第50話 大事なことのためなら
「殺そう」
三人が集まってすぐに、由流華はそう提案した。
幸恵は眉をしかめて、小春はきょとんとして、同じ内容の言葉を口にした。
「「どういう意味?」」
まったく同じことをいう二人に少しほほえましいものを感じながら、発言の意味を説明する。
「持ち主が死んだらギフトタグも消えちゃうから、そうなれば向こうも焦ると思うんだよ」
「……う、うん」
「そうしたら鉄格子を開けて止めに来るかもないから。そこでどうにかしよう」
鉄格子さえ開けば、そこでチャンスが生まれるかもしれない。
ギフトタグを奪われて以来、向こうからの音沙汰はない。だからといって油断はできない。脱出を防ぐための対策も何かしらとられてしまう可能性だってある。
動くなら早い方がいい。早ければ早いだけ、早く灯に会える。
「どうにかってどうすんだよ」
「どうにかだよ」
「殺すように見せて交渉する……とかそういう話?」
小春の不安そうな眼差しを受けて、由流華は首を傾げた。
「こっちでなんかしても電撃撃たれたらどうしようもない気がする。とにかくコーエンに扉を開けさせないとだから、半端なことやっても意味ないと思うんだよ」
「だからってほんとに殺すわけにはいかないだろ」
「それはどっちでもいいよ。扉を開けさせられるなら」
由流華の返事に、二人は不審そうに眉をひそめた。
「……由流華、少し落ち着こう」
「落ち着いてる。だからこうして話をしてる」
「殺すなんて言い出すのは落ち着いてるなんて思わないけどな」
「だったら!」
拳を床にたたきつける。身体強化も入れていないのでひどく痛んだが、そんなことはどうでもいい。
「どうやってここから出るの。あたしはここからすぐにでも出たいから、できることはなんだってやる!」
「由流華、お願いだから落ち着いてよ。出たいのはみんな同じで……」
「それならやれることはなんだってやるべきだよ」
「……わかってるよ。だからそのために話をしてるんだろ」
ぎりっと歯を食いしばる。
早くここから出ないと、灯に会えない。
まだ大丈夫だと思っていたけれど、勘違いだった。
灯に会えないと、このままきっと壊れてしまう。
(なにがなんでも灯に会う……他はなにもいらない)
言い聞かせるように内心で唱える。
灯に会うためなら、なんだってできる。誰かを殺すことでそれが近づくなら、迷うことなくできるはずだ。
ノエルを死なせたのも由流華が原因のようなものだ。いまさら、そんなことに躊躇いなんて感じない。
大事な人を死なせてばかりの自分なら、そうでない人間なんて気にしない。
「どのみち、コーエンのギフトタグをどうにかしないといけないよ」
「…………」
「電撃を食らったら終わりだからな。もし入ってきても速攻で倒さなきゃダメだろ」
「まあ、殺すは言い過ぎにしても向こうがそう思えば動揺するんじゃないかな」
「相当やらないとダメだろ。いくらなんでもそこまでは……」
「幸恵は玲香たちならやれるんじゃないの?」
「……さすがに殺すなんて考えたこともねえよ。ひっぱたくぐらいならやってもいいけど、そんなんでコーエンが慌てるか?」
「だよね。殺すなんて言ったところでできるわけないもん」
むしろ安心した、といった調子で小春がつぶやく。
できるわけない、なんてどうして言えるのだろうか。脱出に本気ではないからそんなことを言うのではないか。
(……違う)
頭を落ち着かせるように、小さく頭を振る。
大事なことを考える。そのために必要なことはなんだってする。手段としてできるなら、そうするべきだ。
幸恵が小さく溜息を吐いた。
「コーエンの野郎ならぶっ殺してやりたいけどな」
「まあ、痛い目には遭わせてやりたいけどね」
「あいつもあいつも碌な奴じゃねえんだろうな」
幸恵は姿勢を崩して鼻を鳴らした。忌々しそうに続ける。
「毎日毎日あそこで酒飲んで寝てやがってよ。ここでも下っ端なんだろ」
「うーん、そうなのかな」
「仲間に大事にされてたらああいう風じゃないだろ」
「仲間……」
なんとなくでつぶやく由流華に、幸恵がああと頷く。
「仲間っていうより、エンリケの部下みたいなもんだろあいつは。でもやる気も何もない。そういうのは上にはわかるもんだよ。だからここの見張りで酒を飲んで適当なことしてるから認められることもない。典型的だよ」
「まあ、真面目にやってる感じじゃないよね」
