第1章 全4話

第1章 1話 ”新世界”へ

 暖かい…。

 やわらかい布に包まれているようだ。

 人肌のぬくもりのようで…重い…。

 どこだ…ここは…?



「―――あ、起きた」


 エクス=シグザールが目を覚ますと、自分の身体の上に小柄な女の子が乗っていた。

 女の子は、黄色い瞳でじっと見下ろしている。


「…降りろ…重い」

「わ、女の子にそんな事いうとか…君、デリカシーないって言われない?」

「それは、寝てる人間の上に乗る奴が言っていいセリフか…?」


 エクスが起き上がろうとする。


「あ、ダメダメ寝てないと。重症でしょ、君」


 そういうと少女は、そーれ、とエクスの身体の上でジャンプ。そして落下。


「ぐ、お―――っ!?」


 身体の上で飛び跳ねられたダメージとは別に、全身が削り取られるような痛みが駆け抜けた。そのまま、再びベッドに倒される。

 身体がまるでいうことを聞かない。

 なぜ、と思考するも、声に出せない。呼吸するにも肺が痛む。


「か、は…何を―――」 

「いや、重症なら寝てないと死ぬって」

「…今ので死ぬとは、考えなかったのか…?」

「大丈夫だって、君、簡単には死なないよ。見た感じ」


 このガキ…、と言いたかったが、今は動けない。あきらめる。

 周囲を見ると、木目が見える部屋のようだった。周囲も装飾が栄える造り。ベッドも真っ白な染み1つないシーツ。なかなかの高級品に思える。


 ……自分はどうなった…?


 疑問に答えられる存在は、今のところ1人だけだ。その少女にたずねようとする。しかし、もう自分の上に乗っていない。いつの間にか降りて出口の扉に向かっていた。


 身体の感覚も麻痺しているのか…


 そう思いながら、できる限りの声で少女を、待て、と呼び止めた。


「ん?」

「ここは―――」


 どこだ、と質問しようとしたエクスの言葉を、少女は手を振ってダメダメする。


「すぐ戻ってくるから、とりあえず今は質問なしね。そんじゃ」


 といってスタコラさっさと言ってしまった。

 扉を閉められた後は、妙な静寂が訪れる。

 鍵をかけられた様子はない。監禁されているわけではなさそうだ。

 もしくは、閉じ込めなくてもたいして抵抗できない、と思われているかだ。

 そのとおりではあるが・・・

 日が差し込む窓から空を見上げた。


 …快晴か―――

 …あの後どうなった?

 …俺は死んだのではないのか?

 …だいたいここはどこだ?


