五


 三人は先ほどのアクシデントのことをいったん忘れ、道なりに進んでいった。

 やがて、先頭を歩いていたしおりが足を止めた。

「着いたよ。ここ」

 建物を見た蓮とみのりは目を大きく見開いて驚いたような表情になる。

 それは江戸時代以前の屋敷を思わせる外観を持つ建物だった。

 不揃いな石垣がいかにも頑丈そうな塀を作り上げている。

 塀の奥にはどっしりと屋敷が構えている。

「へぇ……何だか歴史的な建物ですね……」

 みのりは建物をなめるように眺め回して言った。

「そう見えると思うけど、出来たの数年前なんだよ」

 しおりは豆知識らしきものを披露してみせる。

「へぇ、意外と新しい建物なんですね。それと、お腹空きました……」

 いくら何でも、お腹空くの早過ぎるような……。蓮は内心そう思った。

「わかったよ。じゃあ、さっさと入ろう!」

「はい! 入りましょう! お昼、お昼」

 三人が中に入ると、受付に中年の女性が立っていた。

 髪色は栗色といったところで、少し派手な印象だろう。

「美野里町歴史資料館にようこそ。資料館は右手、レストランは左手になります」

 女性は慣れた様子で三人に向かって案内する。

「わかりました。どうもありがとうございます」

 しおりが女性にお礼を言い、残りの二人も軽く礼をした。

 三人は迷うことなく左手に進んだ。

 純和風の外観とは正反対に、レストランの中は洋風の装飾がなされている。

 何だか不思議な空間だな。蓮は思った。

「いらっしゃいませ。三名様ですね。お好きなお席にどうぞ」

 中で従業員の若い女性が三人を迎え入れる。

「じゃあ、あそこの席にする?」

 しおりは枯山水の庭を眺望できる窓際の席を指さして言った。

「綺麗なお庭ですね。そうしましょう!」

 みのりも蓮も特に異論はなかった。

 三人はほぼ同じタイミングで椅子に座った。

「好きな物選んでいいからねー」

 しおりが二つ折りになったメニュー表をみのりと蓮に配る。

「では私……冷やし中華にします!」

 みのりはメニューに描かれた冷やし中華の絵を指さして言った。

 みのりさん、決めるの早いな。蓮はふと、そう思った。

「おぉ、冷やし中華いいね。なら、あたしもそうしよっかな」

「じゃあ、僕もそれにするよ」

 そうして、全員の注文は案外あっさりと決まった。

「すみませーん、冷やし中華三つお願いします」

 しおりが店員を呼び、問題なく注文を済ませた。

 店員が店の厨房に入っていったのを見て、しおりはおもむろに話し始める。

「さっきのこと、ちょっとだけ話す?」

「は、はい……」

 みのりは先ほどのことを思い出しているような顔つきだ。

 いまだに訳がわからないと言いたげな様子でもある。

「さっきのおじいさん、みのりさんを見て怖がってたけど……みのりさんは、初対面なの?」

「はい。おそらくは……そうだと思います……」

 みのりはいまいち確信が持てなさそうな様子で言った。

「そっか。初対面だとしたら、あのおじいさんの反応は妙だよね」

 しおりは運ばれてきたお冷を一口飲んでから言った。

「確かにそうだね」

 蓮もしおりの発言に反論はなかった。

「はい、確かに……でも、本当によく憶えていなくて……」

 みのりは語尾を少し弱弱しくして答える。

「大丈夫だよ、みのりさん。みのりさんは悪くないよ」

「……そうですか?」

 みのりは俯かせていた顔を少しだけ上げて言った。

「うん。多分、あのおじいさんに問題があるから」

「その可能性はかなり大きいかもね」

「そうそう。見ず知らずの女の子を見てビビるおじいさんがいる?」

「ほとんどいない、と思います」

 みのりは先ほどよりかは芯のある声で言った。

