第47話 三人で考える
「武器にしているものを弾き飛ばす?」
検証を終えた日の夜、内容を共有した小春はへえ、と明るい顔で笑った。
「めちゃくちゃ大当たりじゃないの?」
「ああ、これならあいつをボッコボコにしてやれる」
幸恵ですら機嫌良く獰猛に笑っている。
由流華も内心の高揚がそのまま表情に出ているのを感じていた。靴下の上から触れるギフトタグが、やけに頼もしいものに感じられる。
検証の結論としては、このギフトタグの能力は『相手が攻撃に使おうとしているものを叩き落とす』というものだった。
枕を投げつける動作に反応したのもそういうことらしかった。枕を単に放っているだけなら何も起こらなかったが、何かにぶつけようとすると必ず発動した。服を使ったりと試してみたが同じだった。壁にぶつけようとしても、人にぶつけようとしてもギフトタグはしっかりと発動して見せた。
これはつまり。
「コーエンが私のギフトタグを使おうとしたら落とせるってことだよね」
「できると思う。そうしたら電撃は防げる」
「あとは囲んで叩きのめすだけだろ」
幸恵はすっかり前のめりになってどうやればより痛みつけられるのかを考えている。
由流華も高揚はしていたが、幸恵を見ていると少しだけ頭が冷えた。いつでも感情をあらわにする幸恵は、これまでも由流華を逆に落ち着かせてきていた。小春がいつも落ち着いているのも、そういう理由なのかもしれないと思った。
大きな一歩どころではない、このギフトタグがあれば脱出にかなり現実味が出てくる。
だが、依然として問題は残っている。それらを全部潰さないと脱出は失敗するし、おそらく二度目のチャンスなんて訪れない。
「コーエンがどれぐらいの強さなのかがわからないし、電撃がなくても戦ったら勝てるかはわからないよ」
「平気だろ」
幸恵は気楽に言い切った。
目をぱちくりとさせる由流華と小春に、なんでわからないとでも言いたげに続ける。
「あいつのギフトタグ叩き落せるなら、わたしと由流華であいつを押さえて小春が拾っちまえばいいだろ。あとは撃っちまえば終わりだ」
「…………」
幸恵の話を聞いて、由流華はあれ、と考え込む。ものすごく単純なことを言われてしまった気がしたが、考えれば考えるほど。
(……それでいいような)
「それでよさそう?」
小春も由流華の内心と同じことを疑わし気につぶやいた。何やら狐に化かされたかのような顔だったが、おそらく自分も同じような表情をしている。
由流華が懸念したいたことの一つはコーエンをどう撃破するかだ。ギフトタグを奪うことはできても、殴り合いになれば勝ち目は薄いだろうというのが由流華の予想だった。
「上に行った後もギフトタグで突破しちゃえばいいんじゃねえかな。不意打ちで電撃食らわせたら誰だって倒せるだろ」
「さすがにそれは……防がれるかもしれないし。誰かは捕まっちゃうかもしれないよ」
「一人だけでも出られたら十分だろ。助けを呼んできてくれたらそれでこっちの勝ちだ」
すらすらと返されて、検討するまでもなく幸恵の正しさを直観させられる。
考えれば当たり前のような気もするし、自分では決して思いつけなかったような気もする。
幸恵はじろりとした半眼を二人に向けて吠えるように言った。
「おまえら、わたしが何も考えてないとか思ってたんじゃないだろうな」
「そんなことないよ」
さらりと返す小春の顔には、にこやかな微笑が張り付いている。
幸恵はふん、と鼻を鳴らして由流華を指さした。
「そうなったら、由流華が一番に脱出しろよ」
「あたしが?」
「ああ、しばらく上で暮らしてたんなら、どこに行けばいいかもわかるだろ? 一番身体強化を使えるのも由流華だから、可能性は一番高い」
「でも……」
「いいからそうしろよ。小春もそれでいいだろ?」
「そだね、それがよさそう」
なんの屈託もなく小春が頷く。そうされると由流華も頷かざるをえなくなってしまう。
幸恵は由流華と小春を眺めて軽く笑った。
「失敗したら終わりで慎重になるのもわかるけど、このギフトタグがあればごり押しで行けるだろ。なんなら今すぐにでも実行してもいいぐらいじゃねえか?」
「……さすがにそれは」
「冗談だよ」
幸恵は面倒くさそうに手を振るが、あながち冗談でもなさそうな口調だった。
実のところ、由流華も我慢できない気持ちだった。この生活への慣れはそのまま焦燥感を育てていたし、一秒だって早く灯のピアスを取り戻したいという思いも日増しに強くなっていく。
可能性が現実味を帯びてくると、余計に焦燥感が表に出てくる。失敗したら終わりだという思いもあり、どうしたって万全な計画を立てないとと思っていた。
慎重に考えたい自分と、幸恵のアイデアに乗っかってすぐにでも実行したい自分とがせめぎあっている。
小春をうかがうと、悩むような視線を返された。
「実際、いつやる? 先に延ばすようなものでもないだろ」
「……もうひとつだけ、まだ問題があるんだけど」
「どうやって牢を開けるかだよね」
由流華の指摘に、小春が内容を引き継ぐ。
それを聞いて、幸恵は目をぱちくりとさせると盛大に頭を抱えた。
「ああそうだ、そうだった!」
どうやら考えていなかったらしい幸恵の様子に、由流華は先ほどまでの自分を見ているような心地に陥っていた。
考えればすぐにわかることのはずなのに、不思議なぐらい頭から抜けている。できるだけ冷静に考えようと思っているのに、無自覚に焦りが出ているのか考えが狭くなっている。
三人でなかったら、そういう齟齬にも気づけないままだったかもしれない。
その気づきに、由流華は妙な鼓動を覚えた。
由流華には、これまで親しいといえる相手は灯しかいなかった。灯は由流華の半身ともいえる存在で、あまりにも近しい親友だ。
お互いに支えあい、弱いところも共有していた。由流華の弱い部分をどれほど救ってくれたかわからないし、由流華もできるだけ灯にもらったものを返そうとしていた。
灯がいなかったら生きていけない。比喩でもなんでもなくそう思っているし、由流華の最優先はいつだって灯のことだけだ。
けれど、こうして三人であれこれ考えている状況が……楽しい。
楽しいという表現は語弊があるけども、一番近い表現を探すとすればきっとこれになる。
ノエルとは友人というより、先生のような存在だった。親しいという気持ちを持てた相手だが、対等というにはやはり違っていた。
幸恵と小春には、少しずつ気安さを感じてきている。幸恵の圧がやりにくいこともあるが、あまり物怖じせずに話せるようにはなった。
(……早く、出ないと)
内心で決意を改めて、きゅっと拳を握る。
ギフトタグを取り戻すために。そして、みんなの自由のためにも。
「そういえばさ、叩き落すって言ってたけどどんな感じで飛んでくの?」
「飛んでくっていうか、落とすって感じかな」
「私の方に飛ばせない?」
「どうだろな……」
「試してみよう」
由流華が言うと、二人がこくりと頷く。
これなら、きっと脱出することができる。
その確信に躍る胸をおさえて、三人で脱出のための方策を話し合い続けた。
その翌日。
由流華が持っていたはずのギフトタグが、無くなっていた。
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