第38話:露見する悪意




 完全に油断していた。

 フェデリーカは勿論だが、ジェネジオも。

 まさか1日に2度も危害を加えられるとは、思っていなかったから。


 ジェネジオとフェデリーカは、繋いでいた手を力尽くで引き離された。

 フェデリーカの腕を掴んだ女は、そのままフェデリーカを道連れに、地面にしゃがみこんだ。

 ジェネジオの腕を掴んだ女は、そのままジェネジオの腕を抱き込むように腕を組み、しなだれ掛かる。


 女達の甲高い声が響き渡る。

「なぜ婚約者の私を差し置いて、そのような伯爵家の女と一緒に居るのですか!?ジェネジオ様!」

「フェデリーカ!どうしていつもいつも泥棒猫のように、婚約者のいる男を誘惑するのよ!」



 ジェネジオは腕掴まれた腕を力一杯振り払った。しかし、どれ程の力で掴んでいるのか、腕から離れない。

 腕に絡む女を見る。

 倒されたフェデリーカが気になったが、まずは危険な女を引き剥がさなくてはいけない。


「お前……!」

 ジェネジオの顔が険しくなる。

 腕に絡んでいたのは、侯爵令嬢セレーナ・タヴェルナだった。

「ジェネジオ様。そんなけがれた女などより、家格も品格も上の私をお選びくださいませ」

 ジェネジオと目が合った女は口の端を吊り上げる。

 目には狂気を孕んでいた。



 引き倒されたフェデリーカは、未だに腕を掴んでいる女に目を向ける。

 腕を掴んでいる指に込められた力の、あまりの強さに痛みで顔が歪む。

「アンタだけ幸せになるなんて許さない」

 ボソリと呟かれた声の低さに、背筋が寒くなる。

「カルカテルラ子爵令嬢……」

 腕を掴んで蹲っているのは、スティーグの恋人のカーラだった。


「私の婚約者を誘惑しただけでは飽き足らず、また違う男を咥え込んだの!?どれだけ恥知らずなの!この阿婆擦あばずれ!」

 それはフェデリーカに言っているというよりは、周りに聞こえるように声を張り上げているように見えた。

 実際に、周りにいた人々が何事かと足を止め、四人に注目している。



 カーラとセレーナは、とにかくフェデリーカを陥れる事だけを考えていた。

 セレーナは、あわよくばジェネジオと結婚したかったし、カーラはその愛人となり養って欲しいと思っていた。

 だが、それが叶わなくてもかまわなかった。

 只々ただただフェデリーカを自分達と同じ所まで引きずり落としたかった。


 これだけ騒げば、醜聞が広がるはず。

 自分達と同じように、まともな結婚など望めないはず。

 ジェネジオと結婚しても、せいぜいが騎士爵の三男だ。

 阿婆擦れという不名誉な仇名も、底辺まで落ちた評価も、消し去る事は出来ないだろう。


 自分達のように。



 ジェネジオは、セレーナの手首を強く掴み力を入れた。

 痛みに怯んだセレーナの腕を掴み返し、そのまま見物人の方へとぶん投げる。

 まさか女性相手に、騎士候補者がそのような行動に出るとは思っていなかったセレーナは、禄な抵抗も出来ずに吹っ飛んだ。


 それを見た野次馬は、巻き込まれないように慌てて逃げる。

 その空いた場所に数人の男が走り込み、セレーナを受け止める。

 そしてそのまま石畳へと組み伏せた。



「誰か衛兵を呼んで来てくれ!私はダヴォーリオ公爵家の騎士だ!前々から内偵していた詐欺師を捕まえたと、そう伝えてくれ!」

 セレーナを組み伏せた男は、ダヴォーリオ公爵家の紋章入りの騎士章を掲げる。


「え?何?何なのよ!」

 セレーナを拘束している騎士以外の数人が、フェデリーカの方へと走って来る。

 そして事態を理解出来ていないカーラを後ろ手に拘束した。

 それを茫然と見ているフェデリーカも、実は何も理解していなかった。



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