第3話 モンスターの記憶
縹と柏木が中学生の時、一つ上の学年に、たちの悪いグループがあった。気の弱そうな子をみつけてはいじめを繰り返す。リーダー格の青木は、両親に溺愛されていて、被害者の子が学校に訴えると「うちの子が濡れ衣を着せられた」「むしろいじめられているのはうちの子のほう」と、猛烈な剣幕で学校に乗り込んできた。
青木は昨年、別の中学から転校してきていたのだが、前の学校でもトラブルを起こして、親が都の教育委員会に乗り込んだ経緯があるらしく、学校内では腫物のように扱われていた。
やがて、おとなしくて一種のオタクでもある柏木が、奴らに目を付けられてしまった。
青木は柏木を殴り、もっと痛いことをされたくなかったら、コンビニエンスストアでトレーディングカードを万引きしてこい、と命令した。高値で転売できる品物を盗ませようとしたのだ。
ある日の下校中に、柏木に泣きつかれた縹は、青木に対峙した。
「盗りたいなら自分でやれよ。お前らのやり方は卑怯だぞ」
下校途中のコンビニの駐車場で、青木の一派に怒鳴った。縹の背後では、柏木が鼻血を流してうずくまっていた。
こんなとき激情を止めることのできない性格を、「縹は正義感が強いから」と柏木は羨望混じりの尊敬のまなざしでみつめてくれる。しかし、それは喜怒哀楽と同じように縹に生まれつき備わっていた感情で、特別なことはなにもないのだ。青木に立ち向かうのも、もはや勝手に体が動いた、という感じだった。
「なんだよ、こいつ」
「知ってる。一年三組の縹だろ? カッコつけんじゃねーよ。」
青木は五人ほどの子分とともに縹を取り囲んだ。にやにや笑う。
「おー、『自分でやれよ』か。お前が俺に泥棒を命令したって、うちの親に言ってやるよ。お前の親、地方公務員だろ。うちの親は、都議会の議員にパイプがあるんだぞ。すぐクビにしてやるからな」
青木の親にそんなことできるわけがない、と思う。しかし、親に多大な迷惑をかけることになりそうだ、と思うと、一瞬縹の気持ちが揺れた。
「……もういいよ。ごめん。縹の家に迷惑かかっちゃう……」
すっかり怯えてしまった柏木が、背後から涙声で言う。
そのときだった。
「もういいんじゃないですか? 目的のカード、先輩たちもう持ってるじゃないですか」
場違いな明るい声がした。
縹が横を見ると、そこに小柄な中学生がいた。それが小原幹生だった。
いつも少し顔色が黒ずんでいて、「なにか持病でもあるのではないか」とみんなに噂されている生徒だった。
「なんだよ」
「ほら、それ」
小原が青木たちのスポーツバッグを指さした。駐車場の車輪止めのブロックの上に、無造作に置かれている。外付けのポケットから、カードのパッケージがのぞいていた。さっきまで、柏木に「盗って来い」と命令していた例のトレーディングカードだった。
「なん……なんで。お前が持ってきたのか?」
状況が理解できず、いじめっ子の青木はしどろもどろになる。
「お前が自分で買ったのか?」
縹が面食らって小原にたずねると、小原は、へらりと不気味に笑った。
「違いますよー。青木先輩が自分で盗ったんですよ。僕、決定的な瞬間を見たので、お店の人にもしらせておきました」
ほどなくして近くの交番から制服の警察官がやってきた。コンビニの店員が呼んだようだ。警察官は、小原とコンビニの店員に話を聴き、青木を交番まで連行することになった。
そのあいだも、青木は自分の身に起きていることが理解できす、ただ呆然としていて逃げることさえできなかった。
「こ、こんなの、絶対おかしいだろ、俺が盗ったっていう証拠はあるのかよ!」
青木は警察官に叫んだ。たしかに、青木たちはさっきからずっと駐車場で、縹と柏木にからんでいた。カードを盗んでくることはできないはずだ。しかし、店内の防犯カメラの映像には、中学の制服を着た青木が万引きをするところがばっちり映っていた。
「言い逃れはできないぞ。店内の防犯ビデオにちゃんと写ってるんだ。自分の目で確認してもらおうか」
警察官は無慈悲に言った。
その後、青木がどうなったのか、詳しい事情はわからない。しかし、どうやら二度目の転校をするはめになったらしく、校内では見かけなくなった。
縹と柏木は、後日、真相を小原にたずねた。
小原は、誰もいない屋上へふたりを連れて行った。
「どんな工作をしたかって?」
少しもったいをつけるように間をとって縹と柏木の顔を交互にみつめたあと、こう言った。
「じゃあ、僕と友達になってくれる? そしたら全部話すよ」
縹と柏木はうなずいた。
小原は、嬉しそうに微笑んで話し始めた。
「僕は、青木の顔になって盗ってきたんだよ。ちゃんとレジ前の防犯カメラに映るように角度も工夫してさ。光学的擬態、そういう能力なんだ」
縹は信じられなかった。そんなのは、アニメかなにかに出てくる怪盗の技だ。
小原は少し照れくさそうに笑いだした。
「怪盗かあ。たしかにね、そういうことできる能力だよね。でも僕はやらないよ。そんなことしたら、人間の世界で生きていけなくなっちゃうから。犯罪は生き延びるための最後の手段だよ」
「俺、しくみはよくわからないけど、助けてくれてありがとう」
柏木が大きく頭を下げた。それを見て、小原は急に心中複雑そうな表情になった。
「いや……あれは、余計なことしちゃったよね。助けた代わりに、僕の能力の事は内緒にしておいてね。絶対に誰にも言わないでね。じゃないと、僕誰にも信用されなくなっちゃうから」
最後のほうは懇願するような口調だった。
十五年前の縹少年は、狐につままれたような気持ちでこの会話を聞いていたのだが――。研究者となった柏木は、小原の能力のことをずっと解明したいと思っていたようだ。
「縹、俺たちが出会った小原幹生は、本物のカメレオン人間だったんだよ」
「お前は、あいつがそういう化け物だと思ってるのか。ええと、なんだ。タコの仲間とか……?」
柏木は、泡の消えたビールのグラスをじっとみつめて、険しい顔つきになった。
「俺たちはそろそろ、彼らを分析し、対抗する手段を考えるべきなんだよ。俺には、お前みたいな正義感はない。でもこれは俺なりの使命感なんだ。人類の危機を、見て見ぬふりはできないんだよ――」
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