第8話:したたかな……
保健室へたどり着いた三人は、まずイレーニアが教室での事を保健医に説明した。
そして「入学したばかりなのに、こんな暴力沙汰など……父が聞いたらさぞかし残念がるでしょうね」と呟く。
それからフェデリーカへと視線を向ける。
「慣れない所で不安でしょう?」
態とらしいくらいの優しい笑顔でフェデリーカへ問い掛けると、フェデリーカも涙を浮かべてコクリと頷く。
その様子を見た保健医は慌てて立ち上がる。
「怪我は無いようですが、落ち着くまでここで休むと良いでしょう。担任には私が報告しておきますね」
若干引きつった笑顔でそう告げた保健医は、急いで部屋を出て行った。
扉の閉まる音の後に、遠ざかる足音が微かに聞こえた。
三人の視線が扉からそれぞれへと移動する。
先に動いたのは、フェデリーカだった。
「ご協力感謝いたします」
ペコリと下げた頭を上げると、先程までの儚い雰囲気は表情から微塵も無くなっていた。
いつも通りのフェデリーカに安心したのか、ロザリアが口を開く。
「あの、何があったのか聞いても?」
ロザリアの問いに、フェデリーカの眉がピクリと上がる。
「よくぞ聞いてくれたわ!」
フェデリーカは、昨日のロザリアが帰った後に馬車の待合室であった出来事をまず話した。
「でも、それは無かった事にしたのですよね?」
居合わせたイレーニアに、フェデリーカは口止めをしていた。
「はい。幸い目撃者はダヴォーリオ公爵家の方々だけでしたので、それも今日お願いするつもりでしたの」
その前にカーラが絡んできたのだ。
「今の私は、婚約者の浮気を知らない健気なか弱い令嬢です」
グッと握り拳を作りながらフェデリーカが宣言する。
「……か弱い?」
ロザリアの呟きは無視された。
「次にスティーグ様が皆の前で絡んで来たら、健気ながらも婚約者を諫める令嬢になります!」
「うん。健気かどうかはともかく、貴女らしいわね」
またもやロザリアの突っ込みは無視され……無かった。
「もう、さっきから茶々入れないでよ、リア」
フェデリーカが口を尖らし、可愛く抗議する。
その二人の様子を見て、イレーニアがフフッと声を出して笑った。
公爵令嬢のイレーニアには、とても珍しい事である。
「お二人は本当に仲良しなのね。私も仲間に入れてくださる?」
イレーニアの言葉に顔を見合わせた後、二人は「勿論!」と笑顔で答えた。
改めて自己紹介をし、実はロザリアの婚約者の公爵家令息がイレーニアの2番目の兄の友人である事が判明した。
「破天荒で可愛い婚約者だと自慢してましたわよ」
イレーニアに言われ、ロザリアが半眼になる。
「小さい頃は木登りをしたり、虫を捕まえたりしていたとか」
「あら、それくらい子供の頃なら誰でもしますわ」
ロザリアは、何だそんな事か、と笑う。
「自然の多い領地で育ちましたから、ね」
フェデリーカもロザリアと一緒に笑う。
二人は、まだつかまり立ちをする頃からの幼馴染だった。
ロザリアの婚約者は、もう少し大きくなった頃に、ベルティネッリ伯爵領へ療養に来ていた。
「未だに何で婚約になったのか解らない」
婚約者にべた惚れされているロザリアは、よくそんな愚痴をフェデリーカにこぼしていた。
それでもとても仲の良い二人の関係も、フェデリーカの憧れだった。
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