 考える間もなく、扉が開けられさっきの少女がまたきた。 


「はいっ!戻ってきました。宣言どおり!約束を守るって大事だからね!」


 しかし、今度はもう1人いる。


「あの、エンティさん、オレとの約束、何度破ってるか覚えてます?」

「君はいいのいいの。特別だから。嬉しいでしょ?特別って」

「ぜんぜん嬉しくねぇ」


 若い。翡翠色の目が印象的な少年だ。とはいえ、少女よりもだいぶ背が高い。顔つきに幼さを残した青年と少年の中間、というほうがしっくり来る。


「おい―――」

「あ、起きましたか。オレ、ウィル=シュタルクっていうっス。趣味は―「エロ本鑑賞」―です―――ってオレの声にかぶせてなに言ってるんすか!?」

「あれ?違った?ベッド下のワンダーランドのこと、私が知らないとでも思ってるのかな?」

「な、なぜ知ってるんスか!?」

「あら、カマ賭けたのに自分から墓穴掘ったね」

「しまった!?誘導された!?」

「まったく…メッシュ髪の女の子が好みなんて、マニアックな・・・」

「いや、バッチリ見つかってるでしょ、今の発言は!」

「おいッ…つッ…!」


 妙な方向に話が逸れはじめたのを感じたエクスは、脱線を正そうと声をできる限り張り上げる。

 もちろん、そうとうな無茶をしてしまったせいで、また肺が痛み、荒く呼吸する。


「また、無茶して…死にたいのかな君は」

「重傷者の上で、跳ねる、人間に言われる、とはな…」

「だ、大丈夫ッスか」


 ウィル、と呼ばれた青年が心配して足早に駆け寄ってくる。

 見る限り、敵意は感じない。


「ウィル=シュタルク・・・と言ったか?状況を説明しろ・・・」

「状況って言っても・・・何から聞きたいんです?」

「…ここはどこだ」

「えっと、ナレ…なんとかっていう町の宿で…」

「お前たち以外の人間は?」

「へ?」

「この町に人間はどれくらいいる?」


 ウィルは質問の意味がわからないようだった。


「どれくらいって言われても…いっぱいいるッス」

「何人だ?」

「えっと…ちょっと数えてくるッス!」

「待ちなさい、バカ」


 扉のほうにダッシュしようとしたウィルを、エンティが止める。


「バカは言いすぎじゃないッスか?」

「じゃあ、愚か者。私が代わるから、君はこの重傷者に食事を持ってきて」

「オッケー。了解ッス」


 愚か者で納得したのか…、とエクスは思ったが、黙っておいた。


「いっとくけど、米粒1つでも減ってたら、給料減棒だからね」

「そんないやしいマネしないッスよ。つまみ食いするんなら、全部食べます」

「それつまみ食いじゃないよね」

「んじゃ行ってくるッス!」


 サッときびすを返し、扉の外に駆けていった。


「どうせおかずの1つや2つは減ってるだろうけど我慢してね。あいつしか暇な奴がいないから」


 信用がなくて暇なのかあの男は…、とエクスは思ったが、黙っておいた。


「―――で、さっきの質問だけど、どういう意味なの」


 エンティは、近くの椅子にチョコンと腰掛け、脚をぶらつかせる。


「そのままの意味だがな…忘れろ」


 今の質問に疑念を抱いたのは、こちらの常識とは異なる常識が彼らの中にあるということ。一方的に質問しても、互いに混乱するだけで話が進まないだろう。


「はあ…。で、他に質問は?」

「お前らは、誰だ?」

「いきなり”お前ら”っていうのは、失礼なようにも感じるけど。私は心が広めだから許してあげる。私の名前は、エンティ=ケットシー。運送組織”カナリス”の会計担当です」


 ”カナリス”…、聞いたことがない、とエクスは思うも、お構いなしにエンティは続ける。


「んでここは、宿泊兼流通拠点地の1つ”ナレウス”の町。その宿泊施設の1つ。宿の名前は忘れたわ。適当に選んだから」


 またもエクスには聞き覚えのない町の名前だ。


「俺はいつからここにいる?」

「君を最初に見つけたのはウィル。私たちのところに連れてきたのもそう。治療して、ここに運び込んだのは、昨日だから…最初に発見してから3日かな?」


 3日、と小さく呟いたエクスは、自分の考える仮説が現実味を帯びてきたことを実感し始める。

 あの極限状態の中から一転してこの状況。


「―――もう1つ聞きたい」

「ん?」

「いまは、何年だ…?」


 この問いに対して、エンティは小さな指で壁の日付表カレンダーを指差すことで返答とした。


 ……やはり、か…。


 ここは―――最後に戦った時代からはるか過去。

 あまりに遠い。史実の文献すらまばらな失われた記録の時代。

 偶然か。もしくは必然か。

 ”次元の裂け目”に飲み込まれたエクスは―――何の因果か、はるか過去の世界にたどり着いていたのだ。



 いつから機械が人類を”採取”し始めたのかは、エクスは知らない。

 機械の軍勢は生まれたときから『敵』で、『災害』の一種とも教えられた。

 ライネなど、学識に通じる者は、歴史を紐解こうと文献を解読していたようだが、兵士として戦場にいたエクスは、そういった知識にあまりに疎い。というより、ほとんど無知に近い。

