第五章 異世界主人公は無双フラグが成立しやすい 一話
魔王城の正門へメアとホームズを除く俺達が向かうと、原因は分からないが門番不在ときた。
「おい、エルド。これどう思う?」
「罠……だ。見ろ、正門が完全に閉じているぞ」
一瞬チャンスだと思う場面だが、急な悪寒と緊張感、何よりも昼間に差し掛かる時間帯に、音一つない無音の空間は緊張と恐怖を駆り立てるのには充分過ぎた。
……四天王フラグでも建った感じがするな。
正門を破れば、どうせ強敵――魔王四天王が待ち構えているだろう。
「とは言っても、引く気は無いけどな」
正門を破壊する計画に変わりはないのだから。
「俺の大剣は、鉄の壁さえ貫通するぜ!」
「おい待て。ガウト! まだ、は……」
怒声と叫びが混じり合う声音から繰り出される衝撃波と破壊音は凄まじいモノで、砂塵が津波の如く押し寄せ視界を不透明にさせる。
視界を塞がれた為、衝撃波で破壊された瓦礫が勢い良くこちらへ飛んでくるようだが、見えにくい。
「もー服が砂まみれだよーガウト」
「ガウトさん、これはやり過ぎ……かと」
「本気出さないでよ、バカなの? ガウト本当に恨むから!」
「おい、そこのニンゲン! 貴様を許さ……ペッ!」
「早いだろうが、ガウト!」
砂塵が付着した白のローブを悲しそうに見つめるアメリ、諭すような口調で注意するテレシア、怒りを露にする兄妹と怒り狂う俺。
そして。
「私も同感だよ、海人。敵地の門にこんな派手な技を繰り出すバカが何処に居るのやら」
軽快な口調、楽しそうに笑う口元と「やれやれ」と首を振るシルエットは、砂煙で見えなくとも全てが懐かしく、誰しもが彼女を思い出す。
「……リーナ」
同時に衝撃的でもあった。
なぜ今更こんなタイミングで、それも人間側の俺達を敵対視する事もなく、むしろフレンドリーに魔王軍幹部四天王が接してくるのか。
……俺は不思議でならない。
「遅い、遅すぎるよー海人! お腹ペコペコだし、君はいったい私にカップラーメン何個分待たせるつもりかい?」
砂埃が眼球を刺激し、激痛と涙で視界が濡れながらも魔王城へ侵入するこのタイミングで、幻覚と幻聴が現れるなんて。
「まさか魔族は俺達へ幻覚を見せる為に……わざと魔族を……」
「少しは落ち着いて状況判断したらどうだい? まあ、混乱するのも仕方のない事だけれど……」
肩に付着した砂埃を手で掃いながら俺の反応を、あろうことか真正面に位置する白制服姿――リーナの幻覚は返したのである。
「幻が返事⁉ これはもう末期……かもしれん」
三途の川がもう少しで見えてきそうだな。
「発言して宜しいでしょうか?」
「そんなに畏まらなくて良いよ、何でも聞くといいさ。疑問をぶつければ良いぞ、テレシア!」
前方、一瞬だけ両手を天に掲げるリーナの双眸は艶めき口元は不敵に歪んで見えた、そんな彼女へ真っ直ぐ突き進んだのはテレシア。
鉄球ならぬハンマーを大地へ打ち付け紫ボブを風の流れに身を任せたまま、彼女はいつになく真剣な表情で真っ白な制服姿のリーナへ問いかけた。
カウボーイ映画の如く空は雲一つない晴天で、砂埃が周囲に舞う。テレシアも言葉の銃を構え、俺も遠慮なく正面二人の行方を観察する。
「では遠慮なく……リーナさん、貴女は私達人類の敵、味方、どちら側ですか? 手紙を使い私達と魔王を接触させたのは、レイナさんを人質に取った行動も、全て魔王の脅しから仕方なく実行したこと……ですか?」
警戒という弾丸を投げるテレシアと、痛くはないとリーナのふりをした生命体は、全て見透かしているような笑みを零す。
「私はフラグ回収師だ……元より人類を裏切る気など無いさ。だから私へ向けている物騒で、痛そうなハンマーを下ろしてくれないかな?」
「いいえ、質問はまだ終わっていませんよ……リーナさん。ではなぜ今頃、魔王軍四天王の一人として私達の前に現れ、裏切っていないと口にするのですか? 納得できる理由を説明してもらわなければ、降ろせませんよ」
