第25話 五十嵐弥生

 都市に戻るのは、ギフトタグの鑑定とリヴァイブにノエルの遺品を渡しに行くためだ。

 当然、リヴァイブのメンバーに会って事情を説明することになる。まさか遺品をギルドに置いて逃げていくというわけにもいかないだろう。

 考えるまでもなく自明のことなのだが、そこまで頭が回っていなかったことがこの動揺で証明されてしまった。リヴァイブのメンバーであるという弥生を目の前に、由流華はその事実を認めざるを得なかった。

 弥生は何も言わずにじとりとした視線だけをぶつけてくる。その視線にからめとられたように、由流華も言葉が出てこない。

 沈黙する二人の助け舟を出すように、エンリケが口を開いた。


「ユルカくん、だったか。よければなにがあったのかを詳しく話してもらえないだろうか。キミの今の話では分からない部分が少し多すぎるからね」

「はい……」


 エンリケの言うことはもっともだ。もっともなのだが、どこからどう話せばいいのかがわからなかった。

 話し方に窮していると、エンリケは優しい声音で促してくる。


「最初から聞こうか。都市まではまだまだ時間があるからね。転生したところから話してもらえるかな?」

「あたし、は……」


 震える声で、森の胃袋にやってきたところから話す。

 灯の話も含んで話していく。それが関係あるのかとでもいうように弥生の眼差しが鋭さを増したが、エンリケがとりなすように肩を叩いていた。弥生はエンリケにふっと微笑んで、由流華に厳しさを向け直す。

 灯のことに触れないと、ギフトタグのことを説明しきれない。筋道立った話になっているとは思えなかったが、話していくうちに由流華の中でも整理されていくように感じられた。

 転生者施設についてはさすがに詳細を省いたところ、エンリケから制止がかかった。


「施設でどうしていたのかも話してもらえないか」

「え、でも、あまり関係ないと思いますけど……」

「キミを信用するためだ」

「どういう……」


 意味ですか、と続けようとした由流華に弥生が鋭く告げた。


「いいから話して」

「……はい」


 弥生の声は、鋭く冷たかった。由流華への怒りを感じさせられて、頷くほかなかった。

 そうだ、と思い直す。リヴァイブのメンバーである弥生には、全てを聞く権利がある。

 施設での日々は既に遠い思い出の彼方にあるかのようで、話しているだけで妙に懐かしい気持ちにさせられた。ダイアナは元気にしているだろうか。いつでも来てと言われていたが、行かないままだった。

 弥生は変わらず鋭い視線を固定させていて、エンリケは興味深そうに身を乗り出して聞いている。まだ施設の話をしている段階だというのに、由流華の一言すら聞き逃すまいとしているかのようだった。

 エンリケは絶妙な相槌で話を促してくるので、話を止められないまま続けていく。細かい質問が織り交ぜられるのに答えながら、話はノエルと出会った部分にさしかかった。

 ノエルとの日々において、灯のことの葛藤は省こうとしたのだがエンリケの合いの手によって自然と話してしまっていた。当時の感情まで蘇ってきてところどころ詰まりながらも話し切ったのは、エンリケのお陰ともいえる。