「まずいないだろうね」

 蓮もはっきりとした声で言った。

「だよね? だから、おかしいのはあのおじいさんだよ」

 しおりはそう結論づけたようだった。そして、お冷を一気に飲み干してから言った。

「みのりさんは何も後ろめたく思うことなんてないよ!」

「安藤さん……ありがとうございます」

「どういたしまして。だから、みのりさんは堂々としてなよ!」

 しおりがみのりを元気づけようとしているのは、蓮にもわかった。

「はい、わかりました。堂々としていますね!」

 みのりは元気を取り戻した様子だった。

「そうそう、そんな感じ! あたしより何倍も可愛いんだから、元気じゃないともったいないよ!」

 いや、安藤さんも可愛いほうだと思うけどなぁ。ふと、蓮はそう思った。

「私、元気になりました!」

 みのりは本当に元気そうな声で言った。早いなぁ、と蓮は思った。

「よし! じゃあ、みのりさんが元気になったから、この話はおしまいにしよう! 楽しい話をしよう!」

「待って、安藤さん。一つ気になることがあるんだ」

 蓮は大事なことを思い出した様子で、しおりの勢いにストップをかける。

「ん、どうしたの? 立花君」

「あのさ、さっきの人『安藤正二』っていうらしいんだけど……安藤さんの親戚?」

「安藤正二さん……親戚……どうかな」

 しおりは首を斜めにして考えるしぐさをする。

「あの人、安藤さんと同じ苗字だったんですか!」

 みのりが驚いたと言いたげな声を上げる。

「そう、同じ。だから、安藤さんの親戚かなって思ったんだけど……」

「わかった。じゃあ、帰ったら調べてみるよ!」

「えっ……それは調べられるんですか?」

 みのりが少々戸惑いの声を上げる。

「うん。うち、家系図があるから、それを見ればすぐわかるよ」

「へぇ、家系図ね」

 何か、僕の家なんかよりもずっと格式か何かが高いんだろうな。蓮は内心そう思った。

「あの、安藤さん……よろしくお願いします」

 みのりはしおりに向かって頭を下げた。

「なぁに、これくらい、お安いご用だよ!」

 しおりは全く迷惑そうでない様子で言った。

「話変わるけど、みのりさんって、今夜どこに泊まる予定なの?」

 しおりは軽く伸びをしてから言った。

「あ、そういえば、それは」

 みのりはしおりの質問に対し狼狽した様子だ。

「まだ決めてないけど、どうしたの?」

 ふと、蓮がフォローする形になる。

「決めてないならさ、みのりさん」

「はい?」

 みのりはしおりが何を言いたいのかわかっていない様子だ。

「今夜は、あたしの家に泊まってく?」

 しおりからの突然の提案に、みのりは少々困ったような顔をする。

「えっ、安藤さんの家、泊まってもいいんですか?」

「いいよいいよ。うち、寛容だし。広いし、露天風呂もあるよー」

「露天風呂もあるんですか!」

 みのりは『露天風呂』というキーワードに妙に反応する。

「あるよあるよ。ご飯も美味しいもの食べられるよー」

 蓮はしおりの意図がまるでつかめなかった。意図など初めからないのかもしれないが。

「行きたいです! 安藤さんのお家!」

 みのりはテンションが上がった様子で、しおりの提案に食いついている。

 みのりさんも、母さんと同じく、お人よしなんだろうな。蓮はふとそう思った。

「みのりさん、シャワーもお風呂も美味しいご飯も、僕の実家はどうかな?」

 気が付けば、蓮はそんな誘い文句をみのりに向かって言っていた。

「おーっ? さては立花君、みのりさんを狙ってるね?」

「いや、間違っても変な意味じゃないから!」

 そりゃ、心のはるか奥底まで見たら、そういう感情がないわけじゃないだろうけど!

