第七章 物語のエンディングには何かしらの伏線が回収されるものだ

「みんな黙っていないでさ、私と話そうよ! 魔王も無事に倒せた事だし物語的にも、ココはエンドロールが流れる場面だよ? 堅い雰囲気は、あまり好みじゃないかな」

 魔王死亡後から数分経過していたと思う。

 さっきまで俺とレイナ、見慣れた女は顔を見合わせたまま数分間硬直状態を保ち――否情報過多でパンクしかけた脳を、俺は必死に動かし理解させようと試みていた。まるで感覚は三歩動いて忘れるダチョウ。視覚情報を得ただけで右から左へソレが零れ、忘れた事すらも忘れてしまう。

 そんな無限ループの渦中で、やっと俺はそれらしき返答を探し出すと、聞き慣れた声の主へ感情を振り絞る。

「お前……本当に何を言って……」

 まず状況の理解と動機、言動が追いつかない。額の汗が気持ち悪く、心音の高鳴りがうるさくて俺の集中力と判断力をきたす。頭が締め付けられる。

「アメリ! これはどういう事なの⁉ 何故アナタが……テレシアとガウトを」

「拘束しているか……でしょ? 感動の再開に水を差すような真似はやめて欲しいなー」

 目の前、たった五メートル離れた場所に彼女は居た。テレシアとガウトを引き連れ、アメリが右横に――だが、明らかに様子が可笑しい、シチュエーションから違うのだ。

そもそも膝立ち姿のまま目と口は赤い布で覆われ、両手首には魔法で造られた白い枷が二人の頭上に固定され、両手の自由を奪う時点で感動もクソも無い。

「アメリ! コレは冗談だよな? 俺達をからかう為に用意した盛大なドッキリ……」

「これを見て、まだ冗談と思えるの?」

 倫理観と理性を失った殺人鬼が最新のオモチャを披露するように。アメリはゆっくりプレートアーマー姿の人間と全身赤鎧姿の男に被さる布を笑いながら手で剥がす。表面上の笑みと空気が徐々に乾くのを感じながら、事の重大さを突きつけられ――

「海人……逃げ……ろ」

「アメリさん、は……敵……で、す」

 ――俺は、初めて戦争など終わってはいない事を悟る。

 上機嫌に懐からククリナイフを取り出しテレシアの首元へ刃を沿わせると、アメリは俺達へ視線を合わせ、軽い口を開いた。

「テレシアちゃんを殺されたくなかったら……ちゃんと私の言う事を聞いてね、二人共」

真っ黒な眼光が俺達の行為に釘を刺し、テレシアの首からは鮮血が滲んでいた。

……明らかに俺が知っているアメリと様子が違い過ぎる。

 そもそもアメリが仲間を拘束する動機や敵対行為に身を置く理由が分からない。魔王討伐以前に仲違いする程の大喧嘩が起きた訳でもないし、人間にとって不都合な魔王はもうこの世にいないはずだ。

……人間側を裏切るメリットが思いつかない。

故に考えられる可能性は三つ。一つは魔族による洗脳、二つ目は初めからコチラを裏切る予定だった他国のスパイ説、最後に創造神が送り込んだ……ジョーカー。

彼女は元々戦争孤児で出身もガラスト王国じゃない、未練も無ければ同情もしない。それに魔族が滅べば、次は土地の奪い合いで新たな戦争に発展するだろう。だとすればコチラ側を裏切る理由も十分に納得がいく――操られていない限りは。

「あなた……誰なの?」

 つぶらな黒い双眸を携え、エメラルドグリーンに染められたツンテールを揺らす少女は華奢で、丸い顔つきからは戦争という二文字を忘れさせるほど可愛い。だがしかし、砂埃で黄ばんだ茶色のローブに付着する赤は、それだけは彼女が悪魔だと証明してくれていた。

「申し遅れました……私の名はアメリ・アスター。この物語のジョーカーにして創造神の使徒……真神海人の負のフラグ、ソレ自体の元凶でございます。以後、お見知りおき下さいませ」

 レイナの問いかけに答える女。

血塗れのローブがふわりと浮けば目の前には頭と腰を下げつつ丁寧に礼をするアメリの姿があった。人一倍元気なうえ、いつも俺と言い争う活発女子が、世界で最も規律を嫌がるあのアメリが礼儀正しく頭を下げるのだから。

 ……俺は彼女がアメリだと思えない。多分、中身は全くの別人だと思う。

「おい、お前……本物のアメリを返せ!」

 希望的観測を信じてやまない俺は、気が付けば訳もなく声を荒げていた。前方の偽アメリは俺の反応が意外だったのか、即座にこちらへ直ると瞳をパチクリさせ――

「偽物も何も私が本物だけど……まあいいでしょう、別に。私は私に与えられた任務を遂行するだけ。偽物だと思いたければ、思えばいいのです」

「待て、何をする気だ!」

 ――不敵な笑みを浮かべ、テレシアの背中に拳銃を押し込む。

「嫌……イヤァァァァァ!」

 テレシアの慟哭が絶望を掻き立て、伸ばした俺の右手が己の無力さを際立たせていた。

「残念ながら真実だよ? 創造神はね、アナタが、主人公の君が、苦しみ絶望する顔を凄く見たがっているの。理解できた?」

「……分からねーよ」

理解したくもない、こんな現実あってたまるか。

「はあー。せっかく創造神が分かりやすくジョーカーのヒントを色々なシーンに散りばめていたのに。本当にバカでうんざりするわ、あなた達には……」

 黒い瞳がコチラを射抜くと、続けて。

「まあ、今回は特別に妹自らが教えてあげましょう……私が創造神の使徒、裏切り者だとね」

「ふざけるな、アメリを返せ……今すぐに!」

「今から話す内容を聞いても……そう言えるかしら? 私はリーナが嫌いなの。性格も彼女の目的も全て、生理的に受け付けないの。そんな私が、リーナの指示で訪れたアルラトに無装備で挑むなんて、まず有り得ないわよね。罠が張られているのではないかと疑うはずだもの」