 マムラを斃したところまで話が進んだあたりで、馬車が止まった。休憩のようだ。弥生は馬車を降りていったが、エンリケは残ったままだった。

 話すのを止まったことで、猛烈な疲れと眠気を自覚していた。ほとんど夜通し歩き続けていたし、食事も摂っていなかった。


「弥生が何か買ってくるから、それを食べるといい」

「はい……」

「眠そうだね」

「すいません、寝ていなくて……」


 馬車に揺られながら話し続けていたので、色々と限界が近かった。

 エンリケは馬車の隅にある毛布を取り、手渡してきた。


「少し眠るといい。すまないね、休みなく話させて」

「いえ……」


 もう少しちゃんとした応答をしたかったが、眠気に揺れる頭には厳しかった。

 横になり毛布を被ると、一瞬後には意識を失っていた。


☆☆☆


「起きたね」


 目を覚ました由流華は、エンリケと弥生を認めるとぼんやりと訊ねた。


「すいません、あたしどれぐらい……」


 眠っていたのだろう、と外を見ると既に日が落ちかかっていた。夕方だ。

 さっと血の気が引いて、二人を見る。エンリケは苦笑していたが、弥生はひどく機嫌悪く由流華を睨みつけていた。


「仕方ないさ、よほど疲れていたようだったからね。ちょうどいいと言えばちょうどいい」


 エンリケは馬車の進行方向を仰ぎ、幌を開いた。

 御者台の向こう側の果てに、明かりが見える。あれは……


「もう町に着くんだ。話の続きは宿で聞かせてもらおうか」

「……わかりました」


 町というのは、来るときにノエルと泊まった町だった。

 馬車を降り、エンリケは迷いなく宿へ向かった。由流華も慌ててついていく。歩きながら、弥生はちらちらと由流華を見やってくる。敵意と憎しみのこもったねっとりとした視線は絡みつくようで、身体が重くなるような錯覚すら感じる。

 宿に到着すると、エンリケは受付と親し気に会話を交わした。

 その間、由流華と弥生は少し離れたところに立って待っていた。長引くエンリケと受付を眺めながら、弥生が不意に言った。


「もともと二人でこの宿を予約してたの。今、あんたの分も追加できるか話してる」

「は、はい……」

「あんたがいなければ……」

「部屋に行こうか」


 弥生の言葉を、部屋の鍵を持ったエンリケが遮る形になった。

 弥生に不満そうな目を向けられて、エンリケは苦笑して弥生の頭に手を乗せた。


「三人一緒の部屋になったが、構わないね」


 後半の台詞は由流華を見て言っていた。慌ててこくこくと頷く。

 部屋の寝具は大きいベッドが一つあるだけだった。もともと二人でとっていた部屋らしいから当然だが、ノエルと泊まった宿よりは大きく余裕があった。

 壁には絵画もあり、調度も高価そうなものが並んでいる。明らかに高い宿だ。


「あんたはソファで寝なさいよね」


 ソファも大きいので、寝るのに不都合は何もない。仮に床で寝ろと言われても由流華は従っただろう。自分は何かを言える立場にないのは明らかなのだから。

 荷物を整理しながら、エンリケが苦笑交じりに言った。


「あとでベッドを運ばせることになってるから安心してくれ。まずは食事だ」


 エンリケの案内で宿から出て食事を摂った。居酒屋のようなところで、由流華は遠慮して少しだけ食べた。二人は普通に食べていたが、酒を飲むことはしなかった。

 自分の分の代金だけでも払おうとした由流華を、エンリケはやんわりと拒否した。


「都市に着いたらまとめて払ってくれたらいい。他のことでもキミの分の料金を立て替えているんだからね」


 馬車に宿に、確かに由流華は一銭も払っていない。ノエルからお金も回収していたが、足りるだろうかと心配になる。

 食事を終えると宿に戻り、話を再開することになった。


「さて、森の胃袋を攻略したところまでだったね」

「はい、そのあと……」


 一度眠ったことで頭の中が整理されたのか、馬車の中よりはきちんと筋道立てて話すことができた。起きてから頭の中で整理していたことも役に立っている。

 変わらずエンリケの細かい指摘にも答えながら、話を進める。

 ノエルの自殺のところではさすがに耐え切れずに詰まりながらになったが、弥生の厳しい眼差しを受けてなんとか話し切った。

 話し終えると、エンリケは情報をまとめるように顎に手を当てて考え込んだ。


「ノエルくんは転生のギフトタグを使おうとして自殺した……」

「……はい」

「しかし転生は発動しなかった」

「そうです」

「なるほど、そんなギフトタグは見たことも聞いたこともない……」


 エンリケは思考に沈み込むようにぶつぶつとつぶやいている。

 話し終えたことに疲労と若干の安堵を感じる。もう夜も遅くなりそうな気配だった。

 と、


「つまりはさ」


 弥生が変わらない眼差しで、由流華に告げる。


「あんたがいなければ、ノエルは死なずに済んだってことだよね」

「っ、それは……!」


 言い返そうとするのだが、言葉が出てこない。弥生の鋭さは、由流華の胸を貫いていた。


(あたしのせい……?)


 違う、そもそもノエルが勝手に由流華のギフトタグを奪っていったのだ。自殺をしたのもノエルの意志で、由流華は何もしていない。

 だから、由流華のせいなどでは……


「わたしは、あんたのことを許さない」

「…………」


 何も言えずに、由流華はただ視線を床に落とした。

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