第三話
案内された稽古場に入ると、ちょうど休憩中だったのか、すぐに三輝に気付いた同期とやらが駆け寄ってきた。
「ありがとう、わざわざ来てくれて」
「いや、大丈夫」
少し小柄のその女性は、三輝に挨拶をした後、その後ろにいる司に向かってぺこりと頭を下げた。
「I、この人が司。図体がデカいだけだから怖くないよ。あ、態度もデカいわ」
「……餃子も追加な」
「はあ?!」
二人のやり取りに思わずIがクスッと笑みを零した。
「お二人は仲がいいんですね」
よくないですと否定する司に、Iはまた小さく笑う。
そんなIを見て、三輝は少し安堵した。 先日「相談したい事がある」と言って連絡してきたIの様子がずっと気にかかっていたからだ。
音楽家である三輝は耳がいい。彼女の声は耳障りでない高い明るい音。そんないつもの地声が、先日はどうにも落ち込んでいる覇気のない音だった。明らかにいつものIではないと容易に想像でき、本番を控えてナーバスになっているのだろうかとも思えた。だがIはそんなタイプではない。だからこの笑顔を見て、杞憂だったかと胸を撫で下ろした。
「お二人に演出も挨拶したいというので、どうぞこちらに」
そう言ってIは二人を演出の座る演出卓へ案内した。二人の姿に気付いた演出は、すぐに立ち上がり軽く頭を下げた。
「演劇集団Iの代表、Nと申します」
丁寧な挨拶の後、名刺を差し出してきたので、司も三輝も同じように挨拶をし、名刺を渡すと他の劇団員から二人用の椅子が用意されたのでそこに腰を下ろして少し四人で話をする事になった。
「稽古の忙しい時期にすいません」
ジャンルは違えど、同じ世界に身をおく三輝がそう言うと、Nは首を振った。
全身黒づくめで気難しそうに口角を下げた表情のNは、いかにも芸術家肌といった感じで、少し厳しそうな印象を受けた。だが話をしてみると、演劇を愛しているのは勿論だが、役者にも愛を注いでいるのが凄く感じられる。それもそうだろう。いくら学生たちや看板女優が騒いだとはいえ、オカルト系の話なのだ。鼻で笑って一蹴する大人が多い中、よくこんほ胡散臭い自分を受け入れてくれたと、司は雰囲気のいい稽古場を見渡した。
話を主にしているのは三輝だ。毎度巧みな話術で話を聞き出す三輝。一方の司は演出から語られる話をメモにとっていた。上手くいけばいずれ怪談として語れるかもしれない。
演出はこれまでに自分たちの周りで起きた現象や、身の回りで起きた不思議な事を話してくれた。
司はそれをまとめながら、ふとある事に気付いた。劇団絡みとはいえ、それらはいずれもIが絡んでいる。だがIが一人の時に起きている感じはない。劇団とIに何か因縁があるのだろうか。
Iの話は事前に三輝から聞いていた。
彼女は三輝と同じ芸術大学を卒業した後、とある新劇の劇団で研究生として学んだ。その劇団では一年の予科を終え、本科に上がれるのは在籍役者の半分。そして更に一年演劇について学ぶと、そこから数人が劇団員として所属が認められるという実に狭き門だ。Iは二年間、予科と本科を学んで劇団員の切符を手に入れたという。だがIは劇団には残らず恩師であるNの元へと戻ってきた。演劇集団Iに所属したのだ。
元々Nから紹介を受けて入った新劇の劇団だったため、修行のつもりだったのだろう。無事に劇団所属の箔をつけ、演劇集団Iへと戻ると、彼女を待っていたのは看板女優の席だった。
Iが居ない間も劇団としての本公演は勿論あった。その間は座長が女形としてその役を担ったり、主演が女性ではない演目を選んで上演をしていたという。
それでもIが戻る保証はなかったはずだ。その空席である「看板女優」を狙っていた女優陣と確執はなかっただろうか。
そんな事を考え始めた事に気付き、司は思考を停止させた。
バカバカしい。自分はカウンセラーでなければ霊媒師でもない。ただの実話怪談師だ。今日ここを訪れたのは、この劇団で起こった不可思議な話を取材するために他ならない。
「三輝、そろそろ…」
司は粗方話を纏めたノートを閉じると、三輝にそう声をかけた。
「あ、うん」
司の性格は分かっている三輝は、少しだけ苦笑を浮かべると小さく頷いた。
「じゃあそろそろ…」
「そうですか?今から稽古再開します。よかったら見ていきませんか?」
「いえ、あまり長い時間お邪魔して邪魔をしても申し訳ないですし…」
ドンッ─!
Nと三輝がそうやり取りを始めた直後、それは起こった。
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