第9話:立場が違えば




 1限目を保健室で過ごした三人は、2限目から参加する為に教室へと戻った。

 ロザリアが扉を開き、イレーニアに支えられたフェデリーカが教室へと入る。

 集まった視線の中に、悪意の込められたカーラの視線があった。

 取り巻きたちが遠巻きにしているのを見ると、担任に注意でもされたのだろう。


「健気でか弱い、健気でか弱い、健気でか弱い」

 呪文のようにフェデリーカは呟く。

 そうしないとカーラに「怒られた?自業自得よ」とか言ってしまいそうになるからだ。


「フェディ、謂れのない誹謗を受けたのでしょう?無理はしない方が良いわよ」

 ロザリアが席に着いたフェデリーカを気遣う。

「ひ、誹謗じゃ無いわよ!私はスティーグの恋人だもの!」

 カーラの反論に、イレーニアが首を傾げる。


「貴女、昨日の自己紹介で侯爵家嫡男の婚約者だとおっしゃってましたわね?スティーグと言うのは、その方の事ですか?家名は?」

 イレーニアの矢継ぎ早の追求に、カーラはグッと口を引き結ぶ。


「あら、昨日はそちらのご友人達へ、ベッラノーヴァ侯爵家のスティーグ様が婚約者だと声高に言ってらしたわよね?」

「えぇ。私の婚約者と同姓同名の他国の方だと思っておりましたので、私も覚えております」

 ロザリアとフェデリーカが「ね?」と顔を見合わせた。



「あ、あんたね。昨日、スティーグに立場を弁えろって言われたのに、何よその態度!」

 カーラがフェデリーカに言うが、フェデリーカは不安気な表情を浮かべるだけだ。

「昨日フェディは、私と馬車待ちしてたわよね?」

 フェデリーカがロザリアの言葉に頷く。


「その後よ!アンタが帰った後に、私とスティーグが声を掛けたのよ!」

 カーラが勝ち誇ったように言う。

「あら、その後は私と私の兄達と一緒でしたけど、わ」

 イレーニアの台詞に、カーラは目を見開いた。



「結局、ベッラノーヴァ侯爵家のスティーグ様の婚約者はどちらなの?」

「普通に考えて、伯爵令嬢よね」

「確かティツィアーノ伯爵令嬢は、書面も交わしてると言ってましたよね」

「その事を言われて、カルカテルラ子爵令嬢が、ほら……ねえ」


 周りで成り行きを見守っていたクラスメート達が、ヒソヒソと話し始める。

 朝のやり取りのせいもあり、カーラの旗色はかなり悪い。

 実際にスティーグの婚約者はフェデリーカであり、カーラは不貞の相手なので当然である。



 しかしカーラからしてみれば、自分の方が先にスティーグと付き合っており、横取りしたのはフェデリーカだった。

 スティーグもカーラへ愛を囁き、フェデリーカを「カーラの身代わりのお飾りの婚約者」だと言う。


 子爵令嬢では侯爵家の正妻になるのは厳しいらしい。

 しかし伯爵令嬢のフェデリーカは、スティーグの家との業務提携がある政略結婚なので、破棄される心配は無い。


 正妻をフェデリーカに。

 愛妻をカーラに。


 スティーグからはそう説明されていた。

 スティーグの父であるベッラノーヴァ侯爵からも、「正妻は無理でも、家には迎えてやろう」と言われていた。

 愛妻にという事は、結婚を約束されたも同義だ。


 愛される妻に、お飾りの妻が挨拶をするのは当然だろう。

 婚約破棄は出来ないのだから、今から立場の違いを解らせようとしたのだった。



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