第35話 エンリケ・アズファイア②
「鑑定結果は以上だ」
「…………」
結果を耳にしたエンリケは、顎に手を当ててしばらく考え込んだ。
由流華から手に入れたギフトタグを鑑定に出して結果が出たところだった。といっても通常の鑑定人ではない。正式なルートではなく、いわば裏で鑑定を行っている人物に依頼した。
ギフトタグを奪う犯罪はあとを絶たず、表の資格をもった鑑定人を利用すると入手先を明らかにしなければならないことになる。そういった鑑定人は腕も確かで信用できるが、エンリケにとっては最初から選択肢にも入らない。
この鑑定人にはエンリケがかねてから鑑定を依頼している。どこからこんなギフトタグを手に入れたのかなどと余計なことを言わず、黙って仕事をこなすところが気に入っていた。もっとも、そうでないと裏で鑑定人などやれてはいないだろうが。その分費用はかさむが、仕方ない。
なんにせよ、今はギフトタグの鑑定結果のことだ。
エンリケにとって、この時間は至福のものだった。手に入れたギフトタグの詳細を知る、この瞬間が。
エンリケは冒険者ギルドの子供だった。父親はそのギルドで一線級の活躍を見せていて、人柄も実力も備えた父親にくっついていたエンリケも自然とギルドメンバーに可愛がられていた。エンリケはきまって、ギルドメンバーの持つギフトタグに興味を持ち触れさせてもらっていた。能力も外見も千差万別、その豊かな個性を持つギフトタグはエンリケにとってきらきらと輝く宝石そのものだった。
エンリケ自身はギフトタグを持たない。幼い頃は絶対に自分にも発現すると信じていたのだが、そんな夢想は叶うことはなかった。
父もギフトタグを発現させていなかった。事務職のメンバーが持つギフトタグをいくつか預かり、それを以って冒険に臨んでいた。
たとえ自分がギフトタグを発現させなくても、人のを扱う父はエンリケにとってモデルケースとなった。
父は絶域で命を落とした。ギルドメンバーは嘆き悲しみエンリケも泣いた。父の死は当然悲しかったが、父が持っていたギフトタグがどうなったのかということは大きい気がかりになっていた。その内心を自覚したとき、エンリケは自分がギフトタグに取りつかれていることを知った。
エンリケの身元はギルド預かりだったが、個人的にと巨額の見舞金がエンリケに渡された。父の存在の大きさを感じさせる額で、素直に父を誇らしく感じた。
そのままギルドに在籍することはできたが、エンリケは独立の道を選んだ。
父やギルドメンバーに戦闘術を習っていたことで、多少は腕に覚えはある。だがエンリケは冒険者になることにはあまり興味はなかった。なにより興味を惹いたのは、やはり人間の生み出すギフトタグだった。
ギフトタグを集めたい、なるべく多くのギフトタグを手中に入れ、自分のものとしたい。
そんな欲望を満たすには、自分がギルドリーダーか冒険者になるのが手っ取り早い。かといって冒険者として命を張るのも気が進まない。悩むエンリケは、ある日解決策を閃いた。
レンタルできるギルドハウスを探していた時のことだ。案内されたギルドハウスには、大きい地下室があった。それを見て、エンリケは天啓を得る感覚を味わった。
多くのギルドでは、冒険業以外の業務のメンバーが持つギフトタグを冒険者に預ける。そうすることで業務内容や金銭で優遇するのが一般的だ。冒険の意志や能力のない人間にとっては願ったりで、父が所属していたギルドにもそういった事務員は少なからず存在した。
エンリケが同じ方法を取ろうとすると、かなりの稼ぎが必要になる。父は冒険者として優秀だったが息子のエンリケに実績があるわけでもないので、都合よくギフトタグを持つ人間が来てくれるとも限らない。良いギフトタグを持っている人間は、既に大きく実績を持つギルドに在籍しているからだ。
それらを解決させる手段を、地下室に感じた。
ギフトタグを必ず持っている転生者を拾い、ここにいれてしまえばいい。
自分の発想が狂気のそれだということはわかっていたが、ギフトタグへの想いは止められなかった。
ギルド名である『ショートカミング』は対外的にはお互いの欠点を補いあうという意味合いだが、実際は違う。
エンリケの
紆余曲折はあったが、現状の形にはある程度満足している。転生者を閉じ込めギフトタグは手中に収め、ギルドの運営も危ういながらもきちんとできている。
そして今、由流華から手に入れたギフトタグは……
「これは、素晴らしいな……」
「そうだな、欲しがる人間は多いだろう」
普段は物静かな鑑定人の声に熱がこもっている。数多くのギフトタグを鑑定してきたであろう鑑定人にとっても、このギフトタグは特別なもののようだった。
エンリケはさっと鑑定したギフトタグをバッグに仕舞った。抑えられない興奮を無理やりにおさえて、鑑定人に現金を手渡した。
鑑定人は一瞥だけして、現金を受け取った。
「そのギフトタグの扱いには気を付けることだ。知られれば狙われる可能性が高い」
「問題ないさ。君だって誰かに言ったりはしないだろう?」
鑑定人はエンリケの軽口につまらなそうな眼差しを向けた。
はいはい、と声を出さずに応じ部屋を出る。