「部活でもいたんだよああいうやつが。あそこまでひどくはないけど、まともに向上心や目的を持てないままはき違えてるやつって。カスはずっとカスのままだ」
幸恵の舌打ちは、コーエンのことだけを言っていたわけでもなさそうだったが。
由流華もコーエンに良い印象はない。エンリケ側であるというだけではなく、まともに見張りをしているようには思えない態度は確かに周囲に信頼はされないだろうなとは思う。
本来なら、由流華たちにとってはいい材料のはずだ。コーエンが適当にしている分、脱出のチャンスは生まれるのだから。
それなのに、ギフトタグはコーエンに奪われた。どうせコーエンは酒を飲んで寝ていると思って適当にしていたわけではない。この三人以外には決して見られもしないようにしていた。
幸恵はコーエンの悪口が止まらなくなったようで、小春も困ったように相槌を打っている。
ばたばたっと物音がして、音がした方を振り向く。
ののだった。本棚から本を落としてしまったらしいののが、由流華と目が合うと手つきで謝ってくる。どうでもよく、軽く会釈だけして顔を戻す。それなりの物音だったので、幸恵と小春も話も中断して本棚の方を見ていた。
(? ……なんか)
疑問のまま、特に意味もなく鉄格子の外を見やる。コーエンはやはり寝たままで、今の物音も気にした様子はなかった。
それよりさ、と小春が話題を変えた。
「ひとつ思ったことあるんだけど」
「なんだよ」
「由流華が身体強化で耳良くしてるじゃない?」
「うん」
頷く。繰り返した成果なのか、鉄格子の向こう、階段の先の物音がなんとなく聞こえるようにはなってきていた。もっとも地下室の中が無音であることなどほとんどないので、就寝時間にやってみるぐらいしかできていないが。
小春は上体をみんなに寄せて、小さく囁いた。
「コーエンもやってたんじゃない?」
「……コーエンが」
心持ち同じように声に落として繰り返す。
小春は微かに頷いて、だってさ、と続ける。
「私たちは小さい声で話してたけど、コーエンが同じことしてたら聞こえてたわけじゃんか。それでギフトタグもとられたんじゃないかな」
「それなら……」
いっそう声を潜めた幸恵がちらりと外を見る。コーエンは酒瓶を抱えて突っ伏して寝ていて、明らかに眠っていた。
馬鹿らしいとばかりに吐息して、幸恵は声のトーンを元に戻した。
「どっちみち同じだろ。この中にコーエンに渡したやつがいるってことになる」
「まあ……そうだね」
「そいつをとっちめでもしないと話は進まないんじゃねえか?」
「うーん。話し合いもコーエンが寝てるかいない時にすれば大丈夫なんじゃないかな」
「……それしかないか」
あまり納得がいっていないようだったが、他に思い浮かばないのか幸恵はとりあえずと言う風に頷いた。
「由流華は? どう思う?」
「…………」
「由流華?」
小春が疑問そうに首をかしげるが、構わずに思考に没頭する。
由流華は身体強化で聴覚をあげる練習をしている。聴覚を上げると色々なものが聞こえやすくなる。鉄格子、階段の向こうの音を聞こうとしても地下室内の衣擦れ、呼吸音などがどうやっても耳に入る。気にしないようにしてもできない。
引っかかる感覚が形になるような気がする。疑問に近い心地のまま、二人に顔を寄せる。
自然と同じく顔を寄せた二人にぽつりと囁く。
「ののを殺す」
「え?」
きょとんとする二人の前で、手をぱんと叩いた。
思ったよりも大きい音がして、二人がのけぞる。由流華も少しびっくりしたが。
さっと視線を向けると、本を読んでいたはずだったののが耳を押さえて顔をしかめていた。
立ち上がり、足に身体強化を入れて一気にののまで詰め寄る。本を両手にしたまま、ののが疑問そうに由流華を見上げる。
「どうしたの? びっくりしたよ」
「ののなんでしょ」
「なにが?」
「コーエンにギフトタグ渡したの」
由流華の詰問に、ののは冷めた目で吐息した。
「何の話かわからない」
「別にいいよ、どうでも」
ののが眉を顰める。由流華も同じく吐息して、ののが持っていた本を蹴飛ばした。
本が飛んでいき、ののが非難の目を向けてくる。
そんなことはどうでもよく、由流華の頭には一つのことだけが浮かんでいた。
(灯……)
灯に会いたい。そのためなら、なんだってできる。
まずは。
「誰か一人殺そうと思ってたんだ。聞いてたよね?」
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