第三章 ヒロインの過去が暗いと裏切りフラグは発生しやすい 二話

午後三時。

俺とリーナは一階、先程まで『裏切り者』を炙り出す為、使用したダイニングテーブルに座り今後について話し合っていた。

ちなみに、この部屋に居るのは俺とリーナだけで他のメンバーは外出中。

……これもメアとホームズが気を遣ってくれたおかげだろう。

「ともあれ、リーナには訊きたい事が山ほどある」

 俺の仲間と口喧嘩する理由、裏切り者の存在を暴露する理由、問わねばならぬ事柄は山ほどある訳で。

「海人が納得できる回答は得られるだろうね」

 こうして一対一で話す時間を取ってもらった。

「緊張するな……」

 回答次第ではフラグ回収屋を抜ける事も視野に入れつつ、本心では脱退したくない気持ちが入り混じるなか、リーナに淹れてもらったコーヒーの湯気と壁掛け時計の秒針が俺の心を焦らせる。

「私から話そうか? 真意を聞く人間はいつだって、緊張するもの。自分に備わる善の真偽が決まるからだ。人間、新しい知識ほどマイナスの部分が見えやすくなる生物」

 面と向かって言われると、少し緊張がほぐれた気がした。

「大丈夫、自分から話すよ……大きく分けて三つほど尋ねたい事がある。一つ目はどうしてレイナに強く当たったのか。普通、自身の呼ばれ方であそこまで怒る人間は稀だ、何か意図でもあるのか?」

 アメリの件も同様だ、自分が謝りさえすれば口喧嘩に発展なんかしなかったはず。

「なのに私は続けた……理由」

 その場でスーハーと呼吸を整えたリーナは更に続ける。

「フラグを消す方法は二つ存在する。一つ目は根本的なフラグの問題解決、二つ目は同等かそれ以上大きい別のフラグをぶつけて消滅させる方法が取られる。そうだな……例に出すと海人は人前で歌う事が嫌いで仕方なく、明日に控えた学習発表会の日も嫌いでしょうがない。さて問題。この時点で海人が取るべき適切な行動は何だと思う?」

「げ、いきなり問題かよ! まあ、でも普通に考えたら苦手な『人前で歌う』行為を克服するだろうな、俺は」

「全然違うよ、海人。苦手なら『行かなければ良いのさ』分かるかい?」

 何を言っているのだ、この女。

「考えが極論過ぎるだろーが」

「そうだろうな、一般的には……」

「一般的?」

「学習発表会に行かなければ、フラグも発生しないだろう?」

「ああ」

「最初から因縁、因果関係を結ばなければフラグは起こらない。それと同じで、人前で歌う事が苦手というフラグに、それと同じか同等以上の『病弱フラグ』を与えると、ヘイトは病弱フラグへ向き、同時に人前で歌えないフラグも発生しないのさ」

「だけど病弱フラグなんて一部の限られた人間が持つモノだぞ、健康的な人間はどう対処すれば……」

 躊躇いもなく、リーナは言い放った。

「決まっているじゃないか! 学校を週に四回程度、休めば病弱フラグなんて手に入れられるだろう!」

 ビシッと人差し指を俺に向けながら。

 ……納得するのは難しいが、何となく想像は出来た。

「じゃあ、今に当てはめると……」

「ハーレムフラグを完全に克服させるべく、元々、張り巡らされた『裏切り者フラグ』を利用させてもらった。口喧嘩し険悪感と疑念を私に付与させ、裏切り者フラグのヘイトを私に移した。元々、訳あって海人とは数日間、行動を共に出来ないからね」

「疑念を持たせたままリーナが数日間居なくなれば、裏切りフラグを意識させることが可能だし、裏切り者の活動も活発になる」

 印象操作。

 リーナは敢えてアメリ達に喧嘩を売っていたのか、ならば言動にも納得がいく。

「それに、ヘイトを集める対象は私だけで充分だよ。私はフラグ回収屋、仮状態でターゲットの海人に、責任を負わせるわけにいかない。ここは私に任せてくれたまえ」

「了解。任せるよ」

「うむ。それと恋愛系フラグのラストは、ヒロイン達に呼び出されるので上手く立ち回ることだな。先に言っておくと、海人はメインヒロインと話す展開らしいぞ、夜が大変になるな」

 小悪魔みたいに「ニヒヒ」と笑うリーナ、いいや魔王がそこにはいた。

「本当に心配しているのか?」

「本当に心配しているとも……気を付けてくれ。今後は魔王の活動も活発になるし、同時に裏切り者も動き始める。周囲の動きに注目しつつ違和感があればいつでも私に相談、否周囲へ相談すると良い」

「了解」

「それと――私がどうなろうと、何があっても、信じて欲しい。それだけは約束してください」

 その瞬間。純粋に、純白に、純情に、心の底からリーナは俺の前で頭を下げていた。

 

