エピローグ フラグ回収師と主人公 二話

「海人……やはり、ここに居たか……」

「リーナ、か」

 深夜、月明りだけが周囲を暴く時間帯、自然の光だけが頼りの世界に――俺は、アイツらの眠る墓場の隣で身体を横にしたまま寝転がっていた。クッションのように柔らかい草木の感触を実感しつつ、俺は月を眺める。

「君が居た日本だと、この行為は失礼に値すると思うけど?」

「別に、ココは日本じゃあるまいし。形式だけでもアイツらと一緒に居たいだけさ、残りの時間を……」

 メアの口から直接仲間を失った旨を聞かされた翌日の朝には、ここへレイナ達の亡骸を埋葬した。しかしアメリの亡骸だけはガラスト王国民とレイナの親族の猛反対に遭い、亡骸はメッタ刺しされ切り刻まれた挙句、首は民衆の前で晒され。その後、肉食獣の餌となり骨は灰になるまで燃やされたらしい。

「アメリの件……すまなかった」

 俺が意識を失う間、アメリの遺灰は捨てられたので一度も死体を見ていない。

「リーナが責任を感じるところじゃないぞ。全ては意識を失っていた俺の自業自得だからさ」

「いいや、それは違う。フラグ回収師として被害者の亡骸を何としてでも主人公に届けるべきだった。それすら今回は……叶わなかった……私の失態だよ、全て。君に責められても文句は言えまい」

「なぁ、リーナ……あの時、俺はどう行動するのが正解だったと思う? 別の選択を受け入れていたなら、悲劇は……回避できたと思うか?」

 和解や、俺自身の消滅、あるいはアメリの殺害が成功したなら。

 シャボン玉の如く容易に崩れ消える淡い希望を、俺は固唾を呑んでリーナへ問うた。

 一度で良い「ああ」と、その二文字を口にするだけ――同意するだけで、この世界がマシと思えるから。

 ……だから。

「奴は創造神だ。いくら選択肢を変えようとも、根本となる設定が変わらなければ同じ結末に辿り着く。これが我々の現実で、敵対するフラグ――創造神の持つ力だ」

 ……言って欲しかった。

黙り俯く俺をよそに後ろのリーナは言葉を続ける。

「怪我も無く私達やメアが帰還できたのも、奴の力で魔王勢力側の魔族が一匹残らず消滅した恩恵……いいや、呪いのお陰という訳だ。少しは理解できたかい? これが創造神の権能、力が……」

「俺は……どうすれば!」

 涙を堪え、俺は上空へ目を向ける。

夜空は青や赤の色鮮やかな星々で満たされ美しく、まるで――レイナ達仲間の死を忘れたように一層強く星は輝いて見えた。

「……夜空」

 突然、数分の沈黙をリーナが破ったと思えば、口に出した言葉はごく当たり前、誰もが理解する呼称。

否、その口調は俺に語り掛けているようで違和感が仕事をしていた。

 ……俺が異世界の住人だからって暗闇の空に輝く光の名称は全人類共通だ。今更ソレを口に出す必要性が果たしてあったか?

「夜空だよ……佐藤夜空……全てのフラグと不幸の元凶。君の仲間を使い、殺すよう指示した……創造神の名前だ」

「佐藤夜空……」

 言葉を咀嚼する俺にリーナはあろうことか、サラっと会話の終着点――目指すべき方向を教え、更に言葉を並べた。

「我々フラグ回収屋の目的は創造神から押し付けられる理不尽、奴に与えられた過去未来現在の事象や性格、あらゆる負のフラグを取り除き――忌々しい創造神をこの手で殺すことにある」

「俺には、もう関係が……」

仲間を全て失った悲劇の主人公など、無能など、ココで朽ち果てた方がマシだと思う。

 殺す理由はあるけれど、フラグ回収屋に属する必要が失われた今、リーナとの旅はここで終着を迎える。魔王というフラグを取り除いた以上、関わる必要性――リーナ達に付いて行く目的が無いのだから。

「少なくとも私には関係があるよ……私のミスで海人の仲間を殺した、だから君には奴へ復讐する権利も、私達との終わらぬ旅に同行する理由もある」

「復讐……か……」

 レイナの亡骸を右手で触れた時を思い出してしまう。

 彼女の腕は氷のように冷たくて肌は雪のように白く染まって、永遠の眠りについた。表情も手足の関節も二度と動かない――大好きだったレイナは、もうこの世にいない。未だに彼女が居るのではと思ってしまう。彼女の笑顔が好きで、気が強いところや時折見られる照れた姿も好きで、立場の弱い奴隷や施設の子供を支援する正義感が好きで……俺を愛してくれた事が一番好きだった。