 今理解できたこと。

 この時代では、世界の支配者はまだ『人間』だ。

 『機械』の支配は、まだ影も形も見えない。 



 年数と日時を聞いてから、急に黙りこむエクス。

 すると、エンティが切り出す。


「―――そろそろいいかな」

「なにがだ?」

「先にそっちの質問には答えた。ひと段落着いたんなら、今度はこっちの質問に答えてもらえる?」


 両手で頬杖をしながら、笑顔でそういってくる少女に、エクスは、ああ、と返した。


「まず1つ目。名前から」


 エクス=シグザール、と淡白に返答する。

 仮にも治療してもらった身。だが、それだけで相手のことを信用しきるのは迂闊だ。とはいえ、話しても問題ない情報程度なら話すべきだろう。


「どこから来たの」


 エクスは一度沈黙。思考に入る

 ここで『未来から来た』というのは、事実ではあるが現実味がない。相手が信用するわけもない。

 結果的に、


「―――思い出したくもない、場所だ…」


 半分は本当のことを言った。

 相手もあまり深く触れないほうがよいと察してくれている様子、かと思いきや、


「―――ふーん。そこんとこ詳しく。ぜひ」


 このガキ…踏み込んできやがった、と悪態をつく。


「大丈夫だって、他の人には言わないから」


 ね?、という笑顔。到底信用できない部類である。

 エクスは、ふん、と顔を背け、それ以上の追及をはねつける


「つれないな~。せっかくお金かけて治療して、マンツーマンで寝ずに看病までしてあげたのに?」

「…貴様が勝手にやったことだろ」

「…まあね。でも指示したのは別の人だけど」

「別の…?」


 口ぶりから察するに、エクスを生かすことに利点を見出した人間がいるようだ。


「その人が治療しとけって。私は見つけた時に、身包み剥いで海に捨てるべきだ、って言ったんだけどね」


 もちろん冗談だよ、と続けるエンティ。

 コイツ、半分本気だったな…、とエクスは根拠なく直感した。

 この女、見た目は少女のようだが、どう考えても年相応には思えない。どこか得体の知れない。というより…腹黒い。


「すいません。遅くなりました」


 そこにさっき出て行ったウィルが帰ってきた。しかしその手には頼まれてたはずの食事が見えない。


「さっきそこで食事ひっくり返しました!申し訳ないッス」


 敬礼に似たポーズをとるウィル。彼なりの謝罪の表し方なのだろう。

 その様子をエンティはしばらくじっと眺め、不意に告げた。


「…あ、ご飯粒ついてる」


 げ!?、とウィルは自分の口元にあわてて手をやるが、


「ついて…ない…? はッ!」


 この男、病人の食事をつまみ食いどころか全部食べるとは、とエクス呆れた。


「あれ~? 落としたのに、口元にご飯粒がついてるわけないよね~? それとも口の中に落としてきたのかな~?」


 ゆらりと椅子から降りるエンティにウィルが戦慄し、必死に手を振る。


「ち、ちがうッス!これにはやむにまれぬ深い事情があるんス!」

「ほ~? ちなみに『俺の鳴り響くこの腹が悪いんス』っていうのはもう100回以上聞いたからなしね?」

「に、逃げ道ふさがれた!?で、でも3日も寝ずにその人看病してたんだから、さすがに空腹で―――」

「―――減棒決定」

「のおおおおッ!?」


 ん?、とエクスが疑問に思う。


「…おい、寝ずに看病してたのは、ソイツの方か?」

「え? 当たり前でしょ。なんで私が男を看病するのよ。このバカ体力だけはあるから適任だったわ。私は時々連絡とってて、たまたま様子見にきたら、君が起きてただけ」


 なんて女だ、とさらに呆れつつも、エクスは力を抜き、ベッドに沈んだ。腹黒女と馬鹿な男だったが、今すぐどうこうされる心配はなさそうだ。

 少なくとも今、食欲はない。

 シーツに深く身体が沈み、心地いい。

 まどろみに飲まれつつも、いろいろなことを考えた。

 これからのこと。

 この過去の世界のこと。

 自分の置かれている現状のこと。

 そして、…ライネのこと。


 またお前に会える…必ず、会いにいく…必ず…。



 ウィルに制裁を加えていたエンティは、いつの間にかエクスが深く寝てしまっていることに気づく。

 はあ、とため息をついて、


「まったく…こっちの話は終わってないんだけど…」

「無理ないっすよ。この大ケガで生きてるほうが不思議ッス」

「あれ? 思いのほか早く立ち直ったね。制裁が足りなかったかな~ウィル君」

「いやいやいやいやッ!もう十分ッス!反省しました!」

「そっか、ならよし。じゃあ、私は社長に『目を覚ました』って連絡とって来るから」

「了解ッス」

「君は、ソイツが逃げないようしっかり見張っといてよ?」

「大丈夫。この人は逃げたりしないッスよ」

「ん? 自信ありげだね」

「この人、見た目は怖いけど、悪い人間じゃないッスから…」

「フフ、君のその勘、当てになるからね。信用してるよ」


 んじゃ、と出て行くエンティを見送ったウィルは、布団に沈み、深く寝息を立てる男を見る。


「やばい、さすがに限界だ…」


 そういって、彼は壁を背にして座り、すぐに深い眠りに入った。

 2つの寝息と鳥のさえずりだけが部屋の中にあった。

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