第9話 身体強化魔法と属性魔法②
都市を出て、15分ほど歩いた。
道中は大した話はしなかった。今の日本では何が流行っているのかだとかそういう雑談ばかりだった。もっとも、由流華は流行りとかは良く知らないので曖昧な話しかできなかったが。そういったものは、むしろ灯の方が詳しかった。
「よし、ここら辺かな」
二人が到着したのは、のどかな川辺だった。人気もなく、動物がいるようにも見えない。静かで、せせらぎが耳に心地よい。
ノエルは由流華に向き直り、確認する。
「ダイアナさんから一通りのことは聞いてるよね?」
「一通りって?」
「冒険者とか、魔法のこととか」
「冒険者のことはさらっと聞いたけど、魔法のことはそんなには……」
「そっか、じゃあ改めて私からも説明するね」
「お願いします」
頭を下げると、ノエルは苦笑で返した。
「堅いなー。まあいいや。冒険者についてからだね。この世界特有の職業で、仕事の内容は……さてなんでしょうか」
「えっと……魔物をやっつける?」
急に話を振られて、しどろもどろになりながら答える。
大きく間違ってはいなかったようで、ノエルは「そうだね」と首肯した。
「正確に言えば、絶域の探索で生計を立てる人たちを冒険者と総称している感じだね」
魔物の死骸や、絶域内で採れる資源などを持ち帰り、換金するのが大部分だとダイアナも言っていた。
「冒険者は憧れの職業だったりもするし、安定性がないって蔑まれたりもするね。理由はやっぱり危険だから。日常的に絶域に入るっていうのは、命の危険と隣り合わせだから」
「…………」
命の危険。
そう言われても、由流華の心は動かなかった。
「特に私たち転生者にとっては理解しにくいものでもあるんだよね。それでも、冒険者になる転生者は多いよ。私もそうだし、周りにもたくさんいる」
「どうやったら、冒険者になれるの?」
「別に免許があるわけじゃないんだよ。冒険者をやりますって言って、絶域に入って稼げれば冒険者って名乗れる。そうはいっても、ギルドに入るのが一番ではあるけどね」
「ギルド……会社みたいなものってダイアナさんは言ってたけど」
ダイアナ自身は、以前別に転生者がそう表現していたのを流用しているだけと言っていたが。
ノエルはそうそうと頷いた。
「地球で言う会社が、ここのギルドだね。だから色んなギルドがあるんだけど、冒険者ギルドが人気だね。転生者は大体そこに入るよ」
「みんな冒険者になるってこと?」
由流華の疑問に、ノエルはいやいやと手を横に振った。
「みんながみんな冒険者になるわけじゃないんだよ。転生者にはみんなあるでしょ?」
「?」
「ギフトタグ」
言われて、腕輪の存在を思い出した。つけて一週間ほどなのに、いやに馴染んでいてつけていることも忘れがちになる。
「ギフトタグは誰でも使えるから、これを使わせるから衣食住の保証をしてくださいってギルドに入るんだよね。どんなギフトタグかにもよるけど、持ち主に何かあって消えるリスクも無くなるしこれで楽に暮らしてる人も全然いるよ。大体は事務や家事やったりはするけど」
ノエルは盾のついたネックレスを手に取って見せるように持ち上げてみせた。
「これもギフトタグ。うちのギルドで事務してる人のを使わせてもらってるんだ」
「その……剣もギフトタグ?」
一番の違和感を指さしておそるおそる訊ねる。
ノエルはあっさりとかぶりを振った。
「ううん、これはドラゴンの牙を加工して作った普通の剣だよ」
「……ドラゴン、いるの?」
「いるよ、異世界だからね」
異世界にはドラゴンがいるというのは常識なのだろうか。由流華にはまったくわからなかったが、唐突なファンタジー要素に困惑していた。これから魔法を覚えようとしているのにそうなるのも今更だが。
ノエルは右手の甲をこちらに向けた。小指にピンクの指輪がかすかに煌めいている。
「私のギフトタグはこれ。効果は魔法の出力を倍にすること」
効果を聞いても、どういうものなのかピンとは来ない。倍になると言われれば、とても強いものに聞こえてくるが。
それで、とノエルは一歩寄って訊いてきた。
「由流華のギフトタグはどういうの?」
「…………」
自身のギフトタグを撫でる。ダイアナの話を聞く限り、歓迎されるタイプのものではないような気がしたが。