ギルドへの帰路につきながら、バッグの中のギフトタグを意識する。とんでもないお宝が入っているという事実が、エンリケを緊張させていた。
鑑定人が言った通り、このギフトタグは狙われる可能性がある。鑑定人にはああいったが、ギフトタグの性能を見抜くいわば鑑定が可能なギフトタグというのは少なからず存在しており、何かのきっかけで知られる恐れがないわけではない。
エンリケも似たようなギフトタグを持っている。性能はわからないが、ギフトタグの所在がわかるギフトタグだ。これで今まで転生者を見つけてきたのだ。
収穫は大きかったが、懸念も同時に増えていた。
父の死によって入った金はギルドハウスのレンタルの頭金や全体の改装でそれなりに目減りした。しかも鑑定人への依頼料も馬鹿にならない。見舞金はまだ残ってはいるが、このままでは遠からずなくなってしまうだろう。
ショートカミングで冒険業をしているのはエンリケを含めて二人。エンリケはギフトタグに身を固め近隣の危険度の低いところでなるべく効率の良い資材を集めて稼いで入るが、実入りに限界はある。もう一人の冒険者はかなりの土産を持って帰ってくるが、一度冒険に出ると長い間帰ってこないので当てにはしにくい。
ギルドメンバーはあと二名、弥生とリンダだ。二人とも事務職で住み込みとして家事全般も行っている。リンダは元冒険者でもあるが、絶域には出ようとしない。
普段はいない一人を除いたギルドメンバー三人、無駄飯ぐらいが一人、そして地下室の転生者が六人。合わせて十人の大所帯だ。ギルドとしては決して規模が大きいわけではないが、問題は稼ぐ人間が少なすぎることだ。
転生者を死なせるわけにはいかず、食事はある程度はちゃんとしたものを与えなければいけない。当然ながら自らが稼ぐわけではない転生者を増やせば増やすほど食費は嵩んでいく。
もし今後も増えることもあればさらに圧迫されていくことだろう。リンダあたりはそのことをかなり露骨に文句を言ってくる。身元の存在しない転生者とはいえ長期間監禁しているのは言うまでもなく犯罪で、リスクは常に隣りあわせだ。
今回の由流華は、他の人間のギフトタグも持っていたので収穫としては大きい。だが、リヴァイブの人間のものも混じっているのは懸念ではある。もし見られれば窮地に陥る。これらのギフトタグはギルドハウスから出さない方が良いだろう。
普段は都市近くに出現した転生者を連れ込むという手法をとる。何も知らない転生者は騙しやすいし、関係のある人間もいないのでリスクは低減できる。
由流華は、ほとんど勢いで監禁を実行した。少し話してみたところ都合が良さそうに思えたので弥生にリヴァイブのメンバーの振りをさせて罪悪感から従うように仕向けた。ノエル以外のリヴァイブのメンバーとは面識がないという本人の言に賭けたところがあるが、結果としてはうまくいった。
弥生からあんなに大胆にやるって思ってなかったと言われ、エンリケも冷静になった。普段の自分なら犯さないレベルのリスクを背負う行為だった。だが、あの時は衝動を抑えることができなかった。
辞め時かもしれない、と頭の中で囁く声があった。既にそれなりの数のギフトタグは手に入れているし、転生者を増やし続けるといつか破滅する可能性も増していく。
それでも、やめることはできないだろうという確信もエンリケの中にはあった。ギフトタグを手に入れたいという欲望は、転生者を監禁するようになってからも収まるどころか膨れ上がる一方だ。
(できれば、弥生だけでも累が及ばないようにはしたいが……)
詮無い思考は、バッグの中のギフトタグを意識させた。
転生のギフトタグ。死亡することで向こうの世界に転生することができるというものだ。特殊なギフトタグで、こんなものが存在するというのは噂にも聞いたことはない。この世界に唯一のものであることは間違いない。
転生するための条件はやや特殊だが、おそらくは問題ないだろうとエンリケは考えていた。
弥生に渡せば、どう判断するだろうか。
少し考えて、内心でかぶりを振った。
このギフトタグの価値は、死をキャンセルできることだ。もしエンリケが絶域で危険な目に遭っても、転生のギフトタグがあれば死なずに済む。
かといって向こうの世界に行きたいというわけでもなかったが。トーイロスに住むことになった転生者が苦労してきたのをエンリケも見てきてはいる。同じような苦労を自分も重ねる気はしなかった。そしてなにより、向こうの世界にはギフトタグは存在しない。
エンリケが生きるのは、ギフトタグが存在するこのトーイロスだけだ。
「さて、用事を済ませて帰ろうか」
出かける際、リンダにお使いも頼まれてしまった。ギルドリーダーを使い走りにするとは良い度胸だが、それぐらいはやってもいいだろう。
市場で頼まれたものを探すエンリケの目に、あるものが映った。
思えば、地下室の転生者には――そのギフトタグには助けられている。やりくりは大変でも精神的に満足した日々を送れているのは、彼女たちのお陰でもある。
「たまにはいいだろう」
独り言ちて、エンリケはそれを購入するべく店主へ声をかけた。
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