第六章 魔王が大口を叩けば、死亡フラグは牙を剥く

 ゲノス軍を殲滅した後、エルドを除く俺達一向は雑魚を倒しつつも前へ進み、ようやく魔王城最上階一歩手前の一室に着いた、のは良いが、前方の禍々しさに全員の足が止まった。

「ようこそ、おいで下さいました泥臭い家畜以下のニンゲン様。自ら死を選ぶとは手間が省けて有難いですわ、なんて哀れな生物なのかしら……蹂躙しないと、ね?」

 目の前で舌なめずりをする女――否、頭に二本の禍々しくも純白で美しい角と殺気を有し、人間の許容量を超える魔力量を兼ね備え、階段を降りる魔族。

 正しく。

「お前が四天王最後の一人か?」

「そうよ、私が魔王軍四天王最後の一人、オーキス……早速で悪いのだけれど、死んでくれないかしら?」

 俺の質問に軽く返答し、魔王四天王オーキスが前方で艶めかしく右手を伸ばす。

 全身黒の外套を身に纏い、巨大な胸元と下ろされた黒髪は妖艶に揺れている。

「エロいな、海人」

「そうだな……じゃなくてリーナ! 今はそんな冗談を言うタイミングじゃないだろ、どう見ても! 死にたいのか」

 右隣へ立つリーナのおふざけを注意しつつ、自分の記憶を巡る。

 奴の能力を噂で一度、聞いたことがあった。

とは言っても、昼間から酔っ払い共がたむろする酒場――場所が場所なので、話題作りの為に嘘をついた可能性の方が高いと思われるが一応。

……確か、相手の魔力を吸収するとか言っていたような気がする。

吸収。

アニメや漫画における能力の定義として肉弾戦を除き、その世界観における能力を形成する大本――魔法寄りの世界だと魔力を、異世界だとマナを吸収して自分のモノにする力だ。有名チート能力の一つであるソレは、その万能さと汎用性の高さから多くの戦闘系アニメに用いられ、モノによっては吸収し成長するキャラクターが存在するほど。

作者側と消費側の両者が望む能力でもある訳だ。

「盛り上がっているところ悪いけれど、そろそろ坊やの力を頂きたいの。大丈夫かしら?」

 掛け合いの懐かしさも相まって話題を続けようと口を滑らせた矢先、オーキスの声でおふざけムードは中断され――

「そう易々と魔力は渡さないさ、君に渡すのは死だけだよ」

「あら、そうなの? 胸の小ささと同じくらいに狭いのね、アナタの心……」

 ――張り詰めた緊張と、敵陣内に居る事を思い出す。

「所詮、胸など脂肪の塊。重いだけで何も役に立たない」

「ごめんなさいね、大人の事情に子供を巻き込んでしまって……」

「胸の大きさだけで色気があると勘違いしている脳筋野郎か? さぞ今まで男にチヤホヤされ続け、自分が美しいと錯覚していたアホなのだろうな」

「あらあら、わざわざ自己紹介してくれるの? ですが、無い人間には分からないと思うわよ? この気持ち……」

「ふん、男臭いオークや魔族を誘惑して、女王様気分でも味わいたいのか? 相変わらず小さな女だ、オーキス。君は……」

「負け惜しみ? 将又憧れ?」

 徐々に両者の距離が縮まり、火の粉はやがて大きな炎へ変わる。

 見合う互いの表情に変化は無いものの、激しい言葉の殴り合いとオーキスの喰いつき具合から察するに、そろそろ頃合いだろう。

「そんな傲慢さでは君になど振り向かないさ、リギムは……」

「この貧相な身体つきでは男さえ寄り付かなさそうね」

「私としては、奴の何処が魅力的なのか理解に苦しむ。人間よりも高貴なる存在と自負しておきながら人間と同じく愛に翻弄される君は……愚者だ」

「私には分からないわ、魔王様の計画に賛同しない理由と愛が……」

「オーキス、君が背後の何千もの魔族を誘惑しようとソレは分からないまま終わる」

 コチラへ歩を進める正面のオーキスに向かい、リーナは臆することなく言葉を並べた。

無数の殺気と血塗られた瞳、獣臭と息遣いが先程以上に増したのが伺える。

「たった数匹で、ココへ配置された約一万の魔族を倒す事なんて出来るのかしら? 殺すわ、ニンゲンを……一匹残らず」

 オーキスは不敵な笑みを浮かべると、前方、上空に出現した円形のゲートから大量の魔族と大鎌を取り出し――

「リーナ、逃げて!」

「逃げろ……これは、呪いだ!」

――リーナの首元へ刃を這わせた。

「だから。面倒くさいアナタから殺す事にしたわ。それもエルドとは比べ物にならない瘴気でね」

彼女の刃――ドス黒い大鎌の切っ先から魔力と鮮血、瘴気が立ち込め、俺は思わず口元を右手で塞ぐ。まるで生ごみを一週間放置した部屋で先程絞めた豚を解体しているような死臭が俺の鼻孔を刺激するからだ。

