第46話 検証

 視力を身体強化で向上させられることがわかり、三人でしばらく感覚の強化を試していった。

 幸恵と小春はあまりうまくいっていなかった。小春の場合身体強化をあまり練習してないので、効果量が小さいのが原因かもしれない。

 幸恵は「できそうな気はするけどできない」と苦り切った顔で言った。由流華だけができるのは、効果量の差というより身体強化そのものに慣れているからかもしれない。

 その日の就寝時、横になりながら身体強化で聴覚を上げてみた。耳を澄ますような感覚で、様々な物音がはっきりと耳に届くようになる。

 みんなの寝息が聞き取りやすくはなったが、それ以上のものは感じない。聞かなければならないのは鉄格子の向こう、階段を上った先の上の階だ。

 耳が良いと聞こえるだとかそういったレベルの話ではないのではないかという不安が心によぎる。その不安を何度も内心で振り払い、集中する。

 きぃ、とわずかな音が耳に聞こえた。目を閉じて集中していた由流華は思わず目を開く。

 今のは何の音だろう。

 聴覚の身体強化は発動したままだ。こつ、というかすかな足音らしきものが聞こえてくる。

 誰も起きていないのだから静かなのは当たり前であり、この音も感覚強化のおかげで聞こえているのかはわからない。

 わかるのは、たぶんコーエンではないということだ。コーエンがこんな風に足音を潜めてやってくるとは思えない。

 足音は一定のリズムで続き、やがて止まった。おそらく、鉄格子の前あたりだ。

 みんなが寝静まってから人が来るなんてことは由流華の記憶にはない。とはいえ由流華は来たばかりなので、今の事態が珍しいものなのかもわからない。単に寝ている間の見回りだって考えられる。

 その場合はエンリケかもしれない。掴みかかって灯のピアスを取り返したい衝動をこらえて、身体強化を維持したままじっと息をひそめる。

 寝たままゆっくりとあたりを見回す。他の人たちが寝室の外を気にしている感じは見られない。寝ているのか、気にしてもいないのか。

 どれぐらい経ったのか、引き返すようで足音が鉄格子から遠ざかっていく。

 やがて階段を上り、ドアが静かに開閉された。


「……?」


 結局何だったのかはわからないまま、由流華は今聞こえたものについて考えていた。

 階段を上る足音とともに、足音の主が声を出すのを聞いた。小さい声で、何を言ったのかはまったくわからなかった。

 何を言ったのかはわからないが、明らかに女性の声だった。コーエンでも、エンリケでもない。

 わからないまま、そのうち由流華は眠りについた。


☆☆☆


「ギフトタグの検証しようよ」


 朝食を終えもろもろの掃除などが終わり三人になったタイミングで、小春がすぐに提案してきた。


「そうだな、さっさとやっちゃったほうが良いし」


 幸恵も乗り気で頷く。今すぐにでも始めそうな勢いだ。

 靴下にはさめて隠しているギフトタグにそっと触れる。このギフトタグの能力によって、脱出の計画は大きく変わる。一息にすべてを解決させてくれるかもしれないし、脱出にはまるで使えないものかもしれない。

 どの道、なるべく早くやらなければいけないことだ。

 由流華もやろうと覚悟を決める。


「でも……」

「うん、他の子たちだよね」


 小春はわかってる、という風に小さく頷く。


「玲香と未那についてはシャワー中にやるとして、問題はののだよね。それでなんだけど、やっぱりののも仲間に入れない?」

「ののを?」

「うん、ののだけ外すって難しいと思うんだ。ののは一番長くここにいるわけだし、コーエンともよく話してるからアイデアも出してくれるかもしれないよ」

「つってもあいつ信用できるか?」


 微妙な表情で訊き返す幸恵に、小春が苦笑する。


「幸恵って結構ののを嫌いだよね」

「別に嫌いってほどじゃないけど……なんかいまいち信用が置けないっていうか」

「うーん、由流華はどう?」

「……そもそも、脱出に肯定的じゃない気がする」


 由流華がここに来た日、ののは「ここからは出られない」と断言した。あの時の眼差しは印象に残っている。幼い子供に当たり前のことを教えるような口ぶりで、ののは出られないと断言した。

 そんなののが、脱出に協力するのかは由流華には疑問だった。


「そうかもだけど、勝算があるかもってなれば話は変わるんじゃないかな。ののだって、出られるなら出たいだろうし」


 小春はそう言うが、由流華も幸恵も何も言わなかった。幸恵は腕を組んで、由流華は目線を逸らして。

 少しの間をおいて、小春が軽く手を叩いて譲った。


「わかったよ。私がののと話してるから、検証は二人にお願いするよ」

「話す?」

「雑談。足止め、的な? 私はののともちょいちょい話すし」

「怪しまれないかな……」


 小春はうーんと考え込んだ。少しして、これだというように頷く。


「二人は身体強化の練習で寝室を使うってことにすればいいよ。取っ組み合いやってるって言えば物音がしても平気じゃない? 私は属性魔法で別メニューとか言えばいいよ」

「うん、それなら」


 小春のアイデアに幸恵と二人で賛成する。

 昼が過ぎると、玲香と未那はシャワーを浴びに向かう。ちょうどコーエンも食器を下げたまま戻ってきていない。

 幸恵と一緒に寝室に入り、ギフトタグを取り出す。


「それで、どうやれば使えるんだ?」

「魔力を込めれば使える……って聞いた」


 少し自信なく答えて、ギフトタグを突き出すように壁に向けて前に出す。

 聞いたというのは、これもノエルの受け売りだからだ。

 由流華のギフトタグは自動で発動するものなので、発動させようとする必要もなかった。それ以外のギフトタグは使ったことがないので、その感覚はわからない。

 ノエルには身体強化を使うのと同じ感覚だと教わっている。ギフトタグを体の一部のように強化しようとする――これを魔力を込めるというらしい。

 発動させることには問題はないはずだが、問題はどんな効果が表れるのかが不明なことだ。

 ギフトタグの効果量は使い手の込めた魔力次第だそうなので、由流華が使っても大したことにはならないとは思う。それでもどんな能力が現れるかわからないというのは、少し怖いような気がする。