ノエルは由流華の腕輪に目を留めて覗き込んできた。
「それ?」
「うん……ダイアナさんには身体強化だって言われたけど」
「身体強化かぁ……ちょっと借りていい?」
ノエルの伸ばした手に、腕輪を外してのせる。
ノエルは腕輪を色んな角度から眺めた。それでなにかわかるのだろうかと疑問に思いながら待つ。
「プロの鑑定士でもないとあんまり細かいことはわからないからね」
軽い口調で言いながら腕輪を装着する。
少しして、ノエルは拳を握ったり開いたりしながら首を傾げた。ぶんぶんと腕を振って、うーんとうなって、
「発動はしてるけど、効果量がすごく低いね。何か条件で効果量が変わるタイプかも」
はい、と腕輪を返される。
効果量がすごく低いということは、やはり使い物にならないということだろうか。いや、それよりも。
「あたしがつけても何もないんだけど……」
「ああ、うん。それも含めて、魔法のことを説明するね」
ノエルは勿体ぶるように後ろに数歩下がり、人差し指を立ててみせた。
「魔法っていうと色々想像できると思うけど、この世界では魔法っていうのは二種類に分類されるんだよね」
魔法で想像するものと言われても、案外難しい。由流華にできる想像は、精々火を出すだとかその程度だ。
ノエルは由流華の想像を知ってか知らずか、笑みを浮かべて続ける。
「身体強化魔法と、属性魔法。身体強化魔法はそのままだね、魔力を使って身体の機能を強化する。属性魔法は――」
ノエルは立てていた指をふいっと川に向けた。
すると、水面からピンポン玉程度の大きさの水が浮かび上がってきた。ノエルの指の動きに合わせて移動し、由流華とノエルの間まで飛んでくる。
ノエルが指をくるくる回すと、水の玉も同じようにくるくるとらせんを描いて上昇した。やがて地面にゆっくりと落ちていき、しみ込んで消えた。
「こんな風に、自然のものを自由に操ることができる」
「……そうなんだ」
「反応薄っ!」
ノエルは大げさにのけぞって、おののくようにうめいた。
「えー、みんなここでもっと反応あるもんなんだけどなぁ」
「お、驚いてるよ。あんまり現実味がないっていうか、どう受け止めればいいのかわからなくて……」
「うーん、私も初めてのときはそんな感じだったかな」
ノエルはぼやいて、説明を再開する。
「とにかく、属性魔法はこういう感じ。水だけじゃなく火とか風を操ったり、生み出したりもできるね」
言いながら、今度はノエルの指先に水の玉が生まれた。川の水ではなく、何もないところから現れた。くるくると操ったあと、ノエルは水の玉をぱくっとくわえてしまった。
「できると便利だけど、これは上級者向けだから今度だね。まずは身体強化から覚えていこうか。これを使えることが一番大事だからね。属性魔法を覚えなくても、身体強化を鍛えればどうにかなることも多いから」
いよいよ実践なのかと、多少は身構える気持ちで聞く。
魔法が使えるとなれば、灯はさぞはしゃぐだろうなと思った。
「身体強化は誰にでも覚えられてすぐに使えるようにもなるね。そのあと強くなれるのかは本人次第だけど」
「力持ちになったりするってこと?」
「うん、最初はそんなイメージで大丈夫。ゲームはやる?」
「ソシャゲなら少しは……」
灯に付き合って少しやっていただけだが。
「それならわかるかな。ステータスを上げる感じだね。攻撃力とか防御力とか。わかりやすいのは力だからそこから行こうか」
言って、背中の剣を抜いて地面に突き刺した。
「持ってみて」
素直に従って、剣を引き抜こうとする。両手でしっかり持って、全力で引き上げる。なんとか剣先を地面から引き抜いて持ち上げてみるのだが、地面と剣が水平になったあたりからふらついてしまう。
持ち続けることができず、落とすようにして地面に突き刺してしまった。斜めに突き刺さった状態でも持ち続けることが辛い。
ノエルが柄を持ってくれて、由流華はようやく手を離すことができた。両腕に感じる疲労感が気持ち悪かった。
ノエルは軽々と剣を持ち上げた。
「まずはね、重い物を持つのがいいんだ。身体強化を使えるようになれば、少し軽く感じるから」
今度は剣を地面を突き刺さずに、横に置いた。