 蓮は口には出さなかったが、そう思った。

「あの、立花さん」

 みのりが蓮に声をかける。妙に芯の通った声を出しながら。

「な、何かな、みのりさん」

 蓮も少なからず身構えてしまっている。

「変な意味とは、一体どういう意味でしょうか?」

 みのりの言葉からは、純粋な好奇心が見え隠れしている。

「みのりさん! そこは聞かないほうがいいと思うよ!」

 蓮はみのりと自分自身のことも考えて、みのりに警告する。

「うーん、気になります、正直」

 みのりは口を尖らせるような表情をして言った。知らないと気が済まないといった様子だ。

「……じゃあ、自己責任にはなるけど、あたしが教えてあげようか?」

 しおりがニヤリとしながらみのりに言った。数時間前と同じ表情だ。

「はい。お願いします」

 みのりは理解ができていない様子で、あっさりとそう言った。

「安藤さん! そこは出来たらやめたほうが」

「チッチッチ。立花君に止める権利はない!」

 しおりは蓮の忠告を聞こうともしていない。

「気になります。お願いします」

 みのりはまっすぐなまなざしでしおりを見る。

「オッケー、そんじゃ教えるね!」

「あ、待ってそれは」

 蓮の言葉は気にも留めずに、しおりはみのりに近づき、耳元でこしょこしょと何かをささやきだした。

 最初は平静だったみのりの顔が、みるみるうちに赤らんでいく。

「……え、え……ええええええっ!」

 みのりは時折妙な叫び声をあげながら、しおりの話に聞き入っている。

「だから聞かないほうがいいって……」

 蓮はぶつぶつつぶやくが、すでに後の祭りである。もちろん、蓮の声は二人にはちっとも届いていない。

「ってなわけ! わかったかな?」

 しおりは言い切って満足した様子だ。一方のみのりは完熟したトマトのように顔を真っ赤にしている。

「あのあのあの……たた立花さん……」

 みのりの声はものすごく動揺していて、危なっかしい。

「んん、なな何かな?」

 蓮もつい身構えるほどの動揺っぷりだ。

「あ、あ、安藤さんの、お、お、お家に、と、泊まりますね!」

 みのりは無理やりの笑顔を蓮に見せる。蓮からすれば、あまりにも痛々しく、そして悲しい。

「う、うん……そ、そうして」

 蓮もぎこちなく返事をする。心臓がバクバクしているのがはっきりと体感できる。

「じゃあ、決まりだね! 後で交渉しとくから、安心してね」

 しおりは妙に涼しそうな顔をしている。

 蓮にはその態度が一瞬だけ憎たらしく思えた。

「あ、はい、あの、ありがとうございます。安藤さん」

 みのりはとりあえず礼を言ったような様子だった。

「いいっていいって。快適な宿泊をご提供いたしますよ。みのり様」

「そうですか! 何はともあれ、楽しみです!」

 みのりは内心嬉しそうな声で言った。

 みのりさんって、なんというか、純粋なんだな。蓮はそう思った。

「あ、冷やし中華来たよ。うっひゃー、美味しそう」

 しおりが店員が運んできた冷やし中華を見て言った。

「お待たせいたしました。冷やし中華になります」

 店員の女性は営業スマイルを見せて、大皿いっぱいに盛られた冷やし中華をテーブルの上に三つ置いた。

 思っていたよりも、量がありそうだな。みのりさんにとっては嬉しいだろう。蓮はそう思った。

 僕自身にとっては多過ぎるかもしれないが……。蓮はそうも思った。

「ありがとうございます」

 三人は店員に同時にお礼を言うと、各自のペースで冷やし中華に箸をつけ始めた。


「ごちそうさまでした」

 最後にみのりが完食してから、しおりは言った。

「いやぁ……ほんっとお腹いっぱい。ちょっと苦しいくらい」

「私も、ちょっと苦しいです……」

 みのりもしおりに応えるようにして言った。

「僕も同じだよ」

 お腹がはちきれそうなくらいだ。蓮は内心そう思った。

「ちょっとのんびりしてく? みのりさん」

「いえ、大丈夫です。動けます」

「わかった。じゃあ、さっそく、見学しようか」

 僕の意見は聞かないのか?