発砲する銃弾は高速でリーナの心を撃ち抜くものの、まるで道路を這うアリでも相手するかのように、軽く。
「ま、全員がココへ集ったのだ。いい加減、説明しなければ不満も爆発するだろうし……私から説明すべきだな」
緊張感のない声質とセリフで、当たり前にリーナは自身の作戦を口にし始めた。
……正直、いま俺は普段通りに接するリーナが怖くて仕方ない。
雑魚敵として現れるのなら大きな問題にならない。ただ、魔王軍幹部四天王の一人となれば規模がそもそも違う。
魔王軍幹部四天王は魔王への忠誠と実力が伴い、初めて成り立つ地位と努力の結晶。そう易々とリーナが手放すとは思えないし、俺がリーナの立場なら努力をドブに捨てたりはしない。
「ごめんなさい、やっぱり私はリーナを信用できない。だってみんな、可笑しいと思わない? 都合が良すぎると思わない? いきなりリーナが裏切ったかと思えば、今度は味方だなんて……」
ハンマーを下ろすテレシアより一歩前へ歩を進めるアメリが、俺の抱く感情をぶつけてくれた。
確かにアメリの意見は正しいと思う。いくら人類側である証拠や証明を提示しようと俺達を裏切った以上は、嫌でも頭の片隅にあるモノだ「裏切り者」というレッテルが、起こるかもしれない「裏切る」可能性。
ソレが付いて回る以上――
「……そんなの信じられないに決まっている!」
――アメリの意見を否定する権利など、俺には無かった。
数秒後、懐から短刀を抜き出しリーナの元へ突っ込むアメリ。
「少し落ち着いて下さい、アメリさん!」
「やめて、離して、レイナ! 私は貴女を、みんなをリーナの洗脳から解き放ちたいだけなの!」
「本当に……話を聞きなさい、アメリ! 早まらないで!」
手を振り切るアメリの左腕をテレシアの右手は再び、強引に後ろから掴み抱きしめる。
よく見るとアメリの双眸は涙に濡れ、両拳は堅く握られたままだった。
……アイツ、本気で俺達の事を心配して。
「いや本当に心配しているとは限らないよ……海人」
「なぜ、そう解釈できる⁉」
「話し合いにおいて私は平等であるべきと思っている。議題が何にせよ、片方だけの意見に耳を貸したところで、ソレは歪みに繋がる。もう一方の話を聞く事で良き判断に繋がると思うのだが……」
取り敢えず、俺は前に出ているアメリを一旦後退させ相手の話を聞くように促した。いくら持論が正しくとも意見に従わない人間は残念ながら一定数存在する訳で、俺は頑なに言う事を聞かないアメリの口を右手で塞ぎ静かにリーナの言葉を待った。
「以前、君達五人の中に裏切り者、物語のジョーカーが潜んでいると口にしたことを覚えているかい?」
「俺のアジトへ赴いた時に言っていたな」
「ああ、そうだ。仮に私が君達と行動を共にしつつ、フラグ回収の作戦を企てようものなら全力で邪魔をする――だから私は君達から一時的に離れた。まずそれが理由の一つ。二つ目は元々、魔王軍を内部から破壊するべく単独で調査に出ていた事だ。魔王四天王という地位や信頼を勝ち取ったお陰で、魔王軍全体の総数や裏門の数、偵察部隊や特殊部隊、他四天王の長所短所、魔王の弱点や建物の構造諸々が私の頭に詰まっている。それに、一定数の魔族を支配下に置いているから足止めや時間稼ぎ程度は可能となった」
「とても信じられる話では無いけどなー。本当の裏切り者はリーナで、いちいち理由を付けては裏切り行為を隠している、としか思えないよねー」
俺の呪縛から解き放たれたアメリは包み隠さず言葉を口にしていた。
……それにリーナの発言からは、既に裏切り者の正体が分かる体で発言しているように思える。言う事を聞かないアメリは放っておくとしよう。
「おい、リーナ……」
「私の中で裏切り者の判別はほとんど出来ているが、まだ言えない……現時点だと口にする事さえ叶わない」
「裏切り者を放置ですか? 分かっているのに……」
