第40話 光明になりきれないもの

 ノエルが死んだあの時、由流華はノエルの持っていたギフトタグをすべて拾い集めた。

 一見アクセサリーと見分けがつかないようなものばかりで、ギフトタグなのかどうかなんて見ただけではわからない。それでも由流華がギフトタグを回収できたのは、事前にノエルに見せてもらっていたからだ。

 村へ向かう道中に、どれぐらいギフトタグ持ってるの、というなんとなくの問いに、これとこれという風に一つ一つ手に取って見せてくれた。効果も言っていたような気もするが、そこはあまり覚えていない。ただ、そんなに持ってるんだと驚いたことを覚えている。

 その記憶を頼りに、ノエルの持っていたギフトタグを一つ一つ回収していった。まともにものを考えることができない状態で、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらポケットにしまっていく。

 一番の大荷物はノエルの持つ剣だ。ギフトタグではないが、ノエルの持ち物として持って帰らないわけにはいかない。

 埋葬を終え歩き出すと、ぽとりとポケットからギフトタグが落ちた。胡乱な目で振り返り、それを拾う。

 何度仕舞っても、歩き出すと落ちてしまう。理由は明白で、そのギフトタグの形状に問題があった。

 ネックレスなどアクセサリーとなっているものがほとんどの中、それだけは棒状をしていた。ポケットからははみ出してしまうために、落ちてしまうのだ。

 働かない頭でポケットに入れては落とすを繰り返していた由流華は、ふと簡単な解決法に気が付いた。

 棒状のギフトタグを靴下の中に差し込むようにして仕舞う。細く薄いものだったので、特に違和感はなく落とさずに済むことにほっとした。

 このギフトタグはそこが定位置となり、時折存在すらも忘れていた。


☆☆☆


「それが、これ?」

「……うん。ギフトタグ」


 二人に見せたギフトタグをすぐに靴下の中に仕舞い直しながら頷く。

 幸恵は腕組みをして憮然と不平を口にする。


「こんなもんがあるんなら早く言えよ」

「うーん……」


 どう説明したものかとうなる。

 地下室に来た初日、着替えた時にこのギフトタグの存在に気が付いた。というか、思い出した。ずっと靴下の中に仕舞っていたこのギフトタグはエンリケにも見つからないままだった。

 運が良かった。エンリケに言われるままギフトタグを渡した時もこのギフトタグの存在を忘れていたし、眠らされた後にも気づかれることがなかった。

 見張り――コーエンに見つかるわけにはいかず、隠し続けてきた。今は玲香と未那がシャワーを浴びているタイミングで寝室で話している。寝室にいればコーエンから見えることはないが、それでも声を潜めて話す。


「問題があって……このギフトタグの効果がわからないの」


 このギフトタグを見つけて以来ずっと思い出そうとしているのだが、そもそもノエルから実際に説明があったかも定かではないのだ。どれだけ考えても見当もつかないままで、こうして二人に話すことにした。

 幸恵はふうん、と気軽につぶやいた。


「使ってみりゃいいじゃん」

「何が起きるかわからないんだよ」

「バレちゃったらまずいもんね」


 小春の言葉に、由流華はゆっくりと頷いた。

 ギフトタグの効果は様々なものがあるとは聞いているが、実際にどんなものがあるのかはほとんどを知らない。ノエルに少しだけ聞いたところでも、訳の分からない効果を持つものが実在するらしかった。だからこそ、試しにちょっと使ってみるというわけにもいかない。もしコーエンに知られでもしたら、何がなんでも奪いに来るはずだ。


「正直言って、このまま練習を続けても脱出の見込みはそんなにないと思う」


 魔法の練習を続ければ、身体強化も上がっていくだろうし小春の属性魔法も精度や威力を増すだろう。だが短期間で身体を鍛えることができないように、ここで多少鍛えたところで成果が上がることも期待しにくい。

 これはおそらく幸恵と小春も感じていることのはずだ。練習をすればするほど、向上は感じても実用には遠いことだけが浮き彫りになっていく。

 幸恵はわかりやすく焦っているし、小春も内心はわからない。由流華だって、一秒も早く灯のギフトタグを取り戻したい。

 このギフトタグに頼るのは賭けになるが、他にどうしようもないのも確かだ。だが、何が起こるのかもわからないものをあてにしてどうにかなるのかは不安にすぎる。


「だったらなおさらだろ。それで何ができるのかわかっておかないとどうしようもないぞ」

「……それは、そうだけど」

「その棒からビームとか出てくればいいよな。扉とあいつを吹き飛べば全部解決するのに」

「…………」

 

 冗談だとは思うが、どう返せばいいのかわからずに困って小春と顔を合わせる。

 小春は呑気そうな顔でうーんと考え込むようにしていた。


「コーエンさ、大体寝てるじゃん」

「え?」

「いないときだってあるし。そしたらバレないんじゃないの?」

「そうだよ。あいつにバレさえしなきゃいいだろ」


 言って、幸恵は寝室の出入り口まで行って向こうを覗き込んだ。すぐにこちらを向いて、笑み交じりに指で丸を作った。


「いねえぞ。今ならできるって」

「……ののは?」

「ん? 本棚のところで本読んでた」

「そっ、か」

「バレたらまずいのはコーエンでしょ? ほかの子たちだって邪魔はしないと思うけど」

「…………」

「由流華?」


 小春が疑問そうに呼んでくる。幸恵も訝しげな目で由流華を見ていた。

 力なくかぶりを振って、口を開く。


「できれば、他の三人にも知られたくないようにしたい」


 由流華のつぶやきには、沈黙だけが返ってきた。

 二人はやや困ったような表情を浮かべていた。幸恵の方はその表情も一瞬だけで「だよな」と頷く。


「この三人だけでやった方がいいだろ。なんかあってもまずいしな」

「……そだね、そうしよう」


 二人がわかってくれたことにほっとして胸をなでおろす。

 と、幸恵がばっと寝室の出入り口の方に顔を向けた。


「あいつら、シャワー終わったっぽいな」

「じゃあ、ギフトタグについてはまたにしよっか」


 いち早く小春が反応して、寝室を出ていく。

 寝室は誰のものでもないが、夜の就寝時以外は玲香と未那が独占していることが多く寝室にいると文句を言ってくる。そのせいで、おおむね寝室には玲香と未那が、本棚にはののが、あとは空いたスペースに由流華たちがいるのが定位置だ。

 それを荒らすと何を言われるのかわからない。だから小春が出たのだろうし、由流華も早めに出て行った方がいいだろう。


「……幸恵、ここから出たいよね」

「当たり前だろ。何言ってんだ今更」


 答えた幸恵も寝室から出ていく。

 その背中を見ながら、由流華は目を細める。

 靴下の中のギフトタグを意識して、ぎゅっと拳を握った。

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