第19話 マリー・フォーブス②

 ノエルが女性の家のドアをノックすると、すぐに女性が顔を出した。二人を確認して、ほっとしたような表情を浮かべ招き入れる。

 家の中に入ると、果物の香りが強く鼻をついた。不快なわけではないが、少し驚いて視線をさまよわせる。

 家の中は存外広かった。小物が多く、壁際にいくつもある棚を埋め尽くしている。大きいテーブルは、家族で使うのだろうと思わせるものだった。


(家族……)


 見る限り女性は一人だけだ。他に誰かがいる気配はない。

 かつては、ここに灯も住んでいた……のか。

 女性はマリー・フォーブスと名乗り、二人に椅子に座るように勧めた。どうしようか由流華が迷っている間にノエルが椅子に腰かけたので、由流華も倣った。


「紅茶は好きかしら。ちょうど入ったところだったの」

「いただきます」


 ノエルの返事にマリーはほっとしたようにして、テーブルにカップを並べた。

 だがノエルはカップを手に取ることもせずに、話を切り出した。


「あなたの話を伺いに来ました。どういうことなのか、説明してください」

「説明……ね。してほしいのは私の方でもあるのだけど」


 マリーの目がピアスに向く。由流華は隠すように手で触れた。

 マリーは嘆息して、話を始めた。


「私には娘がいました。名前はアカリ、大事な一人娘でした」

「…………」

「アカリは十歳の時にギフトタグを発現させました。水色の球のついた、耳飾りです」

「――っ!」


 衝撃に由流華は息を呑んだ。触ったままのピアスをぎゅっと握り、わなわなと唇を震わせる。


「ギフトタグの効果は――死亡すると転生するというものです」

「転生!?」


 声の主はノエルだった。テーブルに両手をついて立ち上がり、すさまじい形相でマリーを問い質すように見つめている。

 マリーはその剣幕に怯えたようにしながらも頷いた。


「はい、とても珍しい効果で……アカリは12歳の時にそのギフトタグを発動させたのです」

「死んだってこと?」


 ノエルの突き刺すような問いに、マリーは痛みを感じさせる表情で頷いた。


「はい……絶域で、魔物に襲われた灯は私の目の前で消えていきました」

「転生したってことは……日本に?」

「それは私にはわかりませんが……」


 マリーは困ったような視線をノエルに、それから由流華に向けた。

 そんな風に見られても、由流華には何も言えない。由流華にだって、何もわからないのだ。


「由流華」


 ノエルのひどく硬い声にぎこちなくそちらを向く。

 こんな表情は見たことない、というほど鋭い眼差しを感じて逃げ出したい衝動に駆られた。


「ピアス、渡して」

「ノエル……」

「早く!」


 ピアスを外して、ノエルに差し出す。ノエルの圧力に、逆らうということすら考えられなかった。

 ノエルはピアスを慎重に受け取ると、テーブルの上に置いて手をかざした。


「鑑定」


 ノエルが唱えると、ピアスの周囲に膜のようなものができた。

 見た覚えがある。ダイアナが由流華のギフトタグを鑑定した時と同じ光景だ。ノエルも同じことができるのだと驚く間もなく、鑑定は終わったようだった。

 テーブルに目を落として、ノエルは絞り出すように口にした。


「これは間違いなくギフトタグ。効果は……死亡時の転生」

「……てん、せい」


 呆然とうめく。灯のピアスは、本当にギフトタグだったのだ。

 死亡すると転生する。由流華と一緒に刺された灯は、その効果で転生したのだろう。マリーによるとトーイロスから転生をし日本にやってきた。そして由流華とトーイロスへ。そして……

 道理に気づき、目を見開く。


「灯は、生きてる……?」


 森の胃袋でマムラに襲われた灯は、あの時死亡したはずだ。だとしたら、ギフトタグの効果でまた日本に転生しているということになる。

 降ってわいてきた情報に、頭が追い付いていかない。やっと灯の死を受け入れたというのに、実は生きていたなんてそんな都合の良いことがあるのだろうか。


「生きてるってことになるね」


 テーブルに視線を落としたままのノエルが、ぼそりと由流華の独り言に答えた。


「ギフトタグは生み出した本人が死ぬと砕ける。このギフトタグが残っているってことは、灯さんも生きていると考えて間違いないね。きっと転生して日本にいるはず」

「……本当に?」


 灯が、本当に生きてる?


「あの……」


 マリーがおずおずと口をはさんできた。


「アカリは今はどうしているのかしら」


 不安そうなマリーに、一緒に転生してからのことを簡単に話す。

 足元が崩れたようにふわふわする。現実にこんなことがあるだなど信じられず、なにかの間違いなのではないかと思ってしまう。

 考えれば、そもそもが現実離れしたことばかりだった。転生して異世界に来たこともそうだし、それからのことも全てこれまでの常識ではまったく考えられないことばかりだった。

 だとしたら、こんなこともあるのだろうか。

 灯が生きているという現実も、ちゃんと存在していると信じていいのだろうか。


「……の」


 マリーが何かを言っている。ぼんやりと意識を戻すと、テーブルの上のギフトタグを指さしていた。


「アカリが生きているのはわかったわ。それで、このギフトタグを渡してもらえないかしら」

「……え?」

「ずっとあの子のことを心配していたの。こうしてあなたがここに来たのも、何かも導きかもしれない。やっと、娘の無事がわかったのだから……」


 言い切ることができずに、マリーは声を詰まらせた。口を押えて嗚咽し、ぽろぽろと泣き出す。

 由流華は一瞬で頭が沸騰するのを感じた。


「嫌だ!」


 立ち上がり、ギフトタグを掴む。絶対に誰にも渡さないと強く握り込む。


「これはあたしが灯から渡されたものだ! 誰にも渡さない!」


 叫んで、勢いのまま家を飛び出す。どこを目指すわけでもなく全力で走った。

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