エピローグ フラグ回収師と主人公

 魔王戦から三日目が経過していた。

 相変わらず空に浮かぶ星々は色とりどりに発光し、木々のざわめきや人間の営みは変化と無縁で。

「俺も変わる事ができなかった」

 俺は草木の上で寝転んで、あの日――三日前の悲劇へ想いを馳せる。

 

 気絶後、俺は懐かしさと安心感を覚え薄暗い視界の中、ベッドの上で覚醒した。

「ここ……は?」

 上空の視線いっぱいを占める木造建築特有の木目は、日本人の俺にとって数少ない普遍的事実であり、心の安定剤でもあった。なんせ今俺はココが何処で、なぜベッドで寝ているのか、そしてリーナ達はどうなったか知る由が無いからだ。

「そうだ……リーナとレイナ、それからアメリは!」

「やっとお目覚めかしら? 起きて早々……。いいえ、仲間だったもの……当然の反応ね」

「お前は……メア……?」

 薄暗い部屋の扉の隣、俺から見て右側に居座る人影へ俺は恐る恐る震えながら問う。月明りは俺とベッドやクローゼットを照らすだけの力を持ちながら、影響力はドア付近の人影の正体を暴くに至らない。故に内心は不安と誘拐の可能性で脳内が埋め尽くされ、手汗と震えが止まらなかった。

「そうよ。今、彼女を呼びに行くから……疑問はその時に……お願い」

 そう答えると何一つ知らない俺を無視し、メアは踵を返して部屋を後に――

「待たせたね……身体全体の調子はどうだい? ありったけの治癒魔法を使って修復したけれど……」

 ――あれから数分後、聞き慣れた声音が俺の耳奥を撫でた。

 完全に月明かりの帳が下界へ降り部屋全体を照らし出す頃、記憶と扉は二つの影を受け入れ、開かれる。

「リーナ……! 生きていたのか!」

「当たり前だ、私を勝手に死なせるな! と言いたい所だが、私も海人ほどじゃないにしろ、さっきまで寝ていたよ」

「傷は……?」

 つい弱々しい口調で正面左に座る白制服姿のリーナへ問い掛けてしまう。口から血を吐き、石造りの建物に全身を勢いよく打ち付けられた記憶が蘇れば、ピンピンしている方が逆に怖いと思った。

「心配するな、海人。フラグ回収屋には優秀な回復魔法の使い手。それも目の保養になる女の魔法使いが居るからね」

 俺の心配性が表情に現れていたようで、リーナは胸を叩いて体調の万全さをアピールしてくる。リーナの身体をマジマジと凝視してみるが目立った外傷や切り傷、後遺症も無く発言自体は本当らしい。

「何か……変なモノでも付いていたのかな?」

「全体を舐め回すような、いやらしい目つきでリーナを見て……ケダモノ! 鬼畜! この犯罪者!」

「いやいや待て! 俺はそういう目的で見た訳じゃなくて……」

 突然、何を言いやがるこの女。

雰囲気や展開的にエロ要素なんて微塵も感じないし、情報過多の場面を理解するため必死な俺に、この仕打ちは酷すぎやしないか。

「メア。普通に、一般論として考えれば、一日半寝ていた人間が起きて数十分経たずして欲に支配されるとでも? それに漫画やアニメ、ライトノベルの主人公なんて、特に三大欲求の欠落が激しいのに……」

「そう、だよね。ごめんなさい海人、騒ぎ過ぎた……」

ピンクを基調とするゴスロリメイド姿で謝るメアだが、よく見ると腹部にあったはずの巨大なピンクリボンが丸々消えていた。どうしてだろうと首を傾げた俺に、メア――ではなくリーナが遠回しに答えを教えてくれる。

「君が気絶した直後、私も力が抜けてしまってね。みんな傷だらけで、今にも止血しないと出血多量で死亡していた……ホームズと私、そして海人も……」

 まるで俺に悟って欲しいような口調で言葉を紡ぐ。だが鈍感主人公の血が色濃く残る俺にとって空気を読む事は至難の業で、今も苦手分野だ。

「そうか。迷惑を掛けてしまったな」

「全くもってその通りだし。どれだけ治療に時間と労力を掛けたと思って……」

「ありがとうメア。こんな俺を助けてくれて」

 無力な俺の命を繋いでくれたメア――命の恩人に感謝しなければ、主人公として、人間として何かを失いそうな。俺は気付いた瞬間その場で額を擦り、土下座をしていた。身体中に巻かれたピンクの包帯がメアのモノだと知ったからだ。

「別に……人助けは嫌いじゃない……し。元気で何より……です」

 俺の行動が意外だったか、メアは顔を赤くして俯く。

「案外メアも、かわいいところがあるだろう? 海人」

「茶化すな!」

「冗談だよ……それより本題だ。その後、アメリ……いいや創造神との戦いの結末。海人は訊きたい?」

「ああ、俺が一番聞きたい内容だ」

 たとえ最悪のエンディングを迎える事になろうとも、自身の無力さと創造神が犯した愚行、仲間達の結末を知る必要が俺にはある。

「たとえ、その先に最悪が待ち受けていたとしてもかい?」

この物語の主人公――アイツらの友人として。

「覚悟はできているさ。だから教えてくれ、アイツらの今を……頼む!」

 頭は下げた、ハッピーエンドや最悪の結末も、全て受け入れる準備はできた。

「分かった……その代わり、辛くなった時は無理せず私に伝えて欲しい。この結末は海人のせいじゃないし全ては私の失態、フラグ回収屋を運営する私に一因がある。だから、あまり自分を責めないこと……約束できるかい?」