 蓮はしおりに多少の不満を感じた。

 とはいえ、それを簡単に表ざたにするわけではない。

 三人はレストランで会計を済ませると、反対側の入り口に向かう。

「じゃあ入館料、一人五百円」

「五百円って高いね」

 蓮も思わず本音がこぼれる。

「うん、まぁ色々事情があってね」

 しおりは苦笑いしているように蓮には見える。

「そうなんですね」

 みのりはその言葉で妙に納得した様子だった。

 おそらく、資金難なんだろうな。蓮はそう思ったが、口には出さない。

 三人は受付の年配の女性に合計千五百円を渡し、無事入場する。

「へぇ、中は結構広いんですね……」

 みのりは見渡すかのように頭を左右に動かしている。

「まぁ、広さだけは結構あるんだよねー」

 しおりが妙な笑顔を見せて言った。

「広さだけなんですか?」

 みのりは不思議そうにしおりに尋ねる。

「うん。展示してるものは少ないよ、正直」

 しおりは若干の苦笑いを浮かべた。

「言われてみると……あんまり物置いてないね」

 蓮もしおりの説明に納得した様子だった。

「そうですね……ただただ広いです」

 みのりも蓮に同調する。

「まぁ、とりあえず順番に見ていこう」

 しおりは少しおかしくなった空気を何とかしようと、やけに明るい声を出して言った。

「は、はい! 何だか、ちょっとワクワクしますね!」

 みのりはうずうずしたような様子で二人に言った。

 そうして、三人は古書の資料が展示されているケースの前にやってきた。

「安藤さん、立花さん、あの!」

 みのりが何かに気付いた様子で二人に言った。

「どうしたの、みのりさん?」

 しおりはみのりの反応に応える。

「これ……何か色々と書いてあります」

 みのりは展示物の古書を指差して言った。

「あぁ、『綴神』について書かれた紙みたいだね」

 しおりはみのりが指差した古書をしげしげと眺めながら言った。

「へぇ……」

 蓮が小刻みにうなずきながら言った。

「……『綴神』……ですか?」

 みのりは何のことだがよくわかっていない様子だ。

「そっか、みのりさんはよく知らないよね。美野里町の、簡単に言っちゃうと守り神かな」

 しおりはみのりに対し、簡潔に説明をした。

「へぇ、守り神ですか……」

 みのりはしおりの説明を聞いて、ゆっくりとうなずいている。

「うん。あのさ……神社の境内に、大きな白い布とか置いてなかった?」

 しおりはみのりに尋ねた。

「……置いてあったような気がします」

 みのりはおぼろげな記憶だったが、とりあえずそう言った。

「実はね、明日『綴祭り』っていうのがあるんだ」

 しおりは少し誇らしげな様子で言った。

「『綴祭り』はつまり、お祭りですね」

 みのりは確認の意味を込めたのか、そう言った。

「そういえば、明日だったね」

 蓮が間に入り込むようにして言った。

「そうそう。『綴神』に感謝するお祭りが『綴祭り』っていうんだ」

 しおりはみのりに対して説明を続ける。

「へぇ……どんなお祭りなんですか?」

 みのりはしおりに素朴な疑問をぶつける。

「えっと……確かね、文字を書いて焼いて灰にするんじゃなかったかな?」

 しおりは記憶をたぐり寄せるかのようにそう言った。

「何か、言い方は良くないけど……地味だね」

 蓮は正直な感想を口にする。

「まぁ、正直そうだよねー」

 しおりもその意見に異論はないようだった。

「どうして、そんなことをするんですか?」

 みのりは再び素朴な疑問をぶつける。

「『綴神』ってね……言葉と文字を司る神様なんだって」

 しおりが丁寧にみのりに説明をする。

「へぇ……言葉と文字を司る……」

 みのりはしおりの発言をそのままなぞるように言った。

「そうそう。だから『綴神』に言葉や文字をお供えする、みたいな感じかな?」

 しおりは持論を交えながらも説明をやってのける。

「へぇ……そんな理由があったんですね……」

 みのりはしおりの説明で十分納得した様子だった。

「うん。詳しくは、見ていけばわかると思うよ」

「そうですね。他の物も見てみます」

 そう言ったみのりは、古書の資料から離れ、ノートパソコン程度の大きさのモニターの前に進んでいく。

「立花さん! あの」

 突然、みのりが興奮した様子で蓮を呼ぶ。

「ん? どうしたのみのりさん」

 蓮は突然のことに少々戸惑ったような対応になる。

「……これって、テレビですか?」

 みのりはモニターを指差して蓮に尋ねる。

「テレビっていうか……まぁモニターだね」

「モニター? テレビとは違うんですか?」

 みのりは『モニター』についてよく知らないようだ。

「うーんとね……テレビ番組が映らないテレビがモニターかな」

 蓮はこれでいいのかなと思いつつ、みのりに説明をする。

「映像が映る物がモニターじゃない?」

 しおりは自己流だが蓮の説明を訂正した。

「あー、確かにそうかもね」

 蓮はしおりの説明訂正で妙に納得した様子だった。

「立花さん。じゃあ、テレビは何なんですか?」

 みのりのその疑問は、まさに素朴と言っていいだろう。

「テレビはね……」

 蓮は返事に困ってしまった。まぁ無理もないだろう。

「みのりさん、とりあえず、テレビのことは置いておこう!」

 しおりが蓮に助け船を渡す形になる。

「は、はい、わかりました!」

 みのりが素直な性格ということに、このとき蓮は助けられた。

「安藤さん……これは何ですか?」

 みのりはモニターの下に付いた丸い赤ボタンに視線を移す。

「あぁ、これはボタンって言うんだよ。押すとビデオ……記録した映像が始まるよ」

 しおりも丁寧に説明するのに苦労しているようだ。

「へぇ……ちょっと、押してみますね!」

 みのりはその説明で納得した様子で、勢いよくそのボタンを押してみる。

 すると、画面に水色の背景に白い文字で『美野里町の歴史』と出た後、聞きやすい女性のナレーションが始まった。

『今から約千年前のことです。現在の美野里町を中心とする美野里地域は、争いや災害などにより、荒れ果てていました。人々をまとめる指導者にも、なかなか優秀な人がなることがありませんでした。そのため、状況はますます悪化していきました』

