第0話 ”始まり”への”終わり”Ⅳ-Ⅲ
―――残り1分。
『親父の意志1割と私の趣味9割でできたこの基地の防衛機構にかかればこんなもんだ! ありがとうお父さん…!』
「…ほとんど、お前の趣味だろ」
『まあ、元はただの木造一軒家だったんだけどね…』
「木造の面影など微塵もないな」
『面影は残してるよ…。えっと、玄関の靴箱くらいは…』
「どうでもいい部分だけ残っただけのように感じるな」
『ま、天才だから仕方ないとか言っとけば解決だ』
「内壁を改造して、建物の強度に影響がなければいいがな…」
『いやーだいぶもろくなったかも。出し惜しみなしで使ってたからね…』
「…とんだ欠陥構造だ」
『でも助かった―しょ』
「ああ…そうだな」
通信が途切れ始めた。
時間転移は刻一刻と進行している。
止まらないし、止める気もない。
当然、再乗船は間に合わない。転移中の"船"には近づくだけで危険だ。
自分の歩みはここで止まる。
だが、彼女は・・・自分が愛したライネ=ウィネーフィクスという女性は、先に進める。
戦うことでしか、彼女に報えないのは残念だ。本当に―――
―――残り30秒。
「…ライネ」
『…なに?』
「…俺のことは忘れて生き―――」
『やだ』
ライネは、答えた。
その一言に、全ての想いが込められている。
『絶対―、忘れ――ない…』
もう会えない男をいつまでも引きずる気かこの女は、と呆れつつもエクスは微笑する。
「…感謝する」
顔は見せない。自分も、相手も。
『じゃあ―たし―ら、メッセージ―くっとく。読ん―おくように』
コックピット内にデータが送られてくる。
向こうも通信が切れかけてよく聞こえないのかもしれない。
これでいい。
言葉よりは未練が残らなくていい。
『―――またね…―――』
しっかり聞こえた。
別れを惜しみ、決して叶うことのない再会を望む、その気持ちを抱いた想い人の透き通る声だった。
その言葉を最後に基地が軽くゆれた。
この世界から、時間から、わずかばかりの希望を乗せた箱舟が過去に向け、旅だったのだ。
別の場所で繰り広げられていた、人類と機械の総力戦も圧倒的な惨敗に終わったことがオープンチャンネルでノイズに包まれて流れる。
人類は―――敗北した。まもなくオープンチャンネルも途切れる。
核攻撃など効果があるならとうの昔に行われているはずだ。
過去の遺産を発見した程度で思い上がった上層部のクズ共が・・・。巻き込まれて、死んでいった兵士達は…。
いや、遅かれ早かれこの結果になっていた。早まっただけだ。
今、世界に残っているのは自分だけのような気分になる。
外の爆音もいつの間にか止まっていた。
それが告げる事実は理解できた。
基地を最後まで守り続けた仲間は殲滅された。
すまない、と同時に、感謝する、とも思った。
エクスは、この後のことを考えていた。
基地周辺は、無数の敵に囲まれていることは明白。ソウル・ロウガにはレーダー機能はないが、その程度は予測できた。
機体は、中破状態。
右腕は肩ごと欠損。センサーも片方つぶれているばかりか、残ったほうも機能不全を起こして明滅。最後の一撃を叩き込んだ左腕は、原型こそ留めていたものの、過剰なエネルギー負荷に耐え切れず内部機構が焼き切れている。各部装甲も脱落が激しく、メインフレームが露出している。
……もう戦闘行動がとれる時間は長くない。
だが、この絶望的な状況下でも、エクスは自然と微笑んでいた。
気が狂ったわけではない。
道具のように戦ってきた。機械と戦う、機械のような自分の姿。
だが、自分が生きてきた意味は―――確かにあった。
……ライネ…お前の創る未来を信じている。
ずいぶん人間くさくなったものだな、と自分を皮肉り、エクスは機体を再起動させる。
冷却は完了している。ソウル・ロウガは全身の装甲がきしみをたてながらも、ゆっくりと直立にしようと、膝に力を蓄えていく。
「ソウル・ロウガ。初陣でここまで傷物にして悪いが、もう少しつきあってもらうぞ…」
数多の機体を乗り継いできたが、機体に愛着を感じるのは初めてだろう。
乗り込んで1時間も経っていないというのに、もう何年も共に戦ってきた気がする。
それに答えてか、センサーの明滅もいくらか改善し、視界が良好クリアになる。
隔壁が吹き飛び、爆炎が施設内に吹きこみ、内部を炎の色に染める。だが、衝撃はほとんどない、機体を揺らす程度だ。
このぐらいなら、と考えていた思考が不意に中断する。
判断は一瞬だった。理解は必要ない。直感だけ。
ソウル・ロウガがその場から、横に跳躍した。
次の瞬間、先いた空間が赤い閃光に薙ぎ払われた。
右に跳んだため、受身が取れず転倒。床を削りながら、滑って、止まる。
機体をできる限りすばやく立て直す。
鋭く向けた目線の先には―――
「な、に…」
胸部に大穴を穿たれた"絶対強者"の"骸"が立ちあがっていた。
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