魔導書はライトノベル


「それが貴殿が使役する魔導書で宜しいか?」


教師は教育者としての体裁を保ち、あくまでも中立的立ち位置でそう聞いて来るが、内心ではそうでは無いのだろう。

その証拠に、教師の態度は面倒臭そうなものだった。

早くこの茶番を終わらして欲しいと言う視線が俺を見ていたのだ。


そんな表情をしなくても、安心してほしい。

召喚する事が出来れば、この茶番は即座に終わる。


「この魔導書を選びます」


俺がそう言うと共に、教師は手を叩く。

教師の手には、一枚の紙が出現した。

手書きで描かれたその紙を手に持ちながら言葉を紡いでいく。


「『其れは尊厳を守る戦いであり、其れは誇りを貫く戦いである。双方に闘争の意思が宿るのならば、力を以て尊厳と誇りを、そして勝利を刻み給え』」


その言葉と共に、教師、俺、エリックの三人が光に包まれていく。

そして次に目を開くと、黒い空間に緑色の線が四角形に刻まれた、無限に広がる異空間と化していた。


「では、二十秒の猶予を与える。クレイくんはその時間内に召喚をしなさい」


教師がカウントダウンを始める。

俺は急いで、この世界の俺が覚えた召喚の口上を、その本の物語に合わせて口にする。


「『序章プロローグから終章エピローグまで物語を紡ぐ』」


俺が選んだこの本は、所謂ライトノベル、と呼ばれるものだ。


「『十二の星は、星々を喰らう魔性の光』」


全一巻であり、バッドエンドの話。

アニメ化もされていたので、日本では注目度が高かった。

何よりも、可愛らしいヒロインたちが、同士討ちをする話である。


「『朝日を求め、星を墜とす流星は、黒く濁り闇に落ちた』」


救われぬ話、しかし、だからこそ、悲劇を好んだものたちは、その物語に救いを求めて二次創作に走った。

どうすれば救われるのか、それをただ考え、眠れぬ夜もあっただろう。

それ程までに凄惨な話、だからこそ、記憶に鮮明に映っている。


「『同胞よ、どうか許して欲しい、その日、私は狂い墜ちてしまった』」


…俺の詠唱がスムーズである事に、エリックは眉を顰めた。

どうやら、もしかすれば…、と考えているらしい。


「『愛するべき光を黒く染め、星座を連ねる光は消え失せた』」


俺の詠唱によって、魔導書が震えだす。

召喚が始まろうとしているのだろう。


「『一筋の破壊の星、その日、乙女たちは墜落する』」


エリックの顔が段々と焦っていた。

どうやら俺が召喚しようとしているので、嫌な予感を過らせたらしい。


「『これは…ッ!?」


エリックの傍に居た、爬虫類の兵士が突撃して来た。

俺の方に大きな鉈を上げながら、殺そうとして来たのだ。


「ぐッ」


俺は教師の方を見る。

まだ二十秒も経過していないのに攻撃など、違反行為だ。

だが、教師は明らかに、エリックの違反行為を見ておきながら、それを知らぬと視線を逸らしてカウントダウンを始める。


「はははッ!そうだ、お前は最初から見捨てられてんだよ!!出来損ないが、盾突こうとしやがって、無駄なんだよォ!」


俺は爬虫類の兵士を見る。

…大丈夫だ、分かっている。

この爬虫類の兵士は『リザード・ソルジャー』だ。

デザインからして、ライトノベルの『ディドーン・ヒストリエ』に出てくる最初期のモンスター。

こいつの立ち位置は主人公に無双される雑魚キャラだ。

こんな雑魚を召喚して良い気になってるエリックだが、今の俺にはこんな雑魚でも強敵に近い…だが。


「おい、何避けてんだ!クレイ!!」


雑魚ゆえにその設定も単調だ。

上位種であれば攻撃手段が増えるだろうが、この『リザード・ソルジャー』の攻撃方法は大振りな横振りか、大振りな縦振りのどちらかだ。

攻撃する際に必ず体が硬直するので、それを見たと同時に後退すれば紙一重で躱せる。


俺は止めた詠唱を再び再開する。


「『これは、愛しき姉妹を殺す機神の物語』」


召喚の準備は完了した。

俺の体内から魔力が失われていく感覚がある。

一瞬の眩暈、魔力の枯渇による体調不良。

俺は膝を突いて息を吐く。


その一瞬を狙い、リザード・ソルジャーが俺に近づいて来る。


「殺せェ!リザード・ソルジャー!!」


叫び、緑色の鱗に覆われた爬虫類の戦士が構える。

だが、俺の方が早い。


「『ここに題銘を以て召喚するタイトルコール』…」


大振りで振り下ろされる巨大な鉈。

如何に雑魚と言えども、防御魔法すらない俺ならばその一撃で切断されてしまう。

当たる直前。


「『機神乙女の壊し方デウスエクスマリア・ブレイカル』」


俺は物語の題名を口にした。

それと共に、空間が揺れ動き、嵐が舞い上がる。

リザード・ソルジャーの攻撃は、その嵐によって弾かれた。


「な、バカな、まさかそんなありえないッ!!」


俺の魔力を吸い上げて、この世界へと実体化する、この物語の要。

民族衣装・ディアンドルを模した衣服を身に包みながら、黒髪を靡かせて、マスケット銃を握り締め、包帯で傷口を覆う一人の女性。


「召喚した、だと、無能のクレイの癖に、人型をッ!!」


出て来たぞ。

俺が召喚したのは『機神乙女の壊し方』と言うライトノベルに出てくる人造人間、機械兵器を搭載した少女、と言う設定を持ち、同型の機神乙女を破壊し尽くした『機神殺し』の機神乙女。


「…名を呼ばれ、参上致します、『機神乙女デウスエクスマリア』バヨネット・イヴ、全ての選択は、貴方の命にあります」


バヨネット・イヴ。

それが、俺が召喚した機神乙女の名前だった。

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