第26話 自責

『お前のせいだ』


 容赦のない追及の声が、由流華を責め立てる。


『あんたがいなければ――は死んだりしなかったのに』


 ごめんなさい、という謝罪の言葉は火に油を注ぐだけになる。


『ごめんなさいっていうならさ、なんとかしてみせてよ。全部あんたのせいなんだからね!』


 その通りだ。由流華のせいで、全てを失うことになってしまった。

 なんとかなんて、できるわけはない。


『責任を取れ』


 その言葉は、毒のように由流華にしみこんでいく。

 かすれた声で、どうすればいいのと問う。

 相手は淡々と、由流華がどうするべきかを説いていく。


『これはお前がしなければいけないことだ。自分のしたことを悪いと思うのなら、やるべきことをやれ』


 悪いと思っている。あれ以来、由流華はひたすらに自分を責め抜いてきた。どうすれば事態を回避できたのか、そればかりを考えてきた。

 しかし、どんな方法があったとしても既に取り返しのつかないことはどうしようもない。起こってしまったことは、決して覆ったりはしない。


『わたしは何があってもあんたのことを許さない』


 ――は激しい怒りに瞳を燃やして、由流華を睨みつけている。

 この瞳の炎は、ついにまったく衰えることはないままだった。


『あんたはそれだけのことをしたんだ。許される日なんて絶対にこない。それまで、苦しみ続けて』


 わかっている。二人は絶対に由流華を許さない。

 由流華も、自分のことを許せる日なんてきっと来ない。


『こんなこともできないのか』


 失敗するたびに、侮蔑を吐き捨てられた。


『こんなんでやったつもりになってんの? ――がどうしてきたか何も見てなかったわけ?』


 由流華は、決して許されず、認められもしない。


『ダメだ』

『全然ダメ』


 由流華の行う全ては否定され続けた。


『ひどいな』

『こんなんでうまくできたなんて、本気で思ってる?』


 お前はダメだ。あんたはダメだ。

 お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。お前はダメだ。あんたはダメだ。

 毎日繰り返される言葉は、由流華を苛み続ける。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 由流華の謝罪を聞くものはいない。

 人が一人死ぬというのは、そういうことなんだ。


☆☆☆


 翌朝になると、エンリケはすぐに支度を済ませてしまっていた。


「朝食を食べたらすぐに出発する。なるべく早く都市に着きたいからね」

「はい……」


 弥生はといえば、一人で先に朝食を食べに行ってしまっていた。部屋には、由流華とエンリケの二人だけだ。

 エンリケはうっすらとした微笑みを由流華に向けた。


「弥生のことは許してやってくれないか。気が立っているんだ。そのうち落ち着くだろう」

「いえ……五十嵐さんの言う通りです。全部あたしが悪いんです」


 視線を床に落としたまま、小さい声で応じる。

 責め苛む視線から逃れるように、昨夜から由流華はずっとそうしていた。


「そんな風に言ってもしょうがないさ。起こったことは起こったことだ。気にするなとは言えないが、キミのせいとばかり言えるものでもないと思うけどね」

「…………」


 由流華のせいといえるのか、由流華は正確に考えるのをやめていた。

 ただ、由流華と会わなければノエルが死ぬことはなかったということだけは間違いないのだ。

 少ししてエンリケは軽い調子で提案してきた。


「都市についたら、キミのピアスを正式な鑑定にだそう」

「……え?」


 今日になって初めて顔を上げた由流華に、エンリケはにっこりと笑んだ。


「キミにはぴんと来ないかもしれないが、正式な鑑定というのはとてもハードルが高いんだ。だが幸い僕には当てがある。事態をはっきりさせるためにも、そうするのがいいと思うんだがいいだろう?」

「え、あ、はい」


 動揺しながらこくこくと頷く。

 こんなにあっさりと道が開けたことが信じられなかった。正式な鑑定のハードルというのは確かに由流華にはぴんとこない話ではある。だがエンリケの口ぶりからは簡単な話ではないのだろうということだけは伝わってくる。

 由流華は姿勢を正して、深々と頭を下げた。


「すごくありがたいです。でも、あたしに払えるかわからないんですけど……」

「そうだね、僕の知っている鑑定士だと――」


 エンリケが口にした額は、トーイロスに来たばかりの由流華でもはっきりとわかるぐらい高価なものだった。

 目を見開いて驚きの声をあげた由流華は、絶望的な気持ちでかぶりを振った。


「無理です。いくらなんでもそんな額払えません」

「今後少しずつ返してくれればそれでいいさ。言っておくが、正式な鑑定を受けられる機会というのはそうはないよ。仮にキミが独力で探したとしたら、何年かかっても辿りつけはしないだろうね」


 トーイロスの住人であるエンリケが言うのならばそうなのだろう。そんなに簡単に受けられるのなら、転生者施設でもそうした手段がとられていてもおかしくはなかったはずだ。ダイアナは正式な鑑定のことは口にしなかったが、それは一般的には難しいから省いたのだろう。

 少しずつ払うとしても、どれぐらいかかるのか見当もつかない額だった。それこそ何年もかかる可能性もある。だが正式な鑑定を得ない限り、転生のギフトタグの使い方は決してわからない。


(灯……)


 由流華の優先順位の全ては、灯がトップになる。

 灯がいないと、由流華はこれまでの日々に耐えることは決してできなかった。これからの日々も、灯がいなければきっと耐えることはできない。

 灯の隣が、由流華の居場所だ。


「わかりました、絶対に払います。お願いします」


 再度頭を下げる由流華を、エンリケはやや苦笑といった表情で眺めていた。

 焦る気持ちでおずおずと訊ねる。


「あ、あたし何か変なこと言いましたか?」

「いやいや。キミの目が面白かったからね」


 意味がわからずに、小首を傾げる。

 エンリケは遠くを見るような眼差しで続けた。


「僕のギルドの冒険者に似ているよ。冒険狂い……というとキミには失礼かな。さっきまでの項垂れていたのとは大違いだ。キミはきっといい冒険者になるだろうね」


 言い終えたエンリケはさっと立ち上がった。部屋にドアに手をかけて、由流華に首だけで振り返る。


「そうと決まればまず食事だ。早く都市に戻ろうじゃないか」


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