「座って、軽く持ち上げてみて。その状態で身体強化を使えるように練習するね」
促されるままに剣の前に座る。剣を挟んでノエルも地面に座った。
剣の柄を掴んで持ち上げる。地面から数センチあげているだけでも、辛いものがある。
ノエルはその様子を見ながら、指をくるくる回してアドバイスを口にした。
「魔法は空気中にある魔力――魔素を体内に取り込んで扱うんだけど、体の中にエネルギーが流れていてそれを右腕に集中させることをイメージしてみて」
「エネルギー……」
繰り返して、右腕に集中する。
剣を持ち上げたままでいると、段々と疲れが溜まってくる。それに集中が乱されるのだが、言われたとおりにエネルギーのことを意識する。
しばらく続けて、限界が来た。剣を離して、疲れた右腕を振る。
「ダメだ、できないよ」
「ちょっと休もうか」
ノエルは優しく言って、姿勢を崩した。地面を後ろに手をついて、だらりと足を延ばす。
「身体強化系のギフトタグはね、身体強化を使える人じゃないと効果が出ないんだ。だから、由流華が身体強化を使えるようになればそのギフトタグも効果を発揮するよ」
「……そうなんだ」
だから、今まで身につけていてもなんともなかったのか。
もし、最初から使えていたとすればどうなっていただろうか。
力が強くなったり、足が速くできるとすれば、灯を連れて絶域から逃げ出すことができたのかもしれない。
意味のない仮定だ。身体強化を使えないと発動しないというのなら、あの時点でギフトタグを使えているわけがないのだから。
それでも、由流華はどうしても考えてしまう。たくさんのもしが頭に浮かび、後悔の念を増幅させていく。
「由流華、大丈夫?」
はっとして、正面のノエルを見返す。心配そうな眼差しを向けて、姿勢を直して前のめりになっている。
「……大丈夫じゃない」
「え?」
ぼそりと口の中でつぶやいた言葉は、ノエルの耳には届かなかったようだが。
剣を掴む。ぎゅっと歯を食いしばって、立ち上がりながら勢いよく持ち上げる。すぐに持ち上げられなくなって、腕が震える。
それでも構わずに全力で剣を持ち上げる。
灯を失って以来の、強烈な衝動が自分のうちに芽生えていくのを感じる。ずっと何の感情も湧かなかったのに、今まで溜めていたかのように湧きあがっていくものがあった。
これは、怒りだ。
灯を守れなかった。失ってなお、のうのうと生きている自分に対する怒りだ。
そのすべてを右腕に注ぎ込む。涙すら浮かび、歯も食いしばり、腕も痙攣するほど力を込める。
「由流華! ちょっと落ち着いて!」
ノエルの声がする。けれど止まらなかった。
激情が由流華のすべてを満たしている。剣が重たいのかもわからない。持ち上がらないままだが、それも気にならなかった。
「由流華!」
由流華の腕をノエルが掴んだ。激情のままノエルを睨みつける。
ノエルの真剣な眼差しとぶつかって、由流華の激情が少し冷えた。
剣を握る力も少しずつ弱まり、やがて完全に離した。剣が地面にどすりと落ちる。
「……落ち着いた?」
「……うん」
目を逸らして頷く。とても恥ずかしいことをした心地で、ノエルの目を見ることができなかった。
あんなに気持ちが昂ることなんて、これまでの人生でも感じたことがないものだった。自分の中にあんなものがあったことに、戸惑いすら感じている。
「今日はここまでにしておこうか?」
「うん……あれ?」
違和感に声をあげる。
体の感覚が何か違うような気がしていた。どこがと言われると分からないが、体の中に何かが巡っているような……
おずおずと、剣に手を伸ばす。ゆっくりと柄を掴んで、持ち上げてみる。
重たい。それは変わらないが、その重さが違った。さきほどまでより、明らかに軽くなっている。右腕は疲れていてあまり力が入らないのだが、それでも一番最初の時のようには持ち上げられている。
「……できた?」
半信半疑の気持ちでつぶやく。
肩に手を置かれた。ノエルが、弾けるような笑みを浮かべて祝福した。
「おめでとう、身体強化習得だね!」
状況についていけないまま、由流華は目をぱちくりとさせた。
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