「へぇ、美野里町って昔荒れ果てていたんですね」

 みのりは信じられないと言いたそうな表情で二人に言った。

「千年も前だったら、今と違っていてもおかしくないだろうね」

『そんな中、ある日、一人の女性が指導者に選ばれました。その名は綴。碧眼が印象的な綴は、生まれつき特別な力を持っていたと言われています』

「特別な力って、何だかすごいですね」

 みのりは画面に見入りながら二人に言った。

「そうだね。どんな力なんだろうね」

 しおりがみのりの言葉に応える形になった。ビデオはさらに続く。

『その能力とは主に二つです。一つは、人間の肉体・精神を癒やし、また部分的ながらも再生する能力。もう一つは、言葉や文字に命を吹き込み、それらを言霊として飛ばす能力です。これらの根拠として、当時の文献にも記述が残っています』

「なんか、ファンタジックな話だね」

 蓮は正直な感想を口にした。

「ゲームや映画の世界って感じだよね」

 しおりも蓮に同調する態度を取った。

『綴はそれらの力を利用し、荒れ果てていた美野里地域を徐々に復興させていきました。しかしある時、事件が起こりました。綴が暗殺されたのです』

「ええっ、綴さん、何か悪いことをしたんですか?」

 みのりは納得できない様子で二人に言った。ビデオが暗殺の理由を語る。

『真相は闇の中ですが、綴を敵視した者たちの謀略であったという説が有力です』

「たぶん、良く思わない人たちがいたんだろうね」

 しおりは少し物悲しそうな目をして言った。

「そうですか……色々な考えの人がいるんですね」

 ビデオはさらに進んでいく。

『綴の死後、美野里地域は再び荒れ果てていきました。しかし、綴の思想を受け継いだ人々が、再びの復興に尽力しました。そのかいあって、美野里地域は再び栄えることとなりました』

「ちゃんと考え方は継承されていったんだね」

 蓮はビデオを見ながら二人に言った。

「見てる人はちゃんと見てるんだね」

 しおりが言った。

『美野里地域の人々は、晩年の綴の功績をたたえ、綴を綴神として、美野里神社にまつりました。また、年に一度、七月に綴神に感謝する綴祭りを催すようになりました。『綴祭り』では、神職が書いた習字を、焼いて灰にしお供えする風習が残っています。こうして、『綴神』及び、『綴祭り』は、現代の美野里町の伝統文化として受け継がれるようになったのです』