 気が付けば仲間が埋まる墓の前で、俺はレイナを抱えながらその場に崩れると、涙が枯れるまで泣き続けた。

「彼女を、殺したのは……俺だ……」

 レイナも俺が創造神に復讐したいと思うのと同じで、俺を殺したいのだろうか。

「結果的には、だがね。しかしながら物語の展開を操り仕組んだのは創造神。だから私はヤツを殺すのさ、二度と海人のような被害者を出したくないから……」

 ……俺も復讐を遂行して創造神を殺したい衝動に駆られるが、心の奥底にはソレを否定する思考がこびり付いて頭から離れず、思わず口にしてしまう。

「なあリーナ、別の方法で創造神を止められないのか。奴を殺せば、俺達の身がどうなるのか分からないだろう……」

 力でねじ伏せるリーナのやり方に対し、俺は自然と疑問を呈していた。

「家族と友人の家族、隣人や恋人同士を争わせて略奪、暴力、暴言、拷問、等を引き起こす奴を力以外で対抗し、止められるとでも?」

「……」

 俺の心は未だ、復讐と話し合いの相反する二つの感情が右往左往して対立を続けていた。

「リーナ、俺は……どうしたら……」

 創造神を殺したいと思う反面、創造神に対抗する力や知恵も無いうえに平和的解決を願う自分も居る。

自分自身では決められなかった。

「……少なくとも君が必要だ、私には。使える使えない以前に――物語、フラグも君を主人公として選んだ」

「物語が、俺を……」

「そうだ。諸悪の根源である創造神を共に追い出せと、そう言っている」

「リーナ……俺は、お前達に付いて行く事が正解で……創造神を殺す、ソレが本来の正しさであり正義なのか?」

 一世一代の決断ゆえ、選択を誤りたくはなかった。

正直リーナの目的や正しさの在り方に対しては俺と異なる部分があり戸惑うけれど、アイツなりの正義を持っているのは確かで。

「力でアイツを殺せるのなら、暴力は私の正義となり得るだろう。ただ私は、アイツのシナリオと完全に乖離した未来を創りたい……それだけ。分かって欲しい……」

 夜空を仰ぎ見る彼女の紫の双眸に、俺は一時の安心感を覚える。

「探して試せばいいさ、君の正義感を。私の言葉を信じるのも、信じないのも、行動するのも、全部……海人次第さ」

 ……俺の選択次第か、この世界に一人寂しく生活するのも、リーナに付いていきフラグ回収屋としての責務を果たすのも。

涼しい夜の風が人肌をそっと撫で、沈黙を許容すること数分。

 俺は――

「なぜレイナ達を殺しアメリを操り、あんな真似をさせたか……アイツに聞く義務、使命が俺にはある。そして二度と俺みたいな被害者を増やしたくない、レイナの罪滅ぼしをしたい。だから……」

「だから?」

「――俺は、フラグ回収屋の一員になってリーナと一緒に創造神の愚行を止めたい!」

 アイツらに拾われた命、ソレを誰かの為に使わないと天国のレイナにこっぴどく怒られそうだし、この世界で過ごす愚かを彼女は許さないのだろう。

もう二度とアイツの手で命が摘み取られないように……俺がこの世界で果たせず終わった理想、人の自由と命を守り抜く為に。

「この表情だと覚悟は決まったらしいね……私と共に旅をして言葉を交わし……奴を――今度こそ我々の神を殺してやろうじゃないか」

 リーナは正面に立つと左に座る俺へ手を差し伸べた。彼女の表情は柔らかく、何だか嬉しそうでもある。

「ああ、これからよろしく頼むよ。リーナ」

「こちらこそよろしく真神海人くん。早速で悪いけれど行こうじゃないか、次の世界、フラグへ。アイツ――創造神の元まで」

 白制服とピンク髪が草木と呼応し、風でなびく。月明りに照らされてリーナの美しい紫の双眸が覗かせる。

この世界で過ごした日数、時間は多くないけれどレイナ達、掛け替えのない仲間達と出会えた――そしてリーナ、差し出される運命の歯車に出会えた。

だからきっと、俺はこの日、この瞬間を忘れはしないだろう。

「我々の……未来の為に」

 差し出された手を、異常に柔らかく温かい右手を、俺は握り返した。

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