第39話:自縄自縛




「フェデリーカ嬢!大丈夫か!?」

 石畳に座り込んでいたフェデリーカを立たせたジェネジオは、そのままふわりとフェデリーカを抱きしめた。

「油断した……すまない。怪我を増やしてしまった」

 耳元で優しく囁かれ、フェデリーカは今更ながらの痛みと恐怖で体が震えてくる。

「何が……?」

 フェデリーカの問いに、ジェネジオが首を振る。


「実は、私も解っていない。公爵家うちの騎士達が近付いて来るのが見えたので、押し付けてしまった」

 フェデリーカを抱きしめる腕に力が入る。

「ただ、女はタヴェルナ侯爵令嬢だった」

 ジェネジオが告げた名に、フェデリーカの体が震える。

「こちらに居たのは、カルカテルラ子爵令嬢でした」

 フェデリーカも見た事実を伝える。


「あのクズの愛人か」

 忌々いまいましげにジェネジオが呟く。

 まだスティーグの起こした事件の影響は消えていないようだった。




 伯爵家ではなく、ダヴォーリオ公爵家に二人揃って帰って来た。

 予定よりも早く、しかもフェデリーカと一緒に帰宅した兄をからかおうと顔を出したイレーニアは、二人の表情を見て笑顔を引っ込めた。


「何かあったの?」

 応接室に入った途端に席にも着かず聞いてきたイレーニアをフェデリーカの横へ座らせ、ジェネジオは起こった事を簡単に説明する。

 そして「父上に報告してくる」と、フェデリーカをイレーニアへと預けて、部屋を出て行った。


「フェディ、怖かったわね」

 イレーニアがフェデリーカを抱きしめる。

「加害者だけど被害者だからと、罰を軽くしたのが間違いだったのよ」

 自分以上にいきどおっているイレーニアを見て、フェデリーカはフフッと笑う。

 やっと現実に戻って来たのを実感したのだった。



 フェデリーカがイレーニアと話をして心を落ち着かせていた頃。

 ジェネジオは、執務室で父親相手に興奮していた。

「なぜあんな女を見逃してやったんですか!そのせいでフェデリーカ嬢が危険な目にあったんですよ!」

 父親の襟首を掴みかねない勢いに、室内に居た家令が側に寄って来る。

 いつでも止められる位置だ。


「タヴェルナ侯爵家は、建国当初からある貴族家だ。おいそれと潰せない。王家からも、頭の挿げ替えで許すように打診されたのだよ。だが今回の醜聞で、分家から養子を迎えるのに誰も首を縦に振らなかった」

 ダヴォーリオ公爵がにこやかに息子に説明する。

「あの娘は許された訳では無い。後継が決まるまで、処分保留になっていただけだよ」

 ここで一度大きく息を吸い、笑顔を消した。


「我が公爵家を蔑ろにした者達を、この私が見逃す訳が無いだろう?」

 何度も令嬢の行動に抗議の手紙を送っていたが、ことごとく無視されていた。

 実はかなり腹にえかねていたようだ。


「今回の件で、さすがに侯爵家自体が無くなるだろうね。令嬢だけの問題で済ますには、悪質過ぎる」

 伯爵令嬢を誘拐し凌辱するように、それなりの組織に依頼している。

 無論、協力者のカーラと実家であるカルカテルラ子爵家も、お咎め無しの訳が無い。


「カルカテルラ子爵家も、慰謝料を払うだけで済んで良かったと、心を入れ替えれば良かったものを」

 カルカテルラ子爵家は、ベッラノーヴァ侯爵家との婚約破棄の一因として、ティツィアーノ伯爵家から慰謝料を請求されていた。

 その額はカルカテルラ子爵家が簡単に払える額ではなく、おそらく今代こんだいだけでなく、次代までの借金となるだろう。



 フェデリーカを襲わせた目的は、タヴェルナ侯爵令嬢セレーナとダヴォーリオ公爵家三男であるジェネジオを結婚させ縁を結ぶ事だろう。

 そして完全な傷物のカーラを、ジェネジオの第二夫人にでも宛てがうつもりだったのだろう。


 フェデリーカが居なくなれば、セレーナがジェネジオに選ばれるという考え自体が理解出来ないが、そこは爵位至上主義のタヴェルナ侯爵家らしいと言えば、らしいのかもしれない。



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