第43話 ダイアナ・アルレイド③
「転生者保護施設の方が、何の用でしょうか」
自己紹介をしたダイアナに、ギルドマスターのエンリケは明らかに不審そうに訊ねた。
一応ギルドの中に入れてはくれたが、歓迎している様子はまったくない。応接間らしきところに通されはしたが、茶も出そうにないし早く帰ってほしいと思っているのがわかりやすすぎるほどに明らかだった。
エンリケ以外のメンバーの姿は見えない。外出しているのか、そうでないのかはわからないが。
ダイアナは余所行きの笑顔を張り付けたまま、口上を口にする。
「転生者保護施設の仕事の一つに、ギルドへの斡旋があります。そのために転生者を保護する意思があるギルドかどうかを調べているんです」
「なるほど……? 斡旋なんて中央ギルドにリストでももらえばそれで良さそうですが」
「斡旋だけならそうですが、できるだけ自分の目でも見ておきたいんです」
すらすらと口にできるのは、練習しているわけではなく実際に何度も口にしてきた言葉だからだ。
エンリケの言うことも間違いではなく、転生者とギルドの斡旋は中央ギルドのリストを参照する。そもそもギルドは登録時に転生者受け入れの意思を確認されているので本来ならダイアナがギルドを見て回る必要などないのだが、実際にダイアナはそうしていた。特に深い理由があるわけではないが、なるべくそうした方がいい気がしたのだ。
転生者の受け入れは、双方に苦労が多いと聞く。転生者のギフトタグに変わった効果を持つものも多くそれを手にできる可能性は高くなるが、実際はそこまで単純ではない。別の世界から来た転生者は、トーイロスの常識を何も知らない。ダイアナが教えるにも限度があるし、そのあたりの教育は引き取ったギルドが行うことになる。ギルドからすれば「こんなことも知らないのか」というところから教えなければならないし、転生者はなんとか身に着けようと食らいつくことになる。
ひどい話になるとトーイロスの常識を知らないことにつけこみ搾取同然の行為を行うというのも聞く。転生者はそうされていてもわからないし、たとえ気づいても他にどうしようもないと諦めてしまうケースもあるようだ。発覚すれば転生者は保護されギルドもペナルティを受けるが、実際にそれが適用されたという話はほとんど聞かない。そんな話はないのか、発覚していないだけなのか、実数が調べようがないために不明だが、ダイアナはあると思っている。事前調査はともかくアフターケアとしての訪問が仕事としてあるのは、そういった懸念もあるからだ。
とはいえ、そんな普段の仕事と今回の訪問には差異がある。あるのだが、いかんせん勢い任せの行動なのでどう話を進めればいいのかがよくはわかっていない。
エンリケの耳には、何も着いていない。だからといってすぐに指摘するのも怪しまれるのがオチだろう。
エンリケはすげなくダイアナの表向きの用事に返事をした。
「申し訳ありませんが、このギルドでは転生者の受け入れはできません」
「そうですか……」
頷きながら観察するエンリケの表情は、言葉ほど明確な拒絶がないように見えた。どちらかといえば、そうできなくて悔しがっているような……
このままでは目的は果たしたとして帰ることになってしまう。それでは何をしに来たのかがまるでわからない。
少し踏み込もう、と軽く前のめりに訊ねる。
「そうできない事情が?」
「……金です。当たり前の話ですが」
エンリケの視線はそんなこともわからないのかという侮蔑が含まれていたが、気づかないふりをして頷く。
ギルドの運営に金がかかるのは当たり前の話だ。メンバーが一人増えればその分食い扶持は増えるし、特に転生者はどうしても教育の期間が長くなるので人員として数えられるようになるのも時間がかかる。転生者を受け入れるというのはギフトタグを買い入れるのと同じというギルドもいる。転生者をギフトタグのおまけのように言っているわけだが、転生者の方も安全に生活が保障されるのならそれでいい派もいるようだ。ギフトタグの能力が貴重で役に立つものだと、自然とギルド内での立場も強くなったりすることもあるようだ。
金銭の問題でメンバーを増やせないというエンリケの意見はごく一般的なものだ。しかし真っ先に金の話をするということはそこさえクリアできれば転生者の受け入れを行うということでもあるのではないか。
「ショートカミングのメンバーは四名ですね」
「はい」
「うち一人は転生者のようですが」
ダイアナの言葉に、エンリケは深く息を吐いて目を細めた。
背筋がぞわりとして、思わずを目を逸らしそうになった。エンリケの眼差しは、獲物を狙う獣のそれに見えた。
ダイアナの内心を知ってか知らずか、エンリケは柔和に微笑んだ。
「その通りです。たまたま僕が保護して、そのまま迎え入れました。ちょうど事務方を増やしたかった時期でしてね、ちょうどよかった」
「保護施設を通しませんでしたね」
「何か問題が?」
エンリケが不思議そうに訊き返す。
