第四章 メインヒロインの兄が登場しない場合、既に敵対フラグは完成している 四話

さて、物語の展開は第三者の予想を遥かに越えた結末、ライトノベルで例えると章終わりへ差し掛かっている。しかし終わりはたった今、先延ばしされた。

 なんせ――

「障害はこれで無くなった、さあ殺し合おうか……ニンゲン」

 ――エルドがまだ、俺達の前に立ち塞がっていたからだ。

 視線を下へ移せば、やはり日本刀から漏れ出す瘴気は消えず、俺達は遺跡をバックに相対していた。

「俺達を殺してもレイナは……妹は笑顔にならない、誰でも察しが付く事だ!」

「往生際が悪いぜ、お前男だろ? こんな性格じゃ女に好かれないぜ!」

 さっきより瘴気が増しているぞ、ガウト。アレ絶対に地雷発言だろ。

俺達、特にガウトへ振りかざされる漆黒の刃は、息を呑む事すら許されない程の死臭とカビ臭さをまき散らし、あの世へ前進させる。

「殺す……」

 ヤツはどんな事があっても俺達を追跡して来そうだな。

 ……いっそ、狙われたガウトを盾にして逃げるべきか?

俺の仲間はこう見えて全員異なる才能を開花させ、各々の分野で実績を積んでいる天才達だ。それに比べ俺の才能など凡人より少し下のレベルで、秀でた部分や逆に劣る部分も何もない、異世界無双主人公として救いようがない凡人キャラクターだ、魔力以外。

死んでこのシーンをリセットできる能力に期待もしたが、タイムマシンは一向に現れない。

……ええい! 何も考えるな、俺が盾になれば良いだけの話だろ。

向こう見ずならぬ正面を見ずに、俺はガウトとエルドの間に身体を入れ――

「相手を間違えるな、エルド。お前の相手は俺からだ……」

 ――震える唇を噛みつつ宣戦布告。

「良いだろう……では死ネ、ニンゲン! コイツは俺のモノだ!」

「やめて、お兄ちゃん! いつも優しくて強かった自慢のお兄ちゃんに、私の憧れたお兄ちゃんに戻ってよ……お願いだから!」

「何を……」

「お兄ちゃん!」

「違う――私はお前の兄では……もう存在できな……」

 この場の異様さに俺は重たい頭を上げる。

 怯えていた。

 ヤツは――元魔王軍四天王の一人で人間という種を超越した存在の、あのエルドが後退りしていたのだ。それだけじゃない。奴の視線は俺という人間を完全無視したまま、おもむろに立ち上がる正面のレイナへ全て注がれる。

「尊敬する兄さんの妹はココに居ます」

「私は、もう人間じゃ……だから私はお前の兄なんか、兄には……なれない」

「もう我慢しなくて苦しまなくて……守らなくて大丈夫です、兄さん。だから……」

差し出されるレイナの右手には、自身を守り続けてくれた兄への感謝と弱かった過去の自分との決別を表しているように思えた。 

「来るな、寄るな、ニンゲン……待て、違う。これは違う! 私は、俺は、いったい何者で、何者になろうと……している?」

 ぶつぶつと問い掛けながら右半分の顔を、自身という不安定な存在の在処を確かめるような感覚で、ガウトは触れていた。

「……今度は私が、兄さんを救う番です」

 ピシャピシャとぬかるんだ大地を踏み鳴らし後ろへ下がるガウトの身体――その左手をレイナはガッチリ両手で掴む。雨に濡れた黒鎧と心を温め乾かすように、レイナはエルドをそっと抱きしめていた。

「私にその資格なんて。ニンゲンを殺してたくさん奪ってきた俺が……」

「私も一緒に罪を背負っていきます。だから……私を守るため魔族にならなくても。だって、私は強くて偉大な兄さんの妹ですから」

「レイ……ナ」

 男は膝から崩れ落ち、レイナの前でひたすら謝っていた。自身の行いと過ちを認めてエルドという魔族――人間は、いつもの優しい兄へ戻ったのかもしれない。

 ……きっと魔王になった理由は妹と国を守る為だろうな。

実際、魔王軍は幼いレイナの知識と血筋、才能や地位を利用しようと計画し、周辺国家も当時は魔王寄りの政治や思想を持っていたと思う。その事情を理解する兄自らが犠牲になってガラスト王国を色々な脅威から遠ざけたと考える方が自然だ。しかし最近は自我の混濁や記憶の乖離が激しく、気が付いた時にはレイナを襲うよう動いていた、と。おおよそこんな感じだろうけれど。

「あーあ、レイナとエルドのあんな顔を見れば……そんな考え自体が、杞憂に近い考察だと思ってしまうな」

互いの顔を見合って二人は笑う。

まるで兄妹としての時間と思い出を少しずつ取り戻し、空白のピースを埋めていくように、温かく美しかった。


「奴ら、魔王勢力は近いうちに大本命である『ガラスト王国及び周辺国家滅亡計画』を実行するだろう」

「ガラスト王国及び周辺国家滅亡計画⁉」

 外はすっかり黒のベールで包まれ、虫の音がうるさく夜の到来を知らせる。そう、今こうして俺達とエルドが共にリーナのアジトへ居るのも、標的、ターゲットは他に移るからだ。エルドから発せられる内容は、全世界に散らばる地雷全ての根源、作動スイッチを踏む感覚と似ている、それくらいインパクトが大きい情報だった。

なんせこの話、機密情報の中の最重要情報、信用金庫みたいな安全な施設に預けるべき内容で。それをエルドは、元魔族サイドで元魔王軍四天王という立場にも関わらず、一般人の俺達に漏らしている。本当に外へ開示して良い内容だろうか心配になる。

「とりあえず座れ、ニンゲン。情報漏洩や安全性に関して……この私が、全責任を負うつもりだ。それにレイナを取り戻した以上、私が貴様ら人間を裏切る動機は消えた。これから私は人間側の立場を取るつもりだ」

「ああ……それは済まなかったな」

 立ったままの身体を静かに落とし俺は椅子へと腰かける。正直、さっきまで敵対勢力だった男に注意されること自体気まずいし、エルド当人が犠牲になる点も「多分、コイツなりの償い方だ」と思う。

「ニンゲン、あの女を救いたいか?」

「リーナの事か? ああ、救いたいに決まっている。たとえ、元々の目的が魔族の繁栄だとしても、俺はアイツを説得して取り戻したい!」

 ……勝手に俺を誘拐した癖に姿を消すな。

 連れ去ったのなら、俺をフラグ回収屋へ入れたのなら、最後まで責任を持ち面倒を見てくれないと困る。そうでないと俺はレールから脱線した電車とたいして変わらない。

「リーナ、あの女は……危険だ。アイツ自体、何を考えているのか見当もつかん。貴様が人間とリーナを救いたいと本気で願うならば力を貸そう」

「俺は行く……アイツと話さなければならない。それにガラスト王国も、守りたい!」

ダイニングテーブルに座るエルドやレイナ、仲間達は静かに頷く。

「良かったね、海人! 兄さんが魔王討伐とリーナの救出に協力してくれるって」

 正面を向くエルドの青い双眸は下克上を企むように、いやらしく歪む。

「決行は三日後の早朝、場所は北の辺境……魔王城。作戦名『魔王討伐並びに、レイナ救出作戦』だ。心して掛かれ!」

 こうして、本命フラグ――ラスボスへ俺達は足を踏み込んだ。



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