 ビデオはそこで終了した。三人は少しの間立ち止まったままでいる。

「『綴神』様って、すごい神様ですね」

 みのりはビデオの余韻に浸っているようだった。

「そうだね。後の時代の人に思想とかが受け継がれているんだしね」

 蓮もみのりの考えにそのままならうかたちになる。

「これは蛇足だけどね」

 突然、しおりが言った。蓮とみのりはしおりをじっと見つめる。

「『綴神』の好きな物が、みかんって話を聞いたことがあるんだ」

「へぇ、みかんなんですか!」

 みのりはしおりの雑学に食いついた。

「そうそう。『綴神』様も元々は人間だったから、好物も人間味があるよね」

「言われてみればそうですね!」

 みのりはしおりに同調している。蓮も特に異論はなさそうだ。

「何か、そっちのほうが親近感わく感じがするよ」

「そうそう、親近感! それ!」

 しおりが妙に興奮した様子で蓮に向かって言った。蓮は思わず少したじろぐ。

「……って、ごめんね、ちょっとだけ熱くなっちゃったね」

 しおりが苦笑いをしながら軽く平謝りした。

「まぁ、僕も似たような感じあるから。そんな気にしないから安心して」

 蓮は言った。

 安藤さんもちょっとそういう性格なのかな。蓮は内心そう思った。

「安藤さん、私も気にしないので大丈夫ですよ!」

 みのりもしおりをフォローする形になる。

「二人ともありがとね。気をつけるね。今度から」

「そういえば、安藤さん。ちょっと不思議に思っていることがあるんですが……」

 突然、みのりがしおりに向かって言った。

「ん、それは何かな?」

 しおりはみのりの声に耳を傾ける。

「はい。『綴神』様のために資料館を作っているのに、神社は修繕されていないことが不思議に思えて」

 みのりはみのりなりの素朴な疑問をしおりにぶつけた。

「あぁ……そのことなんだけどね……」

 しおりは続きを言いづらそうにしている。

「……はい?」

 みのりはなぜしおりがそのような態度なのかわからない。

「どうしたの?」

 蓮も思わずそう言ってしまう。

「あたしも一応聞かされてはいるんだけどね……」

 しおりはなかなか続きを言おうとしない。

「あんまり、おおっぴらには言えないこと?」

 蓮はしおりに少し声のトーンを下げて尋ねる。

「まぁね……ちょっと、二人とも来て」

 しおりは二人を従業員の目に届かない場所へと誘導した上で、言った。

「基本的に、他の人には言わないでね」

 しおりは蓮とみのりに釘を刺す形になる。

「わかった。言わないよ」

「私も言いません。絶対に」

 二人とも、しおりの忠告を受け入れることになる。

「ありがとう。詳しくは省略するけど……あたしのおじいちゃんがね」

 しおりは少し安心したのか、肩の力を抜いて話を始めた。

「お金儲けのために資料館を建てたんだよね」

「えっ、そうだったんですか?」

 みのりは驚いたと言わんばかりの声を上げる。

「うん。美野里町には観光施設がほとんどないから、競合する相手もいない。だから建てちゃおう、ってね」

「そうだったんだ」

「うん。『綴神』様のことより、お金儲けの方が大事な人だからね」

「なんだか、『綴神』様がかわいそうですね……」

 みのりが少し悲しげな表情をして言った。

「そうだよね。『綴神』様自身の住まいより、自分の利益を優先しちゃうんだからね」

 しおりもみのりと同じような表情をして言った。

「多分、バチが当たりそうだね」

 蓮は少し苛立ったような口調で言った。

「だよね。神社がボロいままなのも、そのせい。おじいちゃんは神社の状態なんか興味もないから」

「安藤さんが直談判することはできないんですか?」

 みのりのその疑問は、おそらく湧き上がる感情から来るものだろう。

「あたしが言っても意味がないよ。決定権はおじいちゃんにあるし。それに……」

「それに?」

 蓮はしおりが続きに何を言うのか待っている。

「おじいちゃんは、『綴神』様そのものには、あんまりいい感情を持ってないみたい」

「えっ、そうなんですか?」

 みのりはどうしてと言いたげな顔をしている。

「うん。実はね……三、四十年くらい前の話らしいけどね……」

 しおりは二人以外に人が居ないか気にかけている。

「はい、何の話ですか?」

 みのりはしおりの次の言葉に興味津々の様子だ。

「……あたしの家で言い争いがあったらしいんだって」

「言い争い、ですか?」

「それはどんな言い争いなの?」

 蓮はしおりに聞いてみることにする。

「……生まれてきた子を生かすか、殺すかっていう」

 しおりは悲しそうな目をして二人に言った。

「えっ……殺すなんてかわいそうです!」

 みのりは感情的に声を少し荒げる。

「みのりさん落ち着いて。うん、普通はそう思うよね」

「どうして、そんな言い争いが起こったの?」

「うん……聞いた話だと、その時生まれた子が青い目をしてたんだって」

「……それだけ?」

「うん。それで、青い目は不幸の象徴って騒ぐ人がいたみたいでね……」

「えっ……それはどうしてでしょうか?」

 みのりはしおりをじっと見つめながら尋ねる。

「青い目は『綴神』の血を引いてるからって話みたい」

 しおりは真顔で二人に向かって言った。

「安藤さんの家は、そういう家系なの?」

 蓮はしおりを見て聞く。

「うん。ずーっとたどってくと、そうみたい」

「えっ、でも……『綴神』様は他の人を助けてくれるはずですよね?」

 どうして『綴神』様が邪険に扱われるのか、みのりには理解できないようだ。

「そのはずなんだけどね……きっと、歪んだ解釈をする人がいたんだよ」

 しおりはほんの少し俯き加減で二人に言った。

「そうだったんだ。ちなみに、その子はどうなったの?」

 蓮は興味本位ながらの質問をしおりにぶつける。

「誰かに引き取られたらしいけど……その先はわからない」

「その人、今も幸せに生きてるといいですね」

 みのりは少しの間目を閉じてから言った。

「そうだね、本当に」

 蓮もみのりの意見に同調する形になる。

「よし! とりあえず、この話は終わり! 続き見よう!」

 しおりはさっさと話を切り上げ、再び歩き出した。蓮とみのりもそれにならう。

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