日も寝ずにその人看病してたんだから、さすがに空腹で―――」
「―――減棒決定」
「のおおおおッ!?」
ん?、とエクスが疑問に思う。
「…おい、寝ずに看病してたのは、ソイツの方か?」
「え? 当たり前でしょ。なんで私が男を看病するのよ。このバカ体力だけはあるから適任だったわ。私は時々連絡とってて、たまたま様子見にきたら、君が起きてただけ」
なんて女だ、とさらに呆れつつも、エクスは力を抜き、ベッドに沈んだ。腹黒女と馬鹿な男だったが、今すぐどうこうされる心配はなさそうだ。
少なくとも今、食欲はない。
シーツに深く身体が沈み、心地いい。
まどろみに飲まれつつも、いろいろなことを考えた。
これからのこと。
この過去の世界のこと。
自分の置かれている現状のこと。
そして、…ライネのこと。
またお前に会える…必ず、会いにいく…必ず…。
●
ウィルに制裁を加えていたエンティは、いつの間にかエクスが深く寝てしまっていることに気づく。
はあ、とため息をついて、
「まったく…こっちの話は終わってないんだけど…」
「無理ないっすよ。この大ケガで生きてるほうが不思議ッス」
「あれ? 思いのほか早く立ち直ったね。制裁が足りなかったかな~ウィル君」
「いやいやいやいやッ!もう十分ッス!反省しました!」
「そっか、ならよし。じゃあ、私は社長に『目を覚ました』って連絡とって来るから」
「了解ッス」
「君は、ソイツが逃げないようしっかり見張っといてよ?」
「大丈夫。この人は逃げたりしないッスよ」
「ん? 自信ありげだね」
「この人、見た目は怖いけど、悪い人間じゃないッスから…」
「フフ、君のその勘、当てになるからね。信用してるよ」
んじゃ、と出て行くエンティを見送ったウィルは、布団に沈み、深く寝息を立てる男を見る。
「やばい、さすがに限界だ…」
そういって、彼は壁を背にして座り、すぐに深い眠りに入った。
2つの寝息と鳥のさえずりだけが部屋の中にあった。
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