温もりの鍵

チョコレートの様な色合いをした髪が揺れ出した。

すると、俺の方に近づいて、耳元でティア・ホーキンスが喋り出す。


「聞けば、いえ、見れば、愚弟は決闘の勝利者の報酬を決めずに戦ったらしくてね、自分が勝てば君の退学、けど、君が勝った場合の事を何も決めていない。敗者に罰が無くて、勝者に何もないなんて、おかしな話でしょう?」


ティア・ホーキンスの長い髪が揺れる。

確かに、俺はエリックと戦う時に、半ば彼に無理やり戦わせられた様な感じだった。

決闘である以上、何かを賭けての事か、誇りを懸けての戦いであるが、エリックが俺の退学を望んだ以上は、賭けで無ければならない。

だが、エリックは俺が勝った場合の事を何も決めて無いのだ。


「だから、愚弟の不始末を付けに来たの、敗者である愚弟の尻拭い…貴方は私に一つだけ、どの様な命令をしても良い。私はそれに遵守する」


どのような命令をしても良い。

それは一体、どこまで有効であるのかを考える。


「…質問しても?」


俺の言葉に、ティア・ホーキンスは頷く。


「勿論、願い事には含まない事にするわ」


「じゃあ…その命令って、どこまで有効なんですか?」


俺の言葉に、ティア・ホーキンスはさも怖気づかずに言い放つ。


「どんな事でも。私の権能が届く限り…金を望むのならば、ホーキンス家の資産の全て、死を望むのならば、ホーキンス家の全てを殺しても良い、復讐を恐れるのならば、この願いの方が良いかも知れないわ」


復讐、そう言われて俺は喉を鳴らす。

そうだ、どの様な命令も叶う事が出来る以上、命令が大きければ大きい程に後が恐ろしい。


人が願いを叶える以上、不服も不満も出る。

内容次第では、俺の立場が危うくなる可能性もあるだろう。


「…じゃあ、貸しで、お願いします」


考えた結果、俺はその様に答えた。

ティア・ホーキンスは、目を開いて、即座に閉じる。


「利口な生き方をするのね」


どう答えても、このティア・ホーキンスが俺に復讐をしないとは限らない。

ただ一つの願いを、このような場所で答えるなんて、それこそ上位貴族にとっての失礼となるだろう。

なら、此処では答えずに、後でじっくり考えると言う意味合いで、貸しにするのが一番良い事だと、俺は思った。


「安心したわ。これでもしも、求婚でもされたら、なんて思うと、抗えないんですもの」


求婚って…。

いや、その方法も良かったかも知れないな。

身内になればホーキンス家の権利を得る事も出来るだろう。

しかし…あのエリックと身内となるのだけは勘弁したい事だなぁ。


「それでは、ティア・ホーキンス殿、俺は用事があるので、これで失礼します」


「そう、何処に行くのかしら?」


何故そんな事を聞くのだろうか。

いや、喋らなくても、彼女には眼がある。

何処に行こうが筒抜けだろう。

既に、俺は彼女に興味を持たれているのだから、仕方が無い事だ。


「魔導書図書館です」


魔術都市に点在する複数の魔導書図書館の何れかを口にした。


「そう。なら、これを持っていきなさい」


と、そう言って、ティア・ホーキンスが首に付けた黒い紐を引っ張って、鍵を取り出した。

それは、魔導書図書館の個室の鍵だった。


「個室代は、下級生の貴方には払えないでしょう?これを貸してあげる」


そう言われて俺は鍵を受け取って、後になって気が付いて、ティア・ホーキンスに聞いた。


「あの、これで貸し借りなしって事になるんです?」


彼女に恐る恐ると聞いて、ティア・ホーキンスは口元を引いた。

その時俺は初めて彼女の微笑みを見た。


「ホーキンス家にとっての貸しと、私個人の貸しは別物、興味があるもの、どうやって貴方が魔導書を解読したのか、後続を育てるのは、上級生の役目でしょう?」


その言葉を残して、ティア・ホーキンスは先に外へと出た。

『虚ろなる瞳の握り手』が閉ざされて、空は何時もの明るい青色となっていた。

俺は、肩に圧し掛かる重さを、深い息と共に解放されていく。

ティア・ホーキンス。

『希代の十席』と呼ばれる傑物である様に、その実力は本物だと思い知らされた。

おまけに美人だ、彼女のぬくもりが移った鍵を持っていると、なんだか顔が熱くなってしまう。


「…クレイ?」


後ろからバヨネット・イヴが聞いて来るので、俺は慌てて鍵を懐にしまった。


「あぁ、いや、なんでもない、早く行こう、折角鍵も貰ったしね」


「…そうですね、クレイ」


バヨネット・イヴは俺に何か言いたそうだったが、何も言わなかった。

許可証を握りしめたまま、俺は下級生専用の校舎から出ていく。

外は森である、基本的に、未開拓地に校舎を置いたようなものなので、舗装された道路を馬車で通うか、歩いていくしかない。


「私の力を使えば、すぐに着きますけど、どうしますか?」


イヴの言う事はまず間違いない。

彼女は銃器を使って空を飛ぶ事が出来る。

だが、それはあまりにも目立ちすぎるので、俺は彼女にそれは使わないと言って、一人歩く事にした。

馬車を使うにも金が要る事なので、徒歩で魔導書図書館を目指す他なかった。

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