第六章 魔王が大口を叩けば、死亡フラグは牙を剥く 二話

ここまでだ、オーキス!」

 薄暗い一室にオレンジの明かりがメラメラと燃えていた。

 左右に配置された松明と赤のカーペットは、二十メートル先の正面階段を登った先にある玉座で終息する。

「なんとまあ、あたかもニンゲンが私達魔族を追い詰めたみたいなセリフね……本当に、頭が悪いのね」

「我の策略にまんまとハマるとは……下等生物らしい末路だ」

 その刹那、全体の空気が暗く重苦しく圧縮される。はち切れんばかりの心臓の鼓動、緊張が内部から全身へ漏れ出し、視覚と聴覚が正面の黒々しいオーラを放つ人間擬きに集中すれば、背中から伝う冷や汗の嫌な感覚が外部へ、手の震えとなって現れた。

 真っ黒い二本の角、虹色の瞳に肩まで伸ばされた金髪、全身黒の外套を身に纏う外見。

 ……まさしく魔王本人だ。

 そうと分かれば額の冷や汗が頬骨を撫でる気持ち悪い感覚と疲労感が、どっと押し寄せてきた。

「首を垂れよ、ニンゲン。深淵の奥深くに沈み逝け……我、冥界への扉を開く者。消え失せ、駆逐し、蹂躙し――魔王の名によって執行せよ、冥獄呪縛!」

 前方の魔族曰く魔王の右手から発射された黒々しいレーザーは、高速で俺の元へ数秒も経たずしてコチラを射抜いた――

「ハア!」

 ――かに思えたものの、黒髪の日本刀使いがレーザーと俺の進路を塞ぐ。

「レイナ、お前……」

「……しっかりしなさい、海人! 戦闘は始まっている、私達は罠に引っ掛かった!」

 荒げた呼吸を整えないままレイナはその場で固まった俺を一喝する。

「元凶がとうとうお出ましという訳か。自分から出向いてくれるなんて随分と優しいラスボスじゃないかね?」

 リーナは俺の顔を見るなり目配せし共感を求めてくる。と同時に、お前だけが頼りと言われているような気がした。

俺が魔王城を襲撃する目的、なぜリーナと共に魔族を一掃するのか、皆が俺を信じる理由。

「俺がフラグ回収師、この世界の主人公だ!」

 簡単な話。

 魔王を倒せるのは物語の主人公である俺、真神海人にしか成しえないから。全てのフラグ、物語は、俺という人間から始まり終わるのだから。

「だからこそ君には魔王を倒す素質と物語を終了させる義務がある。ソレを忘れてもらっては困るよ」

「海人ならあの魔王を、人類の悲願を、成しえると信じている」

 レイナの眼を見て俺は頷き返した後「その前に魔王と話をさせてくれ」とリーナの足が前進し、魔王の前へ赴く。

「お久しぶりでございます、魔王様。後ろがとても騒がしいですが、いかがお過ごしでしょうか?」

「我の計画、並びに魔族の悲願を邪魔した事、死をもって償うが良い……リーナ! 小僧を貴様の前で引き裂き、その腸を喰わせてやる」

「リーナ、お前! さっさと穢れでシネ!」

 五秒にも満たない時間でリーナとの間合いを詰めたオーキスの右手は、邪気を纏う大鎌を振り上げていた。

……多分、というか確実に切られたら最後、リーナには死が待っている。

「させる……かよ!」

 何も考えずにただ、気が付くと俺はリーナの前に立ち、オーキスの黒鎌をロングソードで受けていた。考えていたら間に合わなかった、僅か数秒の勝負。

 その証拠にリーナの荒い息遣いが耳元で確認できる。

「海人。見ての通り、ヤツは本調子らしい」

「お前が煽ったせいで余計、魔王戦攻略の難易度が上がったわ! どうしてくれる!」

「まあまあ、落ち着いてくれ」

「どう落ち着けと⁉」

 穢れを受け入れた大鎌をロングソードで防ぐ状況で冗談を言う辺り、正気の沙汰じゃない。

「オーキス、離れよ。貴様の攻撃を受けきる以上はコチラも万全を期す必要があるようだな……奥の手だ。来い、オーキス!」

「魔王様! 嗚呼……我が愛しの魔王様――貴方様の為ならば、この命すら捧げるのも惜しくはありませんわ」

 オーキスの青白く透き通った両手が魔王へ向けられる。

「レイナ、海人! 奴は信託状態へ移行するらしいぞ、その前に――オーキスを殺せ、目に映る魔王は完全体じゃない!」

「取り敢えず、リーナの指示通りにオーキスを止めないと!」

「あ、ああ。でもどうやって」

「信託状態に入る条件は、信託者本人と執行者の一部分が触れ合う事で生じる。信託状態にある生物は生まれ変わる間、一斉の攻撃を通さない――無敵状態と化す」

「私はオーキスを止めるから、海人は魔王を止めて欲しい」

「了解した!」

 互いに頷くと、赤の振袖を装備したレイナが颯爽と俺の前を通り過ぎた。相変わらず腰辺りまで伸ばされた黒髪と立ち姿は、強くて美しい女性のまま。

 ……だからこそ、俺はレイナの変わらぬ姿に安心感を覚えつつ冷静さを取り戻すことができたのかもしれない。

 リーナを覆うチートフラグが消えた今、彼女の身に危険が及ぶ可能性は大きいが幸い魔王とオーキスが気付く気配もない。このまま魔王のヘイトを俺に集中させ続ければ問題の解消は必然。