 ゴクリと唾を飲む音が、乾いた部屋に響く。返答しようにも唇が震えて上手く声が出せずに俺は頷く事しか出来ない。まるでリーナのセリフが、バッドエンドを伝えに来た悪魔に見えて――

「ここからは私ではなく……メアに説明してもらう。彼女が私達の中で一番、物語の後処理に関わっている人間だからね」

「分かったわ、リーナ……包み隠さず全部、私が海人へ説明する」

 ――そして俺は身構えた。

「まず現在時刻は深夜零時、海人は魔王の戦争から約二日間眠っていた事になる。その戦争で私達全員、少なからず怪我を負ったわ。だが幸いな事にフラグ回収屋は誰一人――死ななかった……」

 それを聞いて肩の重荷が少し外れたけれど約二日間眠り姫状態の真実を聞けば腹の虫が鳴るのも当然で、ごく自然的生理現象だった。

「腹の虫がうるさいから手短に説明するわね、それに……いいえ、ごめんなさい。続けるわね。アメリの事……」

「大丈夫だ、覚悟は……している」

「……死んだわ、拳銃で。自らの手でこめかみを……」

 目の前が、脚がおぼつかない。

「海人! 大丈夫? やはり刺激が強すぎたか」

「立ち眩みを起こしただけ。手を貸すまでもない」

 本当は脳内で予想した最悪が当たり前に、当然の如く、結末として現れたからで。悟られまいと俺は近づくリーナの優しさを払う。

「私が創造神を以前の世界で殺しておけば……今頃……」

 俺から見て右側の椅子に腰かけたリーナ本人の両拳は強く、一層強く握られていた。

「リーナ」

「私のことは気にせず話を続行して欲しい。これは私個人の問題であって二人の問題じゃないよ、それに……これ以上時間を掛けてしまえば海人の腹の虫が、臓器を食い荒らしそうだし……」

「随分と物騒な虫だな、おい!」

 お陰で首元が異様に痒くなってきた。

「続けるわね。そしてレイナ達……生存の有無だけど……」

 冗談はさておき、と場面を切り替えるメア。しかし一向に彼女から次の言葉は、セリフが発せられることは無い。

異常事態だ。

今まで通りなら、メアと俺は顔を合わせる度に罵詈雑言の嵐、放送禁止用語連発のお祭り状態と化していたのに。

メアが口籠る理由――

「お前まで俺の精神面を気にする必要は無いからな」

 ――それは俺を守る為だろう。

「……」

「だとするなら無用な心配だ――なんせ、俺は主人公だから」

 わざとらしく胸を張り強がる俺の姿、ソレがアイツらにどう映ったかは分からない。ただ俺のセリフを茶化す言動は一切現れないまま、メアが重い口を開いたのは数分してからだ。

「エルド、彼は最後まで戦い抜いた真の戦士。ガウトは……最後まで自分の体調より仲間を心配していた。テレシアは誰よりも仲間の為、アメリの為に泣いて……レイナは、レイナちゃんは……ひたすら薄れゆく意識の中で君を――海人の名を呼んで慰めて……君のせいじゃないって……ひたすら口にして息を引き取った。病院へ全員が搬送されたけど、みんな助からなかった」

「……そうか、俺がみんなを……殺した、のか……」

 事実として昇華された瞬間『亡くなった』その五文字が取り残され、心の中で何度も反芻される。俺は守れなかった、アイツらの生命だけじゃなくて喜怒哀楽――先にあった幸せ。何もかもの権利を奪い、そして――俺という存在だけ物語に取り残されてしまった。

「滑稽だな。何が主人公だ、なにが魔王復活フラグに悩まされる男だ、被害者面も甚だしい! おい海人! お前が殺した、アメリやリーナでもない。お前だよ、真神海人……アイツらを殺したのは、レイナをこの手で刺したのは俺だ!」

 止めどなく涙が溢れ全てが哀しみで満ちた、何となく予想もしていたし覚悟はできているつもりで臨んだけれど、やはり耐えきれなかった。リーナとメアが俺に話しかけているようだが、興味すら湧いてこない。

「海人、全て私が悪い。私が原因だ」

「海人のせいじゃない、これは創造神が起こした事。だから……」

「だからって、俺が自信を責めない理由にはなり得ないだろ……実際にレイナの命を奪ったのは俺だ! これは俺への戒めであり、償い……」

 もう二度と悲劇を繰り返さず後悔しないように、選択を誤らないように、胸に刻む。

 罪と向き合う――それこそが正しい道であり、死んだ者達に対する唯一の贖罪となり得るだろうと俺は信じている。みんなの後を追う行為、ソレ自体は現状への逃げだと思うから。

「レイナが許してくれるまで……これは続く罪なのだから」

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