 ……遅かった。頭で理解していたのに、咄嗟の事で身体が動かなかった。

「海人、これって……」

「ガウト、多分この臭いは呪いの類。それも呪いたい相手の血が一滴でも武器に触れればジワジワと死へ追いやる強力なモノ。あの真っ黒い鎌……多分、タナトスを封じた呪具の一つだ」

 タナトスは寿命を迎える人間を冥王ハーデスの下に届ける補佐的な役割を担う神だったが、地上の人間をタナトスが大量に冥界へ運んだ為、激怒した創造神がタナトスを有形から無形――呪いという概念へ変えてしまったという。

その後、タナトスは己の器となる剣をこの世界に七本顕現させ、剣に自らを封じたと「中心都市大図書館」の書物には記されていた。

「そんな……リーナさん!」

「おい、大丈夫なのかよ!」

……七本の武具はタナトスの呪いにより呪具へ姿を変え、この世界に顕現している。それがこの世界における伝承であり、オーキスの持つ大鎌がその内の一つ。

 だと言うのに、リーナは俺の方を振り向かず頷くだけで、再び対峙する狂気へ笑いかけていた。

「愚かな判断を下したと思うだろうな、オーキス。だが否定はしないさ、いや無知なオーキスと魔王へ同情さえしてしまうくらいだよ」

「私の前で魔王様を侮辱とは……全軍へ通達。直ちに目の前の魔王様へ仇なす愚か者を全力で粛清しなさい!」

 主の声と共にギラリと赤い目が殺気を乗せてコチラを睨む。

 三メートル超えのオークが精鋭部隊の半数を占め、残りはアンデットとワイバーン等の大型飛竜で構成されるオーキスの軍勢は、見ただけで逃げ出したくなるような様相を呈していた。

構え方とオーラも凄まじいモノだが何より一番は、俺達の距離と隙を見逃さないよう少しずつ間合いを詰め寄る忍耐力と精神力、判断力にこそある。

魔王軍四天王を守護する精鋭部隊としては、これ以上ない実力と心の強さを持ち合わせていると言えよう。

 ……そんじゃそこらの脳筋とは訳が違う、か。

「コイツらは戦闘のエキスパートだ、他の魔族とは力量や経験、並びに連携も天地の差だよ、海人」

「あなた達はココで終わるわ。外部の偵察部隊約一万をココへ呼び寄せ、私に魔力を吸収されながらジワジワと命を擦り減らしていくの……ああ、愛しの魔王様。私はアナタ様の為ならばこの命まで……捧げるつもりです」

 リーナの自由を束縛していた大鎌は何事もなく取り払い、オーキスはさらに後退しつつ上空へ出現する黒ゲートに大鎌を戻すと、右手を地面へ向けて――白い光と一緒に円形状の線が浮かび上がった。

「魔法陣が起動すれば確実にガラスト王国とニンゲンは壊滅よ。楽しみね、ニンゲン達の最後が……」

 愉悦を求めてヤツは嗤っていた、ただひたすら笑みを貼り付け、獲物に狙い定める白い瞳でニンゲンを見ている。

「残念だがオーキス、君の計画――トリガーである魔法陣作成部隊と魔法使いなら、いいや正確に、はオートリベアス王国のスパイは、既に私の組織下に置かれている。人間は殺せない……ぞ」

「何を根拠に……」

 瞬時に顔が歪み、リーナを睨み付けるオーキス。

「これを見ても同じことが言えるかい?」

「お前……私の駒に何を吹き込みやがった!」

 通信魔法、リーナが目の前のオーキスへ差し出す鏡――その光景。

 前に出て、左方向から俺が盗み見るに、オートリベアス国の魔法使いと兵士が映されていた。

 ……多分というか、画面に映る人間は確実にオーキス側の陣営、人類側のスパイだろう。

「吹き込むだなんて人聞きが悪いなー。私はただ、適切な条件を提示して相手がソレを呑んだ、了承しただけ。そうだろう? オートリベアス王国、スパイ部隊のリーダーさん」

 突如、音も立てず現れリーナの右に整列する青鎧――

「彼女の言う通り。国王は貴様を裏切り、ガラスト王国側に付くことを決めた。無論、我々もソレに従うまで」

 ――正しく、通信魔法の映像に映されていたのはオートリベアス王国の兵士達。

「え、さっきまで画面の向こうに……」

「クソが……殺しなさい! 魔王様の為、犠牲になれ!」

 俺の疑問に間髪入れず、物語は次の段階へ進み始めた。

 迫り来るガーゴイル、オークとゴブリン、後退するオーキス。

「待て、オーキス! 卑怯だぞ!」

「ココは妹の私に任せて海人とレイナ、リーナは魔王の元へ向かって!」

「は、何を言って……」

「なあに心配するな、親友。早いところ俺が、この戦いを終わらせてやるからよ!」

「戦力差なんて覆して見せますから!」

 ポンッと俺の肩を叩き、何千もの魔族の前へ出たのはガウトとテレシア、メアとホームズ、アメリだ。

「物語の主人公でしょ⁉ 魔王はアンタにしか倒せない、少しは仲間を信じなさいよ!」

「フラグ回収師の我々も付いている。行け、海人!」

 俺はその場で頷くとレイナ、リーナと一緒に奥の一室へ向かうオーキスの後を追った。

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