だが信託後、もし仮に魔王とオーキスが触れ合った時――生まれ変わる魔王が周囲へ及ぼす影響は不明な為、そこが心配だ。

「周囲の魔力を一つに集める魔王の能力とオーキスの魔力吸収が融合し、奴の魔力は無尽蔵に……効果範囲や威力の少ない魔法でも完全体魔王の前では世界全体を軽々破壊できるほどの威力となるだろうね。ハッキリ言えば『この世の終わり』天災そのもの」

「聞いたか、レイナ。魔王の元へ近付かせるな! 俺も魔王を全力で阻止する!」

「もちろん、分かっています!」

 レイナの返事を皮切りに。

 俺は正面の玉座に腰を落とす魔王へ高速を超えた音速で、刃を振る――先制攻撃。

「……くっ! ニンゲン……我の計画をよくも邪魔しおって!」

 金属が擦り切れる音が鳴り響く。

 二十メートルもあった魔王との距離を三秒もかからず詰めたせいか、魔王は焦りつつも黄金の大剣で迎え撃った。奇襲は失敗に終わったが、俺のロングソードは魔王の刃をジリジリと後退させている。

「案外、腕力は強くないな……魔王!」

「舐めるなよ、ニンゲン!」

 視界の両端で細長い円形状の『何か』が両脇へ向け、射出されたのが分かり――否、上方向にも違和感が危険信号となり現れ、反射的に魔王の玉座から後ろへ身を引く。

「魔力弾!」

「外したか……」

 直後、魔力の塊は下方向と左右に爆散して石造りの壁と床を貫通した。

「なんて威力だ!」

 当たれば怪我どころの話じゃない。

「我を本気にさせた事、後悔させてやろう」

「やってみろよ……魔王」

 煽る事でヘイトをリーナから俺に向けさせる作戦。

 己の負担は増えるものの、無防備無能力の女子高生リーナが守られるのならば構わない。

「シネ、ニンゲン」

 魔王が宣言し、その場に立つ。

周囲と俺の体内から魔力が消え虹色の双眸が一段と輝き、ドス黒い瘴気が周囲を覆い魔王の元へ集約。

「おいおい、魔王城全体が圧縮されて……」

 この光景はまるで左右からプレス機で潰されるアルミ缶の如く凹む。

そして――

「キエ……ウセロ……」

――呪縛から解き放たれた巨大な円形状の魔力は、魔王の頭上から余力を残して天井や左右の壁に突き刺さる。

「何をする気だ」

「……マガミカイト」

 俺を囲む形で憎悪と終点は俺に向かい。

「やっと一万の軍勢を倒せたよ!」

 飛んでいくはずだった。

 刹那、タイミング悪く戦場に響き渡る明るい声色。

「まさか……!」

 後ろを振り向いたら最後、魔王の一室の入り口に立つ少女――全身を動物の皮を使用した茶色の戦闘服を着用し、右手には杖、エメラルドグリーンのツインテールをなびかせコチラを漆黒の双眸で見つめる、アメリ。

 ……どうしてココに、いくら何でもタイミングが悪すぎる。

 アニメやライトノベルを前世で読み漁ってきた自分にとって、今後の展開は多少なりとも予想できる。

「ニンゲン……キエ……ロ」

 その瞬間ヘイトと重圧が軽くなり、魔力の流れはアメリへ――

「クソ! アメリ、伏せろ!」

「やめろ、海人! アイツの元へ近付くな!」

 ――暗黒に染まった魔力弾と投石が雨のようにアメリへ降り注ぐ。

 危険な事だと重々承知の上で、思い描く予想通りの展開だとしても、俺がアメリを守る事に対して躊躇する理由は無かった。

 砂埃や瓦礫が舞う。

 ……なんとか、防げた。

「どうして……助けてくれたの?」

「俺が、主人公だから」

 全身傷だらけ、血だらけになりながらもアメリと自身の致命傷を守りつつ、魔王の攻撃を防ぐ事に成功。

……手と足は動く、会話をする体力や能力を隠して戦えているのは大きい。

 返還された異世界チート能力と身体能力は少しずつ身体へ染み渡り、徐々に制御しやすくなるのは嬉しい。

 だけど一方、魔王との戦いを放棄した事で起こる最悪は――

「海人……ご、めん……」

「成功してしまった……融合……生ける天災が」

 ――既に始まっていた。

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