第8話 身体強化魔法と属性魔法①

 さらに数日が経った。

 ダイアナの言う準備はどうなっているのかはわからなかったが、特に訊くことなく施設内での仕事を続けた。

 事務仕事は本当に最低限のことだけを行い(書類に自分の名前を書いただけだが)、あとは施設内の掃除をしていた。たった数日でルーティンというものもできてきていて、朝食を終えたら食堂の掃除をすることにしていた。

 だが、その日は朝食を終えた後で別のことを言われた。


「今日はもういいよ。仕事は終わり」

「なにかあるんですか?」

「迎えが来るから」


 支度をしてと言われ、由流華用にとあてがわれていた部屋に戻る。支度と言われても私物の類は一切ないのだが。

 棚の上には、ここに来た時に着ていた制服が置いてある。洗濯はしたのでキレイにはなっているが、ここにいる間は一度も袖を通すことはなかった。理由はない、ただなんとなくだった。

 今着ている服も施設から借りたものだ。返すべきだろうと制服に着替え、もともと着ていた服を畳む。

 洗濯をする時間ぐらいはあるだろうかと服を手に部屋を出ると、ちょうどダイアナと鉢合わせた。


「着替えたんだ」

「はい、これ洗濯しようと思って」

「持ってっていいよ。着替えは必要でしょ」

「は、はい……」


 ダイアナは明後日の方を見て、気まずそうにこめかみを掻いていた。

 由流華は服を抱えたまま、ダイアナの言葉を待つ。


「迎えが来たから、今日からユルカはそっちの預かりになる」

「……はい」

「良い子だから、悪いようにはしないと思う。冒険者になりたいのなら、頑張りなさい」

「はい」

「それと……いつでも来な。ユルカの料理は美味しいから、また食べさせて」

「…………」


 それには答えずにいると、ダイアナは手を伸ばしてユルカの頭を乱暴に撫でた。

 それで話は終わったようで、一階に降りるダイアナについていく。

 一階の事務所、カウンターの向こうに一人の女の子が立っていた。由流華を認めると、にっこりと笑みを浮かべて声をかけてきた。


「あなたが由流華?」

「は、はい。そうです」


 緊張気味に応じる。灯以外にはあまり人と関わらないせいで、初対面に人間とはどうしても緊張してしまいうまく話すことができない。

 女の子は由流華より少し上ぐらいに見えた。茶色の癖っ毛に、しっかりとしたメイクが大人っぽく見えた。盾がついたネックレスなど、いくつかのアクセサリーをつけていたが正直それどころではないものを女の子は持っていた。

 背中に剣を担いでいた。大剣と言って言っていい大きさのもので、華奢に見える女の子が担ぐにしては違和感しかない。

 女の子は背中に担いでいるものを感じさせない気軽さで名乗った。


「私はノエル。今日から由流華のことを預かることになったからよろしくね」

「ノエルは腕利きの冒険者だから、ちゃんと色々教えてくれるよ」


 ダイアナは言って、由流華の背中を軽く押した。カウンターを抜けて、ノエルの前に立つ。

 ノエルは由流華を上から下まで眺めて、ふうんと顎に手を当てた。


「制服? それに着替える?」

「いえ、大丈夫です」


 由流華の返事にノエルはまたふうんとうなって、まあいいかとつぶやいた。

 

「じゃあ、行こうか。ダイアナさん、またね!」

「はいはい」


 振り返ると、適当に手を振って苦笑しているダイアナと目が合った。

 何を言えばいいのかわからず、ただ頭を下げた。


「……頑張りなさい」


 ダイアナの優しい声音に頭を上げる。目を合わせて、胸の中にぐるぐるするような感覚が生まれてきた。


「お世話になりました。また、来ます」


 告げると、ダイアナは顔を柔らかくほころばせた。

 どうしてそんなことを言ってしまったのかわからず戸惑っていくと、肩に手が置かれた。


「行こうか」


 ノエルの促しにしたがって、施設を出る。

 ドアを閉める直前、「また暇だ~」という悲鳴が聞こえてきた。


☆☆☆


「由流華はいくつ?」

「ええと……16歳です」


 由流華の答えにノエルは微笑んだ。笑うことに慣れてるかのような、灯と似た笑顔だった。


「私も16歳だから、タメ口でいいよ。その方が私も気楽だし」

「あ……わかっ、た」

「よしよし、朝ごはんは食べてるよね」


 ノエルの確認に頷く。

 ノエルの後ろをついていく。どこに行くのかは知らされていないが、由流華も特に訊かずにいた。

 都市で何度か買い物や外食で出かけたが、道を覚えるだとかそのレベルまでは行っていない。食料品店までは行けるようにはなっていたが、他に何がどこにあるのかはさっぱりだ。

 だから、今どこに向かって歩いているのかも見当もつかない。


「由流華は、トーイロスに転生してどのぐらい?」

「……一週間か、それぐらい」

「そうなんだ。私はね、四年」

「四年!?」


 さすがに驚いて声が出た。由流華と比べれば、途方もない時間に思えた。

 ノエルはなんてことないように明るく笑う。


「うん、だからトーイロスの大先輩なの。安心してくれていいよ」

「はい……」


 四年、という重みにタメ口を使いづらくなった。それを見越したように肩越しに振り返ったノエルがイタズラっぽく笑った。

 ふと、話でわからないところがあったことに気が付いた。訊ねる。


「転生者なんだよね……外国人?」

「ああうん、元の名前嫌いでさ。ノエルって名乗ってるの。ユルカもそう呼んでね」


 早口で説明したノエルが、ぱっと話題を変えた。


「ユルカは冒険者になりたいんだったよね」

「あ、うん」

「ダイアナさんにも言われたと思うけど、結構危険だよ。大丈夫?」

「大丈夫」


 即答する。冒険者が何をするのかはざっとした説明しか受けていないが、危険があるのならなんだっていい。

 ノエルはしばらく由流華のことを見ていたが、不意に視線を外して前を指した。


「あっちの方まで行くから」


 いつの間にか、市場まで来ていた。ダイアナと都市に入ってきた時に通ってきたところだ。

 ノエルが指した方向は、門の向こうだった。都市を出る、ということだろうか。


「どこに行くの?」

「都市の外に川があるから、そこまで。といってもすぐそこだよ」


 ノエルは勿体ぶるように笑って、くるりと振り返って告げた。


「そこで、由流華に魔法を覚えてもらうの」

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