とある姉


召喚魔術には、秘封状態と言う召喚物を隠す能力があった。

これによって、イヴを隠して、俺はフードを被って外に出ようとする。


『学院から出るのですか?』


と、イヴが秘封状態で言って来る。


「いや、学院からは出れないよ、此処は、校舎だからね」


俺がそう言うが、彼女はピンとこない様子だった。

まあ、今は良いだろう。取り合えず、俺は国立魔導書図書館へ出ようとして、許可証を貰おうと中庭を出た時だった。


「クレイ・マリー」


俺の名前を呼ぶ女性の声。

それに反応して俺は振り向いて、絶句した。


「フードを被っても、分かるわ、貴方でしょ?」


…彼女はよく知っている。

風の噂で、俺がエリックを倒した事を聞いたのだろう。


「ティア・ホーキンス…ッ」


彼女はエリックの姉である、ティア・ホーキンスだ。

上位貴族の中では、知らぬものは居ないだろう。


召喚魔術学院に置いて、優秀な生徒に贈られる称号『希代の十席』を所持しているのが彼女、ティア・ホーキンスなのである。


エリックの様な、召喚術師としての家系で解読済みの魔導書を使用して召喚物を召喚したワケではない。

彼女、ティア・ホーキンスは自らの能力を以て、魔導書を読み解き、新しい召喚物を発見した女傑であるのだ。


その証拠に、彼女は入学時に贈られる魔導書ではなく、正式に召喚魔術学院側から依頼された魔導書を手にしていた。


「…いいえ、俺は違います」


上級生である彼女には、まだ俺の顔は割れていないだろう。

下級生専用の校舎から、上級者専用の校舎までは、六十キロも離れているのだ。

余談ではあるが、召喚魔術学院は四つの国土の中心に作られた魔術都市であり、半径250㎞、全体で500㎞もあった。


「そう?そうかしら、でもそうとは思えないわ、貴方、弱者の目をしてないもの」


と、彼女は思わせぶりな事を口にした。

俺の目が弱者の目じゃないと、そうティア・ホーキンスが言っている。


「貴方、イジメられてたんでしょう?私の弟に、あの子、屋敷の中じゃ、いつも私にイジメられてたから、その鬱憤で、自分より弱い子をイジメるのよ、だから、普通イジメるのなら、自分よりも弱い子を狙うでしょう?」


ゆっくりと近づいて来る。

彼女の視線が、俺の目に入ってくる。


「私には分かるの、何故分かるか分かるかしら?」


彼女の言葉に、俺は口を閉ざす。

しかし、彼女の目を見て、即座に理解した。

二重、三重に、輪が掛かった様な目をしている。

その特徴的な瞳に、俺は心当たりがあった。


「…『王眼』」


思わず、口から声が漏れてしまう。

その言葉を聞いて、ティア・ホーキンスは驚いた。


「…へえ、分かるの?じゃあやっぱり、私が言っている事は正しいと言う事で宜しくて?クレイ・マリー」


しまったな。

その目があまりにも特徴的だから思わず声が漏れてしまった。

ライトノベル、『ブラッド・アイ』シリーズ作品。

その中で、『虚ろなる瞳の握り手』と呼ばれる、異能力を宿す眼球を与えるラスボスが居た。

そのラスボスが所持している複数の眼球の内の一つ、それが『王眼』だ。

あらゆる資質を見抜く事が出来る瞳を持ち、同時に、その王眼を使って異能の眼球に適正を持つ人間に眼球を植え付けていた。


「…なら、隠していても無駄でしょう。貴方の召喚物は、『虚ろなる瞳の握り手』、ですね」


王眼を持つ者はただ一人、それが『虚ろなる瞳の握り手』だ。


「そう、其処まで分かるのね、流石に私もそこまで分からなかったから少し驚いたわ、それで、クレイ・マリー」


ぐい、と顔を近づけてくる、ティア・ホーキンス。

それと共に、俺の背後から秘封状態であったイヴが出現すると、ティア・ホーキンスに銃口を向ける。


「離れて下さい、主に近づき過ぎです」


ティア・ホーキンスにそう言いながら、イヴが銃口を向ける。

しかし、ティア・ホーキンスは冷静だった。


「…イヴ、止めてくれ、上を見て欲しい」


俺がそうお願いをすると、イヴは顔を上に向けていた。


「そう、やっぱり分かるのね。既に『虚ろなる瞳の握り手』は、召喚しているのよ」


空を見上げた時、イヴは絶句していた。

何故ならば、上空には、巨大な目が開いていたからだ。

七色の虹の色をした瞳孔を大きく開いて、俺たちをジッと見つめている。

それが、『虚ろなる瞳の握り手』であり、既にこの天体眼球の周囲には、異能の眼球を開いていた。

この状態では、イヴが攻撃しても、無駄だろう。

俺が知る中では、『留眼』と呼ばれる異能の眼球が開いていた。

これが対象に視線を合わせたのならば、その時点で行動が制限されてしまう。

だから、イヴが攻撃しても、ティア・ホーキンスに当たる前に止められてしまう。


「俺に接触して、何が望みなんです?」


俺の言葉に、ティア・ホーキンスは眼球を開きながら言う。


「私の弟を倒しておいて、ただで帰れると思ってるの?」


…つまりは、報復、と言った所だろうか。

早い内に、潰せる内に潰しておこう、と言う事だろう。

もしかすれば、早く殺さなければならないと思わせる程に、俺の実力が買われたのか。


俺は喉を鳴らす。

逃げようとしても、このティア・ホーキンスから逃れる事は出来ない。

そう思った時だった。


「じゃあ、貴方の望みを言いなさい」


俺が逃げないと言う事を理解したのか、ティア・ホーキンスはそう言った。

…え?なに、貴方の望みを言いなさいって、そう言ったのか?

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