「これだと信用したくても出来ないぜ? それにレイナとエルド、特に元魔王四天王エルドは、どうして反論しない? 四天王の地位を奪われ、妹のレイナを誘拐されて……文句の一つや二つはあるだろ」
不思議だった。
なんせ一番リーナに怒るべき二人が無言のまま、口論を聞いていた事実に。
「まるでリーナを敵として見ずに、裏切り者を探すような……」
「隠しても仕方ないだろうから、そろそろネタバラシと行こうじゃないか……レイナ」
不敵に笑う視線の先――俺の左隣に立つレイナへ向けられ、動揺もせずに彼女は真っ直ぐ歩き出す。
「何が起ころうとしている」
「まあ、見ておけ……ニンゲン」
リーナの左隣に足を揃えると、レイナは――
「ごめんなさい……」
――あろうことか俺の前で頭を下げたのだ。
「レイナさん⁉」
「え、ど、どうしてレイナが謝る?」
「今までみんなを騙していたの! 私が失踪しリーナに捕まったのも既に計画されていたことなの。私も了承していたし、兄さんを誘導するべく送った手紙は私が書いたもの。リーナは自身にヘイトを向かせる事で、更なる魔王の信用獲得と兄さんと私の仲を取り持つきっかけを作る為に。わざと裏切るような真似をしていたの」
……ならば、リーナの言動も理解が及ぶ。
実際そうだ、レイナとエルドの兄妹仲は回復し、リーナも魔王への信頼を勝ち得ることができている、その事実が既にリーナの裏切りの正しさを証明していた。
要は「敵を騙したければ先ずは味方から」みたいな意味合いだろうな。
「実際私は、内側から魔王を崩壊させようと企んでいたのさ。それに、私は全知全能の創造神を相手取っているのだ、常に我々人間が想像する範囲を越えなければ、神を欺き殺す事なんて出来ないよ」
更に「私を信じて欲しい」というリーナの謎発言、その伏線が今回収された訳か。展開として中々に考えられているな、感心する。
「でも、流石に都合が良すぎると思っちゃうよねー。だから……私は誰が何と言おうとリーナを受け入れないつもり……リーナは敵!」
エメラルドグリーンの髪が俺の前で揺れ動きながらビシッと人差し指でリーナへ糾弾するアメリの徹底ぶりには驚いた。
「敵か……この際言っておこう。私は天に立つ者の敵であり、私を過剰に批判する人間も敵だと思っている。もちろん、このまま糾弾を続けるのであれば、アメリ……君は私の敵になる」
「おいおいリーナよ、さすがにそれは言い過ぎだ。確かに俺もアンタの事をまだ信用しきれていない部分もあるからさ。もう少しだけ様子を見てもいいだろ?」
諭すような口調のままガウトはリーナへ頭を下げる。これもきっとアメリの生い立ちを知るからこそ庇うのだろう。
アメリが過ごした大半の土地は、ガラスト王国内で最悪の治安――暴力と酒池肉林、ブツが蔓延る街インバス。
人間が信用できない環境で長年暮らせば、嫌でも疑いから入ってしまうのは当然だった。
「君達も一応フラグ回収屋に属する人間だ、私の指示に従うのは当然……と言いたいけれど、自分の信用を元に戻す事が先だろうね。まあいいよ、アメリ。精々、私の価値を落とすといい」
そして海人、と付け加えてリーナは俺に言う。
「私不在の中、よく耐えてくれた。私はフラグ回収師で君はターゲット――依頼主、もう裏切らない。だから私を信じて魔王を……その先に居る黒幕、創造神を共に殺そう」
「フラグ回収屋リーダーの不在は二度と御免だぜ? リーナを信じるって決めた以上、最後まで俺を導いてくれよな」
差し出された手、早くも懐かしいと感じる誓いを、もう一度――
「ここから常識は過去のモノとなる。さて君の常識、フラグは、果たして創造神に通用するかな?」
太陽の光を拒絶した薄暗い魔王城内、一直線上の廊下に。
暗がりから無数に光る紅と殺気が俺達を囲むようにして、憎悪の星空が俺達の視界と現実、何より心を蝕もうとしていた。
――今度は、魔王城で。
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