 深夜。

みんなが寝静まった頃、俺は雲一つない月夜を見上げ、庭で考えていた。

どうも、リーナの一件を聞いてから気になって眠れないみたいだ。俺はリーナの『何があっても、信じて欲しい』というワードが何を示すのか気になってしょうがないらしい。

「なんで、アンタが居るのよ」

 正直リーナの指示でも、脳内で整理している途中で話し掛けられるのは嫌いだ。

「ツンデレ属性は前世でお腹いっぱいだから、帰ってどうぞ」

「私はただ風呂上がりで涼みに来ただけ。別にアンタと積極的に話そうとしてないし、ついでよ、ついで!」

「あ、そうですか」

「な、何よ」

「別に……風呂上がりだなと思って」

 日中のゴスロリメイドファッションのような大胆さは消え失せ、変わりに部屋着と思しき無地のTシャツを着用し、肩にはタオルが掛かり右手にはラムネ? 的な飲み物を握り近づいてきた。

 俺目線でメアの服装は一年を通してゴスロリと思っていたから、寝間着が地味で驚愕していた。だがそれ以上に驚いた、気付いてしまった事がある。

「な、見るな!」

 脳内ピンク路線を自動開拓するメアの反応を完全無視し――

「いや、肩に掛かったタオル! 富士山! いや、俺の勘違いかもしれないけどメアってもしかして日本人か? 苗字も日本人っぽいっていうか、もろ日本人みたいな苗字だったし……」

 ――俺は頭の隅に置かれた疑問を取り出す。

「ええ、そうだけど……今頃?」

「どうりでこの世界に慣れている訳か。前世の頃、異世界系の漫画やアニメを沢山見ていた感じ?」

「それ、私の顔を見ても言える?」

「見ないな……縁が無さそう」

「当たり前じゃない……わたし弟や妹もいない一人っ子だったし、見る機会や触れる機会もなかったけど……」

「けど?」

 左に立つメアの長い青髪が風に吹かれる。

神妙な面持ちでピンクの双眸が俺を覗く。

「アンタと似た感じの元異世界転移者……だから。共感くらいならできるけど」

「そうか」

 これ以上言葉を交わすな、追及するなと言われているような気がして俺は口数を減らした。結局、異世界転生や異世界転移でも、何かしら前世であったから来た訳で、ソレを本人の許可なしで追及するのは失礼にあたると思う。

「……」

「……」

 だからこそ、俺は無言になった彼女を隣で見守っていた。

「アンタは黙って私の話を聞くだけで良いから」

 俯く彼女の顔は見えないが、さっきまでのツンツン要素が強い口調とは異なり、弱々しく語り始めるメア。

右に座り両足を伸ばし完全にリラックス状態の俺も心して聞きたいと思う。

「前世で、私ね……飛び降り自殺した事があるの。未遂に終わったけれど。学校内、それも私のクラスでイジメが流行ってね。私はクラス内で男女とも仲が良くて、幼稚園からの付き合いの親友も一緒のクラスだった。でもある日を境に同性の親友がイジメの対象になってしまって、私は迷わず親友を庇った。それで、それで――」

 と、メアの言葉は唐突に途切れる。

 ……分かっている。イジメの対象が親友から今度はメア、お前に移った。

 俺もアニメに出てくる鈍感主人公じゃない。これくらい容易に想像が付いたし、胸糞悪い話だとも思う。

「私がマンションの屋上で飛び降りた時、リーナが助けてくれて。異世界へ連れて行ってくれたの」

 ……リーナに対する株は俺の中で急上昇した。

「言葉を挟んですまない。だが、これだけ教えてくれ。なぜ、リーナはお前を異世界へ連れて行った? 連れていく必要があった?」

 この疑問だけがぐるぐると俺の脳内を駆け巡っていた。

「口を挟んだ行為に、今は言及しないでおくわ。リーナはこう言っていた『貴女をこの世界に残しては置けない。それと、来るべき日に慣れておく必要がある』とね」

「ああ、そうかつまり……」

「それとアンタ……なに普通に喋っているの! 私の話は終わってない!」

 ひたすらに、ただがむしゃらに、互いの体力が尽きるまで鬼ごっこは始まった。

勿論、鬼はメアで逃亡者は俺。そうこうしているうちに、俺とメアは息を荒げて大量の汗を流して雑草の上で寝転がり、気が付けば互いの顔と必死な状況を笑い合っていた。

 ……きっとメアと出会わせたのは偶然という曖昧さでは無く、リーナが俺の人生を少し弄ってくれたお陰なのかもしれない。

 俺と同じ転生者で、同じ世界、同じ国で。

 異世界生活で仲間は居たけれど、同じ境遇の人間とは一度も出会わなかった。もしかすればアイツらが本当の意味で、俺の孤独を取り除いてくれるかもしれない。

「メア……ありがとう」

 あまりの急な路線変更にメアが戸惑うのは想定内。メアには分かって欲しい、これが俺なりの表現方法だと。

感謝だと。

「え、気持ち悪い。頭どっかぶつけた?」

 ……前言撤回だ。今のなし!

「ふざけんな! やっぱりお前嫌いだわ!」

 こうして俺とメアは、またバチバチと火花を散らし始めた――

「ふん、いきなり何よ! 私だってね、海人の事が大嫌いよ!」

 ――今度は互いに見知った間柄として。

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