第3話 昔のこと、恋愛、私

いつもの放課後の教室。今日は英語の補習があって、それが終わった後にいつものメンバーとおしゃべりしてる。

私の中で渦巻く色んな感情が、洗い流される気がして心地いい。


「瑠衣ちゃん、ほんと美人だよね」

「それなー」

「おしゃれだし」

「そうそう。いつも瑠衣先生が履いてるヒール、すっごく好き」

「わははー、もっと褒めろ褒めろ」


この時間が好きだ。こういうノリが心地いい。

特に、男と違って、外見をストレートにジャッジしたがらない点は、女子の良さの極みだと痛感する。

アクセサリーや靴をはじめ、「部分を褒める文化」というのを、男は少しは見倣ったほうがいい。

何といっても、男というのは、言葉を濁す、なんていう文化もなく、何でもかんでも直球でしか伝える術を知らない生き物だ。


そのせいで、ずいぶん苦しんできた。


男子だけの空間でずっといると、息苦しい。

『あの場所』にあったのは、外見だけで人を判断して、セックスの経験や彼女がいる・いない、スポーツができる・できないで決まるヒエラルキー。


そこから落ちてしまうと、とたんに最下層行きだった。

その後には、不名誉なあだ名をつけられて嘲笑され続ける日々が待っている。


ブサイク

オカマ

ホモ

ゴリラ

ブタ

使えない

似合わない

キモイ

感染うつ


口を開けば、あいつらは罵倒しかしてこない。

見返すだけの取柄もなく、ずっとこんな言葉をかけられ続けた。


――どうしてあいつらはあんなことを言うんだろう

――どうして私はこんなに醜いんだろう


同性への憎しみと恐怖以上に、自分自身への嫌悪感が日増しに増大していった。


私は、奴らのことも、そして自分自身のことも、心底嫌いで、憎んでいた。


『もっと、もっときれいな顔で生まれていたら』


何度思っただろうか。

何度言っただろうか。


それは呪文だった。

いや、『呪い』と言ってもいい。


大人になり、少しでも綺麗になりたくて、メイク動画を漁り続けた。

その甲斐あってか、今では鏡に映る自分を見ても、かつてほど嫌悪感は感じない。


それでも、あの嘲笑が、頭から消えることは、決してない。

綺麗にメイクをしたはずの自分の顔に、吐き気がする。

脳裏によぎる言葉が、私に容赦ない現実を突き付けてくる。


まさしく、呪いだ。


もし許させる世界があるなら、私は一人残らずあいつらに復讐してやる。


「――ねぇ瑠衣ちゃん。私と付き合ってよ」

「あ、ずるい!私だって立候補する!割とガチで!」

「はぁ……私はやめとけ。いいことないぞ」

「えぇ!?ど、どうして」

「ばーか。生徒と付き合えるかよ。それにな、私には色々あるから。分かるだろ?こんなんだからさ。言えないことが……あるのさ……」


自分を指して、あえてそう言った。


少し感傷的になりすぎてるだろうか。

昔を思い出すと、本当に碌なことがない。


気にした生徒が、気遣うように続きを促す。


「それって……瑠衣ちゃんの、秘密?」

「あぁ。トラウマと言ってもいい。クソみたいな思い出さ」

「……瑠衣ちゃん……」

「大抵はお前らと話せてると忘れられるんだけどな。たまに思い出しちまうんだよ」


向かい合わせで座っている彼女たちに向けてさらに続ける。

吐き出すように、あまり口にしない本心を、少しだけ晒した。


「私はさ、恋愛ができないんだ。怖いんだろうな」


あんなに酷くて最悪の感情の中にいて、私は他人も、自分自身も信じられなくなった。


それでも、昔たった一度、好きな男ができた。


でも、彼の声は結局、私には届かなかった。

――いや、私のほうが、聞こうとしていなかった。できなかった。


綺麗だと言ってくれる言葉を信じられず、いくら自分を飾っても彼に見合う自分になれず、私はどんどん自分を嫌いになっていった。


もう、あれが限界だった。


『捨てられた』と思うようにしてたけど、結局は私の方が、彼に歩み寄ろうとしなかったんだ。

彼を、男というのを、心の底から信じることができなかった。


「私は――ひとが怖い。特に同性の中にいるのは、恐怖でしかない。嘲笑う声が、頭から離れない」


彼女たちは、どんな顔をして聞いてるんだろうか。

目を開けるのが、少し怖い。


「結局さ。私は恋愛よりももっと前の段階でつまづいてるんだ。人を信頼できない。信頼なんてしたことがない。そんな人間が、恋なんてできる訳がない。でも……身体の反応は、嘘じゃないって分かる。だからだろうな、身体だけの関係ばかり求めるのは」


その瞬間だけは、私の身体を求めてくれているのが分かるから。

セックスしてるときの身体は、私に嘘をつかないから。


どんな睦言を言われても本気にできず、結局は自己嫌悪の螺旋から抜けられない私には、それが私自身を守ることに他ならなかった。


「別にさ、いいんじゃん?」

「――!!」

「恋愛って、『マスト』じゃないでしょ?しなきゃ駄目、とか、義務、とか。そんな恋愛、ダルくてうざいだけって感じするし」

「うん。あたしもそう思うよ?なんかさ、そんなの変だし窮屈だよ。もっと自由でいたいよね」

「お前ら……」

「だからさ、瑠衣先生。今度、あたしらにエッチのこと教えてくんない?」

「……ぶはっ!アハハハ!そ、そう来るか!ハハハハ」


私は『輪』から外れてると思ってた。

たぶん、それは合ってると思う。


でも、それは私が考えていたよりも、ずっとずっと、どうでもいいことなのかもしれない。


ずっと独りだったし、他人のことなんて、当てにできなかった。


でも、独りじゃないのかもしれない。

そう思えるようになった。

少なくとも、私にはこの子たちがいる。

私が固執していたことを、一蹴してくれる、頼もしい子達が。


――この子たちがいてくれてよかった――


「いいぜ。とりあえずは自衛手段からな」

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