第三章 ヒロインの過去が暗いと裏切りフラグは発生しやすい 三話

「こんな夜遅くに俺を呼び出してどうした?」

「話があるから……ここ、座って」

 俺はレイナに指示された場所、近くの森――拓けた場所へ歩を進め、腰を落とす。ひんやりした地べたが気持ち良く、空も昨日の夜と遜色ないエメラルドグリーンの光と風景を刻む。

 思えば、メアとの喧嘩から早くも一日が経過していた。リーナの予言通り俺はレイナに呼び出された、あくまで自然体で臨むつもり。

「率直に言うね、呼び出した本当の理由を……お願い、私の兄エルドを魔王の手から救って欲しい。いや、正しくは魔王側から人間側へ戻して欲しいの!」

「ん? はい?」

 俺は迂闊にも、滑稽な、声とも呼べない鳴き声を漏らしていた。

だがこれはしょうがないと思っている。衝撃発言――いや耳にすべきではない最悪を暴露されれば誰だって聞き返してしまう。

「半魔族状態の兄を救って欲しいの」

……異世界モノのライトノベルや漫画等であるあるの展開だし設定ではあるけれど、実際に遭遇すると物騒だし、ヒロインが可哀想で仕方が無い。

ウトウトする意識を保ちつつ奮闘すること体感時間五分が経過――

「ごめん、やっぱり無理だよね。勝手だって分かっているし私の責任だって、力不足だって……」

「レイナ、それは……」

「私、どうして良いのか分からない……海人、助けて」

 ――涙をポロポロ床に落として必死に懇願するレイナが目の前にいた。

 泣くなよ、こっちまで悲しくなるぞ。

「……分かった」

 俺は折れた。

とは言ってもその行為自体が正しいかと尋ねられれば、その場の勢いに任せて頷いただけの、薄い正義感を振りかざす偽善者だろう。頭脳明晰でも身体能力や魔法適性がずば抜けて高いわけでも無い凡人が、世界規模まで発展した『兄妹間の問題』を解決できるはずがない。

この返答はただの気休め程度。

レイナの精神状態が安定すれば良い方だと思っていた。しかし何事も取り組む以前からリタイアボタンを押すのは少し勿体ない気もする訳で。

 ……だから俺は、自分ができる最低限の事をやろうと決めた、まずは話を、情報を集める事から始めようと思う。

「お前の兄貴がどうして魔王側に付くことになったか、覚えている範囲でいいから教えてくれ」

「うん、いいよ」

 涙をハンカチで拭うと彼女は俺の瞳を見つめながら詳細を述べた。

「私の兄――エルド・ガラストは、元々ガラスト王国の王子だったの。それはもちろん勉学や剣術、魔術に富んだ才色兼備で、人柄の良さや外見も秀でていたのでそれはもう、モテたわ」

「おう、サラっと自慢するな。俺たち凡人にとってお兄様の話は精神的ダメージが物凄いし、生まれてきた意味を熟考し、挙句の果てには死者が出てくるぞ」

 皮肉交じりの冗談にレイナはアハハと小さく笑って応えている。

笑ってくれている、と信じたい。無理して彼女が口角を上げていないと信じたい。

「私もそんな兄が大好きだったし、優しい自慢の兄さん。でも、絵本のような幸せは兄さんの方から断ち切ってしまった」

 海の如く深い青の双眸が一瞬にして歪む。それは恨みから生じた歪みではなくて、後悔も混じった悔しさ故の瞳だ。

「ある日突然、私の前から姿を消したの『行ってきます』とだけ書かれた兄さんの手紙が自室の勉強机に置かれて」

 前方に見える窓、ソレに向かって輝くエメラルドグリーンの月光がガラスを突き抜ける。

「数日後、兄と再会したわ。今度は互いに敵同士で……」

 心臓を白のワンピース越しにギュッとレイナは握った。その手は震え、黒髪は窓越しに強く照らされる。まるで彼女の黒い心を、負の心を、表しているようで。

 気が付くと俺は――

「俺がなんとかしてやる! お兄さんだって、きっと救える!」

 ――確証のない約束を交わそうと立ち上がっていた。

「相変わらずの自信ね、ちょっと引くかも……」

「いや、引くなよ。ここ、感動シーンでエンディングが流れる場所だろ」

 もしこの話がアニメ化したらエンディングはこのシーンで流れると思う。

「でも、ありがとね……海人」

「なんだよ、急に」

「私も海人のこと信じてみる。だからさ、私と一つ約束して――」

 おもむろに立ち上がり「大丈夫だって」と前置きするレイナを見ると、重い罰ゲームの類を執行されそうで怖い。罰ゲームの際は手加減してもらえると本当に助かります。

「――兄さんを救って全員無事に、笑顔で帰還させて」

「罰ゲームじゃなくて安心したよ……ああ、約束するさ……」

「今は叶わぬ初恋の、私のヒーロー」

「この世界、物語の主人公として」

 そして、俺とレイナは真夜中に約束の握手を交わす。

 今夜も月は変わる事を知らずエメラルドグリーンに染まっていた。


 翌朝、俺はレイナの一件でアドバイスをもらうべく、リーナの寝室へ向かったが。

「海人、リーナ知らない⁉」

 ドア前にはリーナではなく、血相を変えたゴスロリメイド――メアが居た。

「ど、どうした?」

「リーナが寝室に居ないの!」

焦るリーナの後を追い、俺も部屋へ入る。

「う、嘘だろ……」

リーナの寝室は、綺麗サッパリもぬけの殻だった。

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