問題は、ない。すべての転生者が保護施設に行かなければならないわけでもなく、拾ってそのまま迎え入れてしまうことはまま発生する。何に違反しているわけでもないし、道義上の問題があるわけでもない。
メンバーが変わると届け出が必要になるが、転生者が入ったからと言って保護施設に連絡がくるわけでもないので保護施設を通さなかった場合の転生者の行方をダイアナの方では把握できない。ショートカミングに転生者がいるのなんて、今回調べて知ったぐらいだ。
ダイアナはエンリケを刺激しないように、温和な表情を浮かべて手を緩く振った。
「もちろん問題なんてありません。保護した転生者をそのまま迎え入れるにあたっては苦労もあったのではないかと思いまして」
「ああ……そうですね」
エンリケは顎を撫でて笑みを浮かべた。ほとんど苦笑で、思わず出てきてしまったように見える。
「転生者を受け入れるということは口でいうほど簡単じゃない……こんなことは保護施設のあなたには言うまでもないでしょうけどね」
「……ええ、まあ」
「なにしろトーイロスのことは何も知らない。生まれたいきなり身体だけ大きくなった赤ん坊とそこまで変わらないのではとすら思います。いや、あちらの世界の常識を持っている分よりやりにくい」
「…………」
興が乗ったのか、エンリケは笑みを頬に刻んだまま前のめりになった。
「文字の書き方から、買い物の仕方まで一から教えましたよ。不思議なことに、最初は後悔もしかけていたのにだんだん愛おしく感じるんですね。一生懸命仕事を覚え順応していく姿は、心を打つものがある」
「大事にされてるんですね」
「ええ。僕はギルドメンバーは家族だと思っています。今では彼女もなくてはならない家族の一員です」
「冒険者は目指しませんでしたか」
「危険ですしね。やるなとは言いましたよ。本人もそちらには興味はないので」
「なるほど。冒険者登録をしているのは、あなたと……」
ダイアナがその名前を口にするより先に、エンリケは苦笑して首を振った。
「あいつは一応メンバーですが、ほとんどギルドには立ち寄りませんね。冒険狂いみたいなものですよ。ラプトにいるのかガリトリアにいるのかもわからない」
言葉とは裏腹に親し気な口調ではあった。そもそも冒険者にはギルドハウスに留まっている方が珍しいともいえる。冒険狂いとまではいかなくても、稼ぐためには絶域に行くのが手っ取り早いのだから。
「まあ、あいつは稼ぎ頭ではありますからね。もしいなかったら僕がもっと働かなければいけなくなりますね」
冗談なのかよくわからない口ぶりで笑って、エンリケは「さて」と腕を組んだ。
「そろそろいいでしょうか。ここ最近は稼ぎ頭も戻ってこなくて、僕もやることが山積しているんですよ」
「あ……」
いきなり話を切り上げられて、戸惑いにうめく。
まだ何も、と思うのだが、何をすれば目的を達成できるのかが浮かんでこない。
そもそも目的とはなんだったのか。由流華がしていた耳飾りをエンリケがしていた? それだってひょっとしたら見間違いかなにかだったのかもしれない。
「このギルドでは、現在は転生者の受け入れを行っていません。これであなたの用事も済んだはずです」
表情と口調は柔らかかったが、有無を言わせない圧も感じられた。
(……潮時かな)
内心で溜息を吐く。もともとが思い付きの行為だ。何かが得られると思ったわけでもない。
もう少し待っていれば、きっと由流華とノエルは都市に戻ってくる。ダイアナの妄想じみた懸念はきっとその時に晴れるはずだ。
気が抜けて、ゆっくりと立ち上がりながら再度エンリケの耳を見る。
その視線に気づいて、エンリケがきょとんと瞬きをした。
「なにか?」
「いえ、実は先日あなたを見かけたんですよ。その時は耳飾りをしていましたね。同じものをしている人を見たことがあったもので――」
気が抜けたまましゃべるダイアナが、言葉を止めた。
エンリケの表情が、一瞬だけひどく強張ったのが見て取れたからだ。
(殺される……)
なぜだかそう確信して、青ざめて後ずさる。足が椅子に引っ掛かり、また座り込んだ。
エンリケは柔和な微笑みを浮かべ直していたが、その奥にはさきほど見えたものが張り付いているような気がして恐ろしい。
エンリケが、ちらりとダイアナの背後にある扉に視線を向けた。慌ててダイアナもそちらを見るのだが、何も変わったところはない。
「もらいものですよ」
「え?」
唐突なエンリケの言葉に、おもむろに向き直る。エンリケは柔和な微笑みを浮かべたまま続けた。
「弥生……ここの転生者が向こうから持ってきたものです。僕にくれたもので、その時はそれをつけてたんでしょう」
「そ、そうですか……」
かくかくと頷くダイアナに、エンリケはゆるく首を振った。
「さて、もういいでしょうか。外まで送りますよ」
こうして、ダイアナのショートカミングへの訪問は終わりを告げた。
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