(いきなり爆発する、なんてことはないと思うけど……)


 エンリケたちに発覚するようなことがあれば、脱出の計画に大きく支障が出る。


「やらないのか?」


 やや苛々とした口調で幸恵が急かしてくる。


「ご、ごめん。やるから」


 慌てて謝る。思えば幸恵と二人で話すということはほとんどない。魔法の練習で話すことはあるが、いつも小春も一緒にいる。

 幸恵の圧のあるような話し方は正直苦手なものだが、少しは慣れてきていた。それでも二人きりになると微妙な緊張を感じてしまう。

 それを振り払うように、ギフトタグに魔力を込める。

 ギフトタグは何の反応も見せなかった。


「……?」


 何度か魔力を込めるのだが、やはり何も起こらない。


「どうした?」


 由流華の様子を見て、幸恵も眉根を寄せる。

 ええと、とギフトタグと幸恵を交互に見ながら返事をする。


「やってるんだけど、何も起こらなくて……」

「ちょっと貸してくれ」


 手を伸ばす幸恵に、ギフトタグを渡す。

 幸恵は姿勢よくギフトタグを壁に向けるが、その表情は次第に強張っていく。

 やがてさじを投げたように由流華に投げて返した。


「壊れてんのか?」

「壊れるとかはないと思うんだけど……」

「じゃあ……ギフトタグじゃないんじゃないのか?」

「それもないと思うけど……」


 否定はするが、そういわれてしまうと自信も揺らぐ。実際に発動させたところを見たわけではないのだ。

 ノエルが持っていたギフトタグを見せてもらった時にこの棒はあったはずだ。だが何も起こらない現実を見るとその記憶も怪しいものではないかと思えてしまう。


「それならなんか条件が違うんじゃねえのか。とにかく色々試してみよう。時間がもったいない」


 幸恵のいうことももっともだ。少なくとも玲香と未那がシャワーを終えて出てきたら切り上げなければいけない。


「他のギフトタグで条件つきのってなんかあるのか?」

「……死んだとき発動するとか」

「試しようがねえだろ。他には?」

「他は……知らない」


 呆れた口調の幸恵に、由流華は苦々しく答えた。

 ノエルに能力を教えてもらったものもあるが、発動の条件なんて話はしていなかった。由流華は幸恵たちよりトーイロスでの生活を送っていたが、それも一月ていどの短いものだ。少しは知ってる、という程度のものでしかない。

 幸恵は溜息を吐いて、自分を指さした。


「それなら私にやってみろよ」

「え?」

「人には反応するかもしれないだろ」


 ほれ、と促すように幸恵が両腕を広げる。

 ギフトタグを構えようとして、ぴたりと動きを止める。

 怪訝そうにする幸恵にギフトタグを投げ渡す。


「あたしにやって。もしなんかあってもあたしの方が耐えられると思う」

「……わかった」


 釈然としない様子の幸恵だったが、ギフトタグを由流華に向ける。

 そのまま十秒ほど経っても、由流華の身体には何の変化も訪れなかった。


「あとは……」


 それから二人で色々と試すのだが、ギフトタグは何の反応も見せなかった。

 思いつくこともすぐに尽きて、幸恵はイライラと吐き捨てた。


「なんだよなんもねえじゃねえか!」

「…………」


 ギフトタグを見つめる。そうしたところで何かわかるわけもない。ダイアナは鑑定を行いギフトタグの能力を見ていたが、由流華たちにそんなことはできない。一応ダイアナがやっていたように試してはみたが、何も見えることはなかった。

 ギフトタグに魔力を込める。そうしたところで何も起こらないのだが、そうしたままでいれば何かわかるかもしれない。というか他にもうやることもなくなってしまっていた。

 幸恵が足元の枕を手に取り、壁に向かって思いきり振りかぶった。


「ああもう……うわっ!」


 突然幸恵が枕をはじき落とした。

 枕を落として不可解そうにする幸恵に、由流華は首をかしげる。


「どうしたの?」

「いや、今なんか枕がいきなり……」


 枕を拾い直して(たぶん幸恵自身の枕だ)、ぽんぽんと叩く。今度は落とすこともなく、何も起こらない。


「何かしたか?」

「ううん……でも、もう一度やってみて」

「あ、ああ……」


 戸惑いながらも幸恵は枕を壁に向けて振りかぶる。

 もしかしたら、と手の中のギフトタグを意識する。何かが起こったとすれば、これ以外にはありえないはずだ。

 またも枕が弾かれたようにぼとりと床に落ちた。

 手に持ったギフトタグを見つめる。魔力を込めたままのこれが、能力を発動したのだと今度は確信できた。

 投げようとした枕を落とした。現象としてはそれだけだが、とにかく発動はした。

 萎えかけていた気力が復活するのを感じる。


「で、結局どういう能力なんだこれ」

「もう少し色々やってみよう」


 由流華の言葉に、幸恵はにっと笑って枕を手に取った。

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