「自分に被害が及ばないと理解したうえで……来ていたと?」

「レイナちゃん、半分正解。もう半分は私の意思で森羅万象、因果関係を形成する事ができる。簡単に言えば法則や世界観関係なしに、自由に物語や展開を拓けるの。その証拠に……科学の後退する世界で私が携帯電話を使用し、時計塔の写真を撮影できたのも創造神のお陰。ブロックノイズ現象を認知していたのも、魔王の前に現れ無傷で完全体魔王の融合を成功させたのも、リーナを疑い続け真相をかく乱し時間稼ぎができたのも、全部……全ては創造神のお陰。いいや……私の力だ」

禍々しい雰囲気、感じたことの無い絶望に、俺は言葉を失いかける。

「アメリ個人の目的は? 私達をどうしたいの? それにメアとホームズ、兄さんは……」

 冷静さを欠く俺をよそにブルーダイヤモンドの瞳は何かを察し、アメリへ問い掛けた。

「ご自分で確かめれば良いかと思います……それにたった今、創造神様のお許しが出ましたので……私は傍観者へと転じる事に致しますので」

 アメリの手から転がってきた鏡をレイナが受け取り、続けて俺も視線を鏡へ向ける。

「メア、ホームズ……!」

数少ない俺の事情を知り、リーナと行動を共にする数少ないフラグ回収屋のメンバーがそこにいるはず。嫌な予感が漂う中、俺とレイナは息を呑んで瓦礫と魔族の死骸が群がる画面を見続けていた。

 ……中々、現れない。

 画面は戦争の悲惨さを映し続け背中を伝う冷や汗の感覚が変に心を乱す。

「現れないぞ、二人共!」

「大丈夫だよ、海人……きっと……」

 焦る俺の心をレイナが優しく諭すが、俺の焦りは募るばかり。

 なんせアメリが羽織っていた焦げ茶色のローブ、それが別れる前と明らかに見た目が違う。ローブ自体、着用していなかったし、部分的に赤色が混じるデザインでもない、裂かれた痕跡――誰かと争った形跡は無かったはず。

 より一層アメリが黒く思え、最悪の結末を想像してしまう。

「見え……た」

 レイナのか細い声を聞き、俺は身を乗り出す勢いで左横から顔を覗く。鏡に映し出される風景には草木や青空、メアとホームズの涼しい笑顔で――結局俺は都合の良い妄想ばかりしていた、もっと周囲や仲間へ注意を向けるべきだったと思い知らされ、同時に自分の無力さをこの上なく恨んだ。

 石で造られた床全体はひび割れ、砂漠のように生命が衰退した世界。

人血と死体が所々に散乱し死体の上へ死体が重なる地獄――右腕や脚を失う骸、頭部が落とされた死体に群がるハエ。鏡越しに死臭が伝わりそうで思わず顔をしかめ、転がる同族と魔族の肉片に吐き気を覚えつつも、血の池と乾いた大地を蠢く二つの影が俺達の方へ少しずつ這い寄り――それは身体中、出血する人間だと理解できる。

「だ、大丈夫ですか⁉ 怪我はありませんか?」

 人間だと視認できれば即座に外傷の有無を確認するあたり、修羅場を何度も潜り抜けた彼女だからこそ取り乱さず対処できるのだろう。前方のリアルゾンビ映像と散乱する死体に半狂乱しかる心を必死に歯軋りで抑える俺とは対照的に、レイナは次期女王として相応しい落ち着きと――

「今、そちらに治癒精霊を向かわせますので、今しばらく……持ちこたえてください!」

 ――決断力を持っていた。

 ……落ち着け、俺。コレは人間だ、ちゃんと生きている。ゾンビじゃない。

 クールダウンした脳内で最善かつ有益な質問を口にしてみる。

「そちらの状況は? 何が起こった?」

 返答は来ない、それどころかコチラへ這い寄る二人の姿は徐々に細やかな色彩を浮かび上がらせ、認識から理解へ至らせる。だって全身瓦礫や砂と血でまみれ、顔すら赤黒い血の混じる髪に隠れて見えないのだから当然だ。

「胸元のリボンにフリル、ゴスロリメイド衣装。そしてブルーダイヤモンドの青髪……間違いない違いないけれど。待て、待ってくれ。そんな嘘だ、現実にあってたまるか……メア!」

「……そんな! 何かの、嘘……」

「ああ……ア、メリは……敵……ご、めん……ミスした……ッ」

「ぐっ……ポセイドン。奴が黒幕。この世界の……ジョー……カー」

 しかし事態は当たり前と言えないほど非常に緊迫している。血を吐きながら必死に訴えるメアと知的で無敵な雰囲気を出すホームズまで黒いスーツジャケット、その腹部から血が滲み出て力なく地に倒れ伏し、なお事実を語るのだから。

 奴――アメリは本当この世界の黒幕、創造神が送り込んだジョーカーと認めなければならない。リーナと行動を共にする二人が瀕死状態のまま口にする以上、否定